アクセルグリップ握りしめ

オフロードバイク、セローと共に成長していく、初心者ライダー奮闘記

稲光る東京湾〜勝浦、雷雨ツーリング 完結編

八幡岬公園は、勝浦湾の東側に突き出た細長い半島にありました。

三方を海で囲まれた要害であるこの地には、かつて勝浦城があったそうです。

 

駐車場にバイクを駐輪させ、公園内の散策です。

鳥居をくぐり、祠に手を合わせます。

見晴らしの丘に立って断崖の上から海を見下ろしました。

 

「この後どうする?」

私が問いかけると、

「そうそう。ちうさん、『千葉フォルニア』って行ったことある?」

「えっ、ない」

聞いた事もない場所でした。

「じゃ、そこに行ってみよう」

「うん」

 

駐車場へと戻りながら、自然の散策路という道があったので、そちらを歩いてみます。蜘蛛の巣を払い、倒木をくぐり抜けて進みました。

ちょっとしたアトラクション気分に、笑い声が零れます。

 

 

バイクの元に戻るや出発です。

またも和やかな道を走り進めます。

 

日が傾いて来たのか、太陽が紅色に変化しつつありました。

私はその光景にひっそりと感動しながらバイクを走り進めます。

「なんか…。走りながら撮れるカメラが欲しいかも」

不意にそう思ったのです。

「カメラって、GoProとか?」

「うん…」

 

道の両側に広がる段々畑が、遥か向こう側にまで広がっています。

風はそよぎ、深い緑の香りが鼻腔をくすぐりました。

なだらかなワインディングはどこまでも続き、ヨシさんを乗せたフューリーがその上を滑らかに走り抜けて行きます。

フューリーは柔らかな陽の光を浴び、長い影を伸ばしていました。

 

今見ている光景を残したいなと思ったのです。

 

「でも、撮った映像を後で見直しても、きっと今味わっている感動は得られないんだろうなぁ」

 

肌で感じる風の気配や陽射しの柔らかさ、匂い、そして内面の感情までは、とても記録には残せません。

だから私はこうして文字に認めているのでしょう。

見たもの全て、感じたこと全てを残したくて。

私がそう言うと、

「うん、なるほど。いい方法だと思うよ」

ヨシさんが頷いてくれました。

 

もう一度深呼吸をして、今のこの走りを充分に堪能します。

 

 

 

しばらく進むと、雲が重なり厚くなって来ました。

嫌な予感がします。

「あっ、光った」

「ホントだ」

一瞬だけ、空がピカっと光ったのです。

「今の雷だよね?」

私が聞くと、

「そうだね…。ヤバいな、ちょっと停まれそうな所があったら停まるね」

とヨシさんが返します。

 

屋根のある所にバイクを停めた直後、激しい雷雨に見舞われました。

私とヨシさんは今度こそ上下共にしっかりとカッパを着用して雨に備えますが、さすがにその豪雨の中外に出る気にはなれず、しばらくそこで雨宿りします。

 

f:id:qmomiji:20200731232953j:image

 

「あと20分もすれば止む筈だよ」

ヨシさんが雨雲レーダーを確認しながら教えてくれました。

「でもこの雷雨が収まったとして、帰る方向に大きな雨雲がかかってるんだよね」

「う〜ん…」

今までは、雨雲から逃れるようにして走って来ました。でも帰る方向とあらば逃れようがありません。

私は覚悟を決めます。

「うん、仕方がない。濡れちゃうのは諦めよう」

「そうだね」

 

 

雷雨は、本当に20分弱で去ってくれました。

今のうちにと、出発します。

数分前まではなかったはずの大きな水たまりが、道路のそこかしこに出来上がっていました。

 

 

やがて千葉フォルニアに到着します。

すっかり日が沈んでいました。

『千葉フォルニア』をテーマパークか何かと勘違いしていたのですが、道に南国調の木々が立ち並ぶ、フォトスポットのようでした。

そこにバイクを並べて写真を撮ったら、確かに映えそうだなと感じます。

ですが、道脇が水たまりになっていたのと、雨のせいで景色が霞んで見えなくなっていたのとで、そのままそこを素通りします。

「また来よう。今度は天気のいい時にでも」

ヨシさんがそう言ってくれます。

「うん」

また来ようと思える場所が出来るのは、とても素敵なことだと思いました。

 

 

 

アクアラインに入る頃には、完全な本降りとなっていました。

「…ねぇ、また空が光ってる」

「だねぇ」

そう、またも雷が発生していたのです。

「これ、落雷したらどうなるの?」

「…さぁ?」

私の問いかけに、ヨシさんも首を傾げます。

「車だったら平気らしいけど、バイクだと身がむき出しだからなぁ」

「避雷針とかはあるんだよね?」

「それはある筈。でも近くに落ちたら電流は流れて来ちゃうだろうし…。いや、タイヤはゴムだから平気なのか?」

ヨシさんも考え込んでしまいました。

「でも、そのタイヤも雨で濡れちゃってるし…。う〜ん、どうなんだろうね?」

 

何れにせよ、雷が直撃しなかったのだとしても、落雷しただけで危険なようでした。

 

「まぁ、いざとなったならヘルメットしてるから大丈夫でしょ」

私の投げやりな楽観的発言に、ヨシさんが吹き出します。

落ちるかどうかも分からない雷に怯えるよりも、今はこのツーリングを楽しみたいと思ったのです。

 

この日東京湾では、次々と雷雲が発生していたようでした。

 

アクアラインは渋滞しており、ノロノロ運転です。

列をなした車輌のヘッドライトが、パレードの行進のようでした。

 

そこへ、雷鳴と共にハッキリと稲妻が光ったのです。

 

「うわぁ…」

 

その時私が感じたのは恐怖心でも不安感でもなく、森羅万象への憧憬と敬慕でした。

夜空を切り裂き瞬く稲妻が、あたかも打ち上げ花火のごとく美しく魅惑的に思えたのです。

 

稲妻が起こるたび、東京湾と夜景に煌めく大都会の街並みとが、昼間と見紛うばかりに明るく照らし出され、一瞬後にはまた夜色に染まります。

その様にすっかり魅せられていました。

 

 

「ねぇねぇ。私、雨のツーリングも好きかも」

「へぇ〜、それは…」

ヨシさんはしばし言葉を選び、

「変態だね!」

「あはは、それは間違いない」

 

頭上では再び稲妻が走ります。

 

 

あれが直撃したら、私なんて一溜りもないんだろうなぁ──。

 

何処か冷静にそう思っていました。

 

自然の脅威の下では、人一人の存在などちっぽけです。

まして、身体むき出しで乗り回すバイクなど。切ないくらいに無防備なのでしょう。

 

それでも。

それだからこそ、ライダー達は走り出さずにはいられないのかもしれません。

埋没してしまう日常と、ともすれば狭まりがちな自我の世界から脱却する為に。

 

 

「あ〜、明日からまた仕事かぁ」

思わず声がこぼれます。

 

走り出さずにはいられなかった、このたった一日の休日──。

 

様々な表情を見せ、忘れがたき体験をさせてくれた今日のこの空に、目一杯の感謝の念を抱きました。

雲の切れ間から〜勝浦、雷雨ツーリング②

アクアラインを降りると、千葉県内を下道で走り続けます。

 

道はゆったりとしており、天候が落ち着いたのも相俟って、のびやかな気持ちで走り抜けることが出来ました。

「あぁ、いい道だね〜」

ヨシさんが気持ち良さそうにそう言いました。

「うん、そうだね! 道も空いてるから走りやすいし。やっぱり私、千葉の道って好きだなぁ」

「信号が少ないしね」

「あっ。そう言えばそうだね」

下道になってから、ほぼ信号に引っかからずに走って来ていました。

走っていて気持ちがいいのも、信号が少ないからというのもあるのかもしれません。

でもそれより何より、景色が美しくてのどかだからでしょう。

 

 

と、ポツンとシールドに水滴が当たります。

「あれ、雨かな」

「いやいや、まさかぁ。風がどこかの水滴を運んできたんだよ」

またも信じようとしないヨシさんでしたが、停止した時雨雲レーダーを調べたら、雨雲が近付いて来ているようでした。

つい先程まで青空が広がっていたというのに、一気に黒い雲が覆い始め、雨が降り出します。

「ヨシさん、どこか入って雨宿りする?」

ちょうど繁華街に差し掛かっていたので、飲食店が建ち並んでいました。

適当なお店に入ってやり過ごすことも提案してみたのです。

「いや」

雨雲レーダーを見ながらヨシさんが続けます。

「なるべく早くここから立ち去った方がいい。あと10分もしたら、ここも本降りになって身動きが取れなくなるよ」

そのまま走り進めて行きます。

「これは…。走り抜けた先も雨ってことはない?」

「勝浦は晴れてる。…はず」

「ホントかなぁ」

今日は雨雲から追いかけられ続けているような気がして、半信半疑でした。

「なんせ、雨雲を呼ぶ男がいるからなぁ」

あははと笑うヨシさん。

 

 

「この先、カーブが続くよ〜」

「はーい」

「路面濡れてるから、滑らないよう気を付けて」

「うん」

そうこうしているうちに、雨足が更に強まります。

完全な雨の中、山道を走り抜けることになりました。

しかも、私もヨシさんもカッパは上下ともに脱いでしまっていました。バイクを停めて着る余裕はないため、そのまま走り続けるしかありません。

「ちうさん、大丈夫〜? 」

「うん、大丈夫」

とはいえ。

着ていた服は完全に濡れ、身体に張り付いていました。

ブーツも再び濡れてきます。

幸い気温が高いため、身体が冷える心配はありません。

走りながら空を見上げると、雨雲の切れ間から青空が顔を覗かせています。

「変な天気」

思わず声が漏れます。

晴れたと思ったら急に降ってきて、降っている最中にも青空が顔を出す。

「最近ホントに大気の状態が不安定だよね」

私が言うと、「そうだねぇ」とヨシさんが返しました。

 

 

勝浦は晴れている──。

 

その言葉に嘘はありませんでした。

勝浦に近づく程に雨足は弱まり、唐突に雲がなくなり晴れ間が広がったのです。

勝浦に入ると、強い日差しに、逆に今度は紫外線対策の必要性を感じる程になりました。

 

 

勝浦に行ったら、是非とも行ってみたい所として『勝浦海中公園』がありました。

 

駐輪場にバイクを駐輪させるや、海中展望塔を目指して歩きます。

 

勝浦海中公園の付近一帯はリアス式海岸となっており、公園内には海中展望塔や海の博物館があります。

海中展望塔では塔の中から海を観察出来るため、天然の水族館のように楽しむことが出来るとの事でした。

それを是非とも見てみたいと思ったのです。

 

ですが。

「あれ? 大人気?」

展望塔のチケット売り場がすごい行列でした。

傍の看板を見ると、『感染拡大防止の為、入場制限しております』との表記が。

塔に入れる人数を制限しているため、チケットの販売窓口が行列しているようです。

 

私とヨシさんは顔を見合せ、「どうする?」とアイコンタクトを送り、一瞬で決断を下します。

 

 

 

「あぁ〜、ブーツ脱いだら気持ちいいわ」

「ホントだね〜」

海岸沿いの階段に並んで腰掛け、ブーツと靴下を脱いで寛ぎます。

ブーツの中がぐちょぐちょだったので、陽に当てて少しでも乾かしたかったのです。

「いい天気。靴下もすぐ乾きそう」

陽を受けて熱くなったアスファルトの上に、脱いだ靴下を並べて乾かします。

 

行くのを諦めた展望塔と、海岸で遊ぶファミリー達との動きをぼんやりと眺めていました。

 

f:id:qmomiji:20200729211516j:image

 

今年は関東全域で海開きをしない方針に決まったようです。

でもここでは、多くの人達が波打ち際で歓声を上げながら楽しんでいます。

水着を着用した人々が、夏の陽射しを浴びながらめいっぱい泳いでいました。

 

 

「お昼はどうする?」

ヨシさんが携帯電話で地図を調べながら聞いてきます。

「ん〜。ここに来る途中、『勝浦タンタン麺』って看板が見えて、それが気になってるんだよね」

「お!」

ヨシさんが指差して来ます。

ピコン、と電球のつく音が聞こえてきそうでした。

 

 

「美味し〜」

「うん、旨い」

 

f:id:qmomiji:20200729220104j:image

 

『勝浦タンタン麺』のお店に到着したのはその30分後、更に40分の順番待ちをして、ようやく目当ての食事にありつくことが出来ました。

辛さの中にもきちんと出汁が効いており、食べ進めるほどに食欲が増す味でした。

 

 

昼食を終え店の外に出ると、じゃあ次はどうしようか?と話し合います。

「あの。私ちょっと行ってみたい所があるんだけど」

躊躇いがちに切り出します。

「うん、どこ?」

「『八幡岬公園』って所」

その場で地図を調べたヨシさんが、

「あぁなるほど、さっきの所にほぼ戻るのか」

と言いました。

そうなんです。先程までいた『勝浦海中公園』の方面へと戻ることになります。

ですがヨシさんは、

「オッケー、じゃあそこにしよう」

と二つ返事で快諾してくれました。

 

 

「せっかくだから海沿いを走ろう」

と言い、ナビの指示を無視して進みます。

細い小道に折れ、漁港の真隣や海岸沿いを走り抜けて行きました。

潮風を感じながら進む美しく魅惑的な道に、ワクワクします。

 

ヨシさんと走るようになって学んだことは多々ありますが、こういった楽しみ方もまた、新たに学んだツーリングのあり方の一つでした。

 

ヨシさんのツーリングは観光名所や名前の付いた通りはあまり行かず、走り進めて「惹かれる道」があればそこを進み、「名もなき名所」を自分で見つけ出してはそこでバイクを停めるのだとか。

 

ツーリングの在り方は人それぞれ。

バイクの数ほど楽しみ方は違うのでしょう。

 

「ここ、綺麗だね〜」

静かな海岸沿いにバイクを停めるや、海へと続く階段をギリギリまで降りて勝浦湾を望みます。

「うん、いい所を見付けたね」

ヨシさんが応えます。

 

広がる水平線と、深く鮮やかな空と海とが、今日のツーリングの前途を祝しているようで、いつまでもいつまでも見入っていたくなったのでした。

雨雲を呼ぶ男〜勝浦、雷雨ツーリング①

それは、7月末のこと。

 

世間は4連休でしたが、私は日曜日のみが唯一の休日でした。

 

そのたった一日の貴重な休日は、是非ともツーリングに使いたい──。

そう思い仕事の合間に天気予報と睨めっこするのですが、行きたい地域の天候は芳しくないようでした。

何度も何度も調べては、諦めのため息を吐くことになります。

 

「今週末も雨かぁ…。梅雨はまだ明けないのかなぁ?」

 

そう、例年ならばとっくに梅雨明けしている時期なのです。でも今年は大気の状態が不安定な為、長引いていました。

ですが私は、中々諦め切れません。

今週日曜日にツーリングに行けないとなると、またその後一週間、仕事に追われることとなります。

走れないフラストレーションが溜まっていました。

 

そこで、別の地域で行けそうな場所はないものかと調べてみたのです。

見ると、東京千葉方面は曇りの予報でした。

降るとしても小雨程度とのこと。ならばそちら方面でのツーリングを決行しようと、ルートを組み直します。

 

 

 

7月最後の日曜日──。

 

今回もヨシさんを誘わせていただき、待ち合わせ場所に向かうべく、早めに目を覚ましました。

 

ところが。

『こっちは今土砂降りだよ。ちょっと出発を見合わせるから、待ち合わせ時間を遅らせてもいいかな?』

ヨシさんからLINEが届きます。

見遣ると、窓の外で雨が降っています。こちらも雨のようです。

『うん、じゃあ。あと2時間は待ってみよう。それでもやまないようなら今日のツーリングは中止にしようか』

残念ですが、天候は仕方ありません。

 

バイクは外の世界のあらゆる情報を五感で感じ取りながら走ることが出来る、楽しい乗り物です。

ですがその分、天候の影響を受けやすいのです。

 

『雨雲レーダーによると、あと一時間ほどで止むみたいだね。なんにせよ今日は、千葉に入っちゃえば降らないみたいだから、今から向かうよ』

しばらくするとヨシさんがそう言ってきたので、

『了解。なら私も準備して向かうね』

と応えます。

自称雨男のヨシさんは、雨雲レーダーをこまめにチェックしながらツーリングしているそうです。

そんなヨシさんが事細かに調べた上でそのように判断してくれました。

 

 

「おはよー」

そう声を掛けてくれたヨシさんに、私も挨拶を返します。

「おはよー。雨がやんで良かったねぇ。カッパ着て出たけど、途中暑くて脱いじゃったわ」

 

当初の予定よりも2時間遅れで落ち合った私とヨシさん。

空には青空が広がっており、気温も高く日差しも強くなっていました。

早速、インカムを繋げることに。

「あれ? 聞こえない」

ヨシさんがインカムをいじり始めました。

「…聞こえないね。どうしたんだろ?」

同メーカーなのに、中々インカムが繋がりません。

「俺ここに来るまでに土砂降りにあったから。中が濡れちゃったのかも」

インカムを外して布で拭きます。

そうこうしているうちに、ポツポツと降って来ました。

「あれ? 雨?」

「まっさかぁ」

ヨシさんが雨雲レーダーを確認すると、土砂降りを示す真っ赤な雲がこちらに流れて来ています。

「ヤバい、あと数分でここも土砂降りになるよ。インカムは後で繋げるとして、 とりあえず行こう」

「う、うん」

私とヨシさんは一度脱いだカッパを、上半身だけ羽織るや、慌ただしく出発しました。

 

 

少し前まで青空が広がっていたというのに、空はあっという間に黒い雲に覆われ雨を落としてきます。

小雨程度だと高を括っていましたが、走り進めるほどにどんどん雨足が強くなっていきました。

 

横浜市内を走る頃には完全な土砂降りになります。

ヘルメットと、上半身のカッパを着ている部分以外がずぶ濡れになりました。

今日もオフブーツを履いてきたのですが、赤信号で停止して足を着いたら、ブーツの中で靴下がグチュッとなる感触がありました。

「高速乗るね〜」

横並びで停止したヨシさんが、声を張り上げそう告げてきます。

「はーい」

 

事前に決めていたルートでは、アクアラインに乗るまでは下道で向かうことになっていたのですが、それは変更するようです。

後に聞いたのですが、この時ヨシさんは雨雲レーダーを見て、高速に乗れば雨を避けられると判断したのだそう。

確かに、高速道路に乗るやほどなくして雨は止み、再び青空が顔を見せ始めました。あたたかな陽気にホッとします。

 

やがてアクアラインに入ります。

長いトンネルを抜け、『海ほたる』に到着しました。

「やぁ〜参ったね」

言いながらヘルメットを脱いだヨシさんは、早速インカムのペアリングをし始めます。

「あ、じゃあ私トイレに行ってくるね」

「行ってらっしゃーい」

トイレまでの僅かな距離で気付きます。

ブーツの中は、「濡れてる」なんて生易しいものではないようでした。

片脚ずつ冷たい足湯に浸らせているかのように、一歩踏み出すごとに中でじゃぼじゃぼ言っているのです。

たまらず、座り込んでブーツを脱ぎます。脱いだブーツを傾けると、中に水が溜まっていました。逆さまにして中の水を捨てます。

靴下も脱いで絞りました。

 

 

ヨシさんの所に戻ると、何故かインカムを振っていました。

「これさぁ、中に水が溜まってたよ」

「えっ、中に?」

見ると、ヨシさんが振っているインカムから水が出てきています。

「そ、それ大丈夫なの?」

精密機器だから、内部に水が入っただけで故障だろうと思ったのです。

ところが、いざペアリングしてみると、ちゃんと繋がりました。

「案外平気なものなんだね」

原始的な方法で強引に水を抜いただけなのに、インカムは大丈夫なようでした。

この日一日問題なく繋がることが出来ました。

 

 

落ち着いたので、海ほたる内の散策です。

「ちうさん、ここは来たことある?」

「ううん、初めて」

上に出ると展望が拓けていて、東京湾と都内の景色とが見渡せました。

「わぁ〜綺麗!」

「雨上がりだから、遠くまで景色が見渡せるよね」

「だねぇ」

 

f:id:qmomiji:20200727224820j:image

 

散策を終え、腹ごしらえに『アサリ焼き』を買って食べました。

たこ焼きのような見た目なのですが、中にアサリが入っていて、ソースではなく出汁のあんが掛けられていました。

「美味しい!」

「ホントに。美味しいねぇ」

 

f:id:qmomiji:20200727230106j:image

 

食べて少し元気になるや、今後のことについて話し合います。

 

現在時刻は午前10時。

出発が遅れたので、当初の予定通りに回るのは無理そうです。

「とりあえず、勝浦には行く?」

距離を調べたら、下道でもそこまで時間はかからないようでした。

「うん、そうしよう」

 

 

バイクに跨り、海ほたるを後にします。

快晴とも言える天候の中、意気揚々と走ります。

 

私達は信じて疑わなかったのです。

今日はもう雨に降られることはないのだと。この後のツーリングは、ずっとこんな気持ちのいい天気が続くのだと。

 

その認識は大きく間違っていたのですが、それはそれで、予想を超えたドラマチックな忘れられないツーリングとなったのでした。

雨のち、晴れ〜ブーツ慣らしツーリング

7月最初の日曜日──。

 

買ったばかりのオフロードブーツを履いて、愛車セローに跨ります。

エンジンを始動させ、待ち合わせ場所へと向かいました。

 

オフロードブーツとは、バイクでオフロードを走る際に履く専用ブーツのことです。

オンロードに比べオフロードでは、路面が安定しておらずバイクが転倒してくるリスクが高いため、足を保護するためにそれを履きます。

 

安い買い物ではないため長いこと迷っていましたが、先日の林道ツーリングでその重要性を認識した私は、ようやく購入へと踏み切ることが出来たのです。

 

運転しながら私は内心、「良かった」と、ホッと胸を撫で下ろします。

 

オフロードブーツは通常のライディングブーツよりも、しっかりと足をホールドしてくれます。

そのため、買ってしばらくは運転操作に支障をきたすそうなのです。

場合によってはシフトペダルを調整や交換しなければいけないこともあるのだそう。

今回、一切試さずに運転し始めた為、もしシフトアップすら出来なかったらどうしようかと心配でしたが、一応は運転出来たことにホッとしました。

 

 

到着した待ち合わせ場所にセローを停めるや、ほどなくしてやって来るオールシルバーのアメリカンバイク──。

銀の光沢を放つ縦長のフォルムが、私のセローに横付けされました。

 

f:id:qmomiji:20200713223215j:image

 

思わず見蕩れてしまいます。

あぁ、相変わらず…

「カッコイイなぁ」

 

通りすがりのおじさんが、降車してヘルメットを外したヨシさんにそう声を掛けました。

「あっ。ありがとうございます」

ヨシさんが応えます。

「これはアレか? なんとかダビッドソンとかいうバイクか?」

「いやぁ、違いますね。よくそう言われるんですが」

ヨシさんのバイクはHONDAの『Fury』VT1300CX。

威厳のある造りと存在感とで、よくハーレーと間違えられるのだとか。

このおじさんもそのようでした。

「そうかぁ。ホンダかぁ。こういうのも出してるんだなぁ」

おじさんは更に、「カッコイイなぁ」と呟きながら色んな角度からバイクを眺めます。おじさんの質問に快く応えるヨシさん。

ようやくそのおじさんが去り、私とヨシさんとが挨拶を交わすことが出来ました。

 

「おはよう」

ヨシさんが笑顔で言ってくれました。

「おはよう。…う〜…なんかちょっと悔しいかも」

「どうしたの?」

「通りすがりのおじさんに先を越された。先に私がフューリーちゃんに声を掛けたかったのに」

ヨシさんが声を上げて笑い出しました。

 

 

「では行きますか」

ヨシさんが言うので、

「はーい。じゃあ、私が前を走るね〜」

「うん、よろしく〜」

出発です。

 

 

ヨシさんと某たい焼き屋さんで偶然知り合ったのは、去年の大晦日のこと。↓

 

『道志に集いし同士達』

https://qmomiji.hatenablog.com/entry/2020/01/02/091124

 

 

その時から私は、彼のバイク、フューリーの大ファンとなりました。

 

バイク購入の際、アメリカンとオフロードという有り得ない2択で最後の最後まで迷った私。

ビジュアルはアメリカン、機能性はオフロードという、究極の選択を迫られ、後者を選んでセローを購入しました。

その選択に後悔は全くないのですが、やはりアメリカンバイクを目の前にすると、カッコ良さに見蕩れてしまいます。

 

 

実はヨシさんとは、私が二輪免許を取得する前からSNS上での交流がありました。

やり取りを続けるうちに、「私の方が歳下なんで、敬語はやめて下さい」と伝えるまでに。

「えっ、でもこれで慣れてしまったので…。ちうさんの方からタメ口で来てもらえたら辞められるかもしれません」

言われたので、厚かましくも私の方からタメ口をきき、ようやくヨシさんからも少しだけ敬語が抜けて来たのです。

 

「一人で走るのが不安な時とか、なにか困ったことがあったらいつでも頼ってね」

ヨシさんのこのお言葉に甘え、今回オフロードブーツを履いての初めての走行に、同行をお願いする事にしました。

 

 

 

「あぁ〜、海沿いの道は気持ちいいなぁ」

内陸地に住むヨシさんがそう言いながら走ります。渋滞もなく、比較的スムーズに走行出来ました。

「あっ。雨」

「ホントだ」

ポツポツと雨が降ってきました。

 

やがて着いたのは、何の変哲もない住宅街の脇道。でもそこは、私にとって特別な場所でした。

「あぁ〜。ここは確かにいい所だね」

ヨシさんがそう言ってくれるので私も、

「でしょ〜?」

と得意げに応えます。

 

ただの閑静な住宅街なのですが、歩道も広く車通りもほとんどないため、ゆっくりと海が堪能出来るのです。

海を眺めながら少しだけ休憩を取ります。

 

 

移動し、美術館へと向かいました。

そこは駐輪無料なのにバイク置き場に屋根もあるため、雨の日でも気軽に立ち寄れるのです。

 

美術品が好きなヨシさんは、館内の展示を熱心に見入っていました。

無料開放されている美術図書館でアート本を閲覧するや、あっという間に時間が過ぎていきます。

ふと窓の外を見遣ると、ビックリするくらい雨が降りしきっていました。

 

美術館の庭園に屋根のあるベンチがあったので、そこでお弁当を広げてお昼にします。

「なんか…。ごめんね。雨ならどこかお店に入ってゆっくりご飯食べれば良かったね」

私が言うと、

「いや、全然! これはこれで楽しいよ〜」

そしてお弁当のお礼まで言ってくれました。

雨の降りしきる中、海を眺めながらのお弁当タイムは和やかなものとなりました。

 

ヨシさんが、履いているブーツのケア方法について話してくれます。

ソールを代えながら、もう10年以上は履き続けているのだとか。

「へぇ〜! 10年も」

「ちうさんのブーツも、ケアすればそのくらい持つと思うよ」

「ホントに? うん。高い買い物だったし、そのくらい持ってもらえたら助かるなぁ」

 

 

雨が小雨になったので、移動することにします。

バイクに跨り出発です。

「ちうさん大丈夫〜? 雨冷たくない?」

本降りになって来たので、ヨシさんが気遣ってくれます。

「大丈夫〜。今までのライティングブーツだと、足元から冷えてたんだけど、これ防水だからめっちゃ快適」

上下でカッパも着込んでいるため、濡れる心配がほぼありません。

「それなら良かった」

 

 

着いた先は『荒崎公園』。

駐輪している間に、雨は小雨程度に落ち着きました。

 

切り立った崖の上に立ち、パノラマでの海の景観を望みます。

「あ、ねぇ。晴れたね」

「ホントだ。ちうさんの晴れパワーかな」

「そんなものがあるなら、この週末を晴れさせてるよ」

「あはは、それは確かに」

太陽こそ出ていないものの、明るい海と空とがどこまでも広がっていました。

 

f:id:qmomiji:20200713210724j:image

 

二人でしばし、その景色を堪能します。

 

 

実は、今日巡った場所は私の原点とも言えるルートでした。

産まれて初めてバイクに乗った時も、セローを納車した日も、ライダーとしてのあり方に迷った時にも、この道を走ってこの景色を眺めました。

 

 

 

そして今また私は、生まれ変わろうとしている──。

 

真新しいオフロードブーツを履いたからでしょう、強くそう思いました。

 

 

経緯はどうあれ、私はバイクに出逢えました。

 

バイクが好きで、バイク仲間達との出逢いが嬉しくて、走ることが楽しくてワクワクして。

 

これから、もっともっと楽しくなるのでしょう。

 

 

降り続ける雨なんてありません。

嫌な気持ちも、水滴と共に流れて行きました。

晴れた海を見渡しながら、新しきバイクライフへと思いを馳せたのでした。

五里夢(霧)中〜林道マスツー 完結編

山道を走り、細い道に入って更に上がっていきます。

その辺りから、視界の悪さを感じていました。

ヘルメットのシールドがやたらと曇るのです。目の前を羽虫が飛び交っています。

 

ですが、それより何より。

「霧がすごいなぁ」

はちさんが呟きます。

そう、霧が立ち込めて来ていました。

街中なら幻想的だと感じられる霧も、山の中ともなると大きな不安材料となって来ます。

それでも、この時はまだ道がハッキリと見えていました。

なので私は、

「ですねぇ。せっかくの景色が霧でよく見えないですね」

と呑気に返しただけでした。

 

先程バイクを停めて眺めた景色も、霧のせいで遠くまでは見渡せなかったのです。

それも、せっかく来たのに残念だと少しだけ思った程度でした。

 

 

「前回も行った、展望台に行きます」

あきにゃんさんが言います。

前回の林道ツーリングでは、御荷鉾山にあるその展望台でお昼ご飯を食べました。

そこは絶景が見渡せる素敵な場所なのです。

「でも、この霧じゃ景色が見れるかは分からないですけど」

私は展望台に着いた時だけでも消えていて欲しいと願いました。

 

 

「やっぱり、何も見えないですね」

願い虚しく、霧は晴れるどころか更に濃くなっていました。

前回は美しい山々が見渡せた展望台ですが、今日は白い靄が広がるばかりで何一つ見えません。

「まぁ仕方ないですよね」

皆で言い合います。

ツーリングをするにあたって、どんなふうに景色が見れるかまでは選べません。

ですが、そこも含めて楽しむのがツーリングです。

 

 

「今日は、お昼ご飯はこの先で食べましょうか」

あきにゃんさんが言います。

「はーい。あ、ここから先は砂利道ですよね?」

前回と同じルートならば、その先から砂利道の筈でした。

「そうですね」

「じゃあ、ちょっとタイヤの空気抜きます。よねさん、また貸してもらってもいいですか?」

よねってぃさんに向け問い掛けます。

よねってぃさんが、「ああ。はい、どうぞ」と快くエアゲージを貸してくれました。

 

そうして空気を抜き、砂利道を走る準備は万端になりました。

「じゃあ、行きますか」

あきにゃんさんの掛け声に、皆が

「はーい」

と応えます。

 

 

そうして走り出した先の道──。

霧はますます濃くなって来ました。

景色どころか、先の道が見えません。

「前が見ずらいな」

はちさんがこぼします。

まだここは普通の峠道です。それでも、霧により道の先々が見えず不安に感じました。

走っていると唐突にカーブが始まり、しかもそのカーブはどのくらい続くのか、ほとんど見えないのです。

「怖い…」

私が言うと、何人かが同意してくれました。

峠において、「道」を外れて走ること…。それは即ち「死」を意味します。一瞬たりとも気を抜くことなど出来ません。

 

 

「では、ダートに入りますよ〜」

あきにゃんさんが言いながら、細い小道に入っていきます。

「なんも見えなくて怖いなぁ」

私と同じ考えを、はちさんが言ってくれます。

「ならハザードランプを付けるので。それに付いてきて下さい」

言いながら、あきにゃんさんがハザードランプを点滅させてくれました。

 

白い闇の中で点滅されるその二つの灯りは実に頼もしく煌めき、迷うことなく先を走って私達を導いてくれます。

 

「なんか。道を進むと言うより、あきにゃんさんの後を付いて行ってる感じ」

はちさんの言葉に、私も同感で、少し笑ってしまいました。

 

前回も走ったダート。

その時も充分に刺激的ではあったのですが、今日の走りは全く違ったものになりました。

 

ただでさえ私にはまだ慣れていないダート走行。

そこへ、霧のせいでほんの少し先までしか見えません。

加えて、湿度が高いせいか、やたらとシールドが曇ります。

雨の日ならば曇り止めをスプレーするのですが、今日は雨予報でもなかったので、噴射してきていませんでした。

 

シールドの曇りと立ち込める霧。

そうでなくても、大きな石がゴロゴロ転がっていて、あちこち陥没しているような道です。

少しでも早く路面状態を察知したいというのに、これではそれも叶いません。

たまらず、ヘルメットのシールドを開きます。

その途端、無数の羽虫が私の目を目掛けて飛び込んで来ました。

慌ててシールドを閉じます。

どうやら、この視界の悪さで走り続けるしかなさそうです。

 

 

「後ろ二人、大丈夫ですか〜?」

あきにゃんさんが聞いてきます。

「はーい」

「大丈夫でーす」

私とよねってぃさんが応えます。

「バイクに乗る時はニーグリップ、いわゆる膝で挟み込むように教わったかもしれませんが、立ち乗りの場合はくるぶしの辺りで車体を挟み込むといいです」

「はい」

「あと、フロントブレーキは使わないように」

「はい」

「路面にとらわれて下ばかり見ず、上から垂れ下がっている木の枝なんかにも注意してくださいね」

「はい」

「了解です」

あきにゃんさんが、初心者の私達に向けたくさんのアドバイスをしてくれました。

 

こうして、前回と全く同じコースだというのにレベルの跳ね上がったダート走行を続けて行きます。

 

「大きな枝が倒れてますからね〜」

あきにゃんさんが言ったあと、

「うおっ! ホントだ。左側走っといた方がいいよ」

はちさんが続けてくれ、それを聞いた私は左に寄って走行しておきます。

確かに、大きな枝が道の半分以上を塞いでおり、左端しか空いてるスペースはなさそうでした。

「でも左端の辺り、ぬかるみになってるから滑らないよう気を付けて」

「はい、ありがとうございます」

 

このように。

視界が最悪の状況でしたが、インカムを繋いでいたお陰で、なんとか危険を回避する事が出来たのです。 

 

そして徐々に、血が滾るのを感じていました。

私はカーチェイスもののゲームをやったことは無いのですが、まさにそれをやっている心境でした。

数々の障害を乗り越えて走っていく感覚はたまりませんでした。

 

f:id:qmomiji:20200630213941j:image

 

砂利道の途中にある休憩スペースでお昼ご飯にします。

ガスバーナーで、初めてラーメンを作って食べました。

 

f:id:qmomiji:20200630214039j:image

 

「そう言えば私、来週ソロキャンプに挑戦しようと思うんです」

この時点ではまだキャンプをしていなかった私、密かに計画していることを、ラーメンを啜りながら報告します。

「へぇ〜、そうなんですね。ホントちうさんは色々なことにチャレンジしますよね」

あきにゃんさんが応えてくれました。

「はい、そうなんです」

 

 

確かに。セローを相棒に迎えて以降、私のやりたい事はどんどん湧き上がってきます。

 

後悔ないよう生きていきたい──。

それが私の信条です。

 

未来なんて誰にも見えません。そして人生は色々です。

そういう意味では、真っ白な霧の中を走るのと変わらないのかもしれません。

 

 

それでも、アクセルを開く勇気と仲間たちとの掛け声さえあれば、きっと進んで行くことが出来る──。

 

そう確信出来る、学びの多い貴重なツーリングとなりました。

悠久の大地〜林道マスツー②

走り出してしばらくすると、前回同様『恐竜の足跡』『慰霊碑』の傍を通り過ぎていきます。

 

「この道は前回も通りましたが覚えてますか?」

とあきにゃんさんが聞いたので、覚えている旨をお伝えします。

 

そしてインカムを通して、前回は聞けなかった詳しい解説をして下さいました。ツアーコンダクター並の詳しい解説に、全員「へぇ〜」が止まりません。

「この辺りの地形は、昔海の底だったという説があります」

そして聳える山を指さし、

「あの山も、土というより岩みたいですよね? 海の底にあった岩が長い年月でせり上がったんだそうです」

「へぇ〜」

確かに、あきにゃんさんが指さした先にあるその山は、岩のようにゴツゴツしており、縦に層が出来ていました。

でも高く聳えるその山はやっぱり見上げるほどの大きさで、海の底にあった時代なんて私には想像も付きませんでした。

 

海が陸になる。

地面が山となり、山が海の底に沈む。

日々の生活では思いもよらない、そんな悠久の大地へと思いを馳せながら、バイクを走らせます。

 

 

やがて長いトンネルを抜けます。

抜けた先の街中を走っていると、ふと標識が目に入りました。

群馬県立〇〇』

「えっ!?」

思わず声が漏れます。

「ここって群馬県なんですか?」

「そうですよ」

あきにゃんさんが答えます。

「先程のトンネルの途中で県境を越えましたね」

「そうだったんですね…」

群馬県はすごく遠いイメージでしたが、あっさりとやって来ていたようです。

 

「右折します」

あきにゃんさんの声に、全員が「はーい」と応えます。

小道の急勾配を上り進んだのですが…。

「あれま」

 

f:id:qmomiji:20200627064210j:image

 

唐突に通行止めの標識が出て、その先の道が崩壊していました。

 

皆が降車して、崩壊した道路を見入ります。

「これは…。何があったんでしょう? 台風? 土砂崩れ?」

誰に聞くともなしに私が質問すると、

「分かりません。でもこういうことは案外珍しくないんですよ」

あきにゃんさんが応えてくれました。

この4人の中で、しょっちゅう林道を走っているのはあきにゃんさんだけです。林道は大きな公道と違い、気候や天災の影響を受けやすい。そのことをよく知っているのでしょう。

 

来た道を引き返すしかなさそうです。

ここで、ちょっとしたハプニングが。

よねってぃさんが、立ちゴケしてしまったのです。しかも、倒れてきたセローに足を挟まれ動けなくなりました。

すかさず、あきにゃんさんが助け起こします。

 

f:id:qmomiji:20200627065942j:image

 

よねってぃさんも乗車し、再度出発です。

 

 

「あーあー。聞こえますか?」

よねってぃさんがインカムで呼びかけます。

「聞こえまーす」

私が応えると、

「あ、良かったです。前二人は聞こえてますか?」

沈黙が返って来ました。

「どうやら切れちゃったみたいですね」

インカムを繋げる時、私とよねってぃさんのを先に繋いだので、ここだけ繋がっているようでした。

「よねさん、足は大丈夫ですか?」

「あ、はい大丈夫です。そう言えば」

よねってぃさんが続けます。

「ちうさん、オフブーツまだ買ってないんですよね? やっぱり必要ですよ。 さっき、オフブーツ履いてなかったらヤバかったかもしれません」

「えっ、そうなんですね。買いたいとは思ってるんですが」

オフロードブーツは欲しいと思っているのですが、安い買い物ではないため二の足を踏んでいました。

しかも今月はETCを取り付けたため、お金に余裕がありません。

「でも、近々必ず買おうと思います」

自分が林道をどれだけ走るのか、予想も付かなかったため様子見してしまいましたが、安全には代えられません。

そして、林道はこれからも走りに行くだろうことは自分の中でハッキリしていました。

 

 

道の駅で休憩を取り、また4人でのインカムを繋げました。

 

やがて山奥に入り、細く険しい林道に入って行きます。

あまりのカーブに、全く先が見えません。

「砂利が散らばってますよ〜。滑らないよう気を付けて」

「この辺り、うっすら苔が生えてます。しかも昨日の雨で濡れてるからすごく滑りやすいと思います」

あきにゃんさんが都度声を掛けてくれるので、気をつけながら進むことが出来ました。

 

そこは舗装路ではあるのですが狭くガタガタで、小石や土も散りばめられています。そしてあきにゃんさんが言う通り、苔むしていました。

すごく滑りやすいと聞いて、思わずグリップを握る両手に力がこもります。

 

勾配もキツく、カーブだって多いのです。そんな道が滑りやすいとあらば、否が応でも緊張してしまいます。

ようやくそこを抜け、ホッと息つく暇もなく次のアトラクションです。

「かなりの凹凸です。重心下にして転倒しないよう気を付けて」

前方を走るあきにゃんさんが言いますが、どこがどういう凹凸なのか、私の位置からでは見えません。

「うおっ! なんだこりゃ?」

二番目を走るはちさんの叫び声が聞こえます。

「な、なに? どうしたんですか?」

「あと少し走れば分かります」

はちさんの言葉通り、すぐ先で私も同じ悲鳴を上げることになりました。

 

道路の陥没が連続していたのです。

どこをどう走っても、バイクが大きくバウンドしてしまいます。少しでもバランスを崩したら転倒しそうです。

私の悲鳴が惜しみなくインカムで流れてしまったようで、「大丈夫ですか?」と心配されてしまいました。

「はい大丈夫です! …多分…なんとか」

私の返答に笑いが起こります。

実際、バイク操作にいっぱいいっぱいではあるものの、なんとか転倒はせずに進むことが出来ました。

 

そうして抜けた先でバイクを停め、景色を眺めます。

随分登ってきたようでした。

 

f:id:qmomiji:20200627123631j:image

 

そこから先は通り抜けられないとのことで、来た道を引き返すことにします。

ここでまたしても小さなハプニングが発生。

取り回ししようとしていたはちさんが、バイクを倒してしまったのです。

はちさんは自力で引き起こしましたが、その後少しだけ取り回しに苦戦していました。

 

そこは舗装されていない勾配している荒地の上。バイクに慣れた男性だとしても、思うようにバイクを動かせないようでした。

 

 

そして私は、先程よねってぃさんが立ちゴケした場所を思い返します。

あそこも舗装路とはいえ、勾配している道路でした。道幅もそう広くありません。

そんな場所でのUターンは、やはりリスクが高いようでした。

舗装された、平坦な場所にバイクを停められるとは限らないのが林道です。

取り回し一つとっても思うようにはいきません。

 

だからこそ林道は不安で、危険で、そして魅力的なのでしょう。

 

「準備出来ました」

「私もオッケーでーす」

「では、出発します」

次なる林道に向けて出発です。

 

 

実はこの時、私達は不穏な気配に包まれつつあったのです。

その兆候は既にあったのですが、その後の展開までは予測出来ませんでした。

 

 

それはまさしく、不安で、危険で、何よりも魅力的な走りを提供してくれるものとなったのです。

繋がる喜び〜林道マスツー①

それは5月のこと──。

 

初めて顔を合わせて林道ツーリングをした、あきにゃんさん。そしてよねってぃさんと私の三人。

 

https://qmomiji.hatenablog.com/entry/2020/05/21/203013

 

https://qmomiji.hatenablog.com/entry/2020/05/26/230155

 

https://qmomiji.hatenablog.com/entry/2020/05/27/215604

 

その二週間後、同じメンバーでまた一緒に走ることになりました。

 

前回のツーリングで、インカムをペアリング出来なかったことが心残りだった私達。

どうすれば繋げられるのかをそれぞれ調べ、三人のグループラインで話し合ってきました。

でもそれでもよく分からなかったので、私にインカムを渡してくださった、ヨシさんに相談してみます。

 

『他社同士でのペアリングは難しいですからね』と前置きした上で、ヨシさんが快く説明して下さいます。

親切にしているのは自分の方なのに、何故か『長くなってすみません』『分かりにくくてごめんなさい』と腰の低いヨシさん。

そんな丁寧に書かれた説明文を読みこむも、クエスチョンマークの飛び交う私の脳内に早々と見切りをつけ、ヨシさんが送ってくれた上記説明文を三人のグループラインにコピーして送信します。

 

ですがそれに留まらず、インカムを複数台持っているヨシさんが、実際にS社とB社2台のインカムのペアリング方法を実演し、動画に収めて送って下さいました。

 

その動画も送信しました。

 

『なんか、出来るような気がしてきました』

よねってぃさんが言います。

『おぉ、それは頼もしい。じゃあ当日よろしくお願いします』

と私とあきにゃんさんとで言い合います。

 

前日の夜、『すみません、明日なんですがもう一人増えてもいいですか?』

とあきにゃんさんからLINEが来ます。

『勿論ですよ〜』

私が送ると、

『どなたですか?』

とよねってぃさんが聞いています。

『はちさんという方です。私と同じCRFで来るそうです』

『了解しました〜』

『はちさんのインカムが中華製らしいので、ペアリング出来るか心配ですけどね』

『…』

不安要素を残しつつ、急遽四人での林道ツーリングが決行の運びとなったのです。

 

 

当日の朝。

高速道路を使って現地まで向かい、集合場所に到着します。

「おはようございまーす」

「あ、おはようございます。今日はちょっと寒いですね」

あきにゃんさんが応えます。

前回のツーリングでは暑いくらいの快晴でしたが、今日は曇り空で気温も低めでした。

「では早速、繋いでみますか」

よねってぃさんが言います。

 

 

まず、私とよねってぃさんとのインカムをペアリングしてみます。

「あーあー。聞えますか?」

ちゃんとスピーカーを通してよねってぃさんの声が聞えます。

「聞えまーす」

私が応えたことで、よねってぃさんの方も繋がったと確認したようです。

 

ここでよねってぃさんが、先日私が送ったヨシさんからのレクチャー動画を再生します。

「えっと、ここでちうさんは電源を切って下さい」

私は電源を切り、次はよねってぃさんとあきにゃんさんとがペアリング。

お二人のが繋がったのを確認し、私の電源を付けてみます。

ところが、お二人のは繋がっているというのに、私のが全く聞こえません。私の声も届いていないようでした。

「えぇ〜? なんでですかね?」

もう一度三人で、ヨシさん動画を見返します。

「よし、もう一度やりましょう」

 

再度、私とよねってぃさんとのペアリング。

そうこうしている間に、もう一台のCRFがやって来ました。

「初めまして。はちです」

降り立った男性と初対面の私は挨拶を返します。

「あ、初めまして〜。ちうです。今日はよろしくお願いします」

「急に参加させてもらっちゃってすみません」

「いえ、とんでもないです」

 

よねってぃさんとのペアリングが完了し、私の電源を落とすや、またもあきにゃんさんとよねってぃさんとのペアリングです。

傍らでは、本日何度目か分からないヨシさん動画を再生させています。

「繋がりました。ちうさん、電源入れてみてください」

「はい」

緊張しながらインカムの電源をオンにします。

先程まではここまで出来たのです。でも繋がりませんでした。次はどうなのかとビクビクでした。

「あーあー。聞えますか?」

よねってぃさんの声が、ハッキリとスピーカーで流れてきました。

「聞えます! 私の声は聞こえますか?」

やや興奮気味に応える私。

「あ!聞えます聞えます!」

「私も聞えます」

あきにゃんさんの声もハッキリと聞き取れました。

「やった! 繋がった! 初めて三人で繋がりましたね」

この時点で感動してしまう私達三人。

ですが、今日はもう一人いらっしゃいます。

 

私とよねってぃさんが、インカムの電源を切ります。

次はあきにゃんさんとはちさんとが、インカムをペアリングしました。お二人が繋がるや、よねってぃさんと私も電源をオンにします。

緊張が高まります。

「聞えますか〜?」

「えっすごい! 聞こえます!」

「聞えます聞えます」

よねってぃさんと私、あきにゃんさんの声が響き、

「俺も聞こえる」

はちさんの声もちゃんとクリアに聞こえてきました。

「凄い! ちゃんと四人で繋がりましたよ!!」

ちょっと感動して泣きそうになる私。

全員でバンザイをし、拍手まで沸き起こります。

まだツーリング開始前だというのに、既に感動のフィナーレを迎えたかのような盛り上がりように、全員で笑い出してしまいました。

 

 

「では、出発します」

前回同様、あきにゃんさんが先導をして下さいます。

あきにゃんさんの次がはちさん、そして私、一番後ろがよねってぃさんです。

「はーい」

私含む全員の声が上がります。

「うわっ、聞こえるわ。なんか気持ち悪っ」

はちさんが言ったので、笑ってしまいました。

おそらく、インカムを複数人で繋げるのはこれが初めてなのでしょう。何人もの声が同時に聞こえる感覚に不慣れなのかもしれません。

私も、四人以上で同時に繋がったのは初めてなのでワクワクします。

 

やがてゆっくりと走り出したあきにゃんさんに続き、3台のオフロードバイクも走り出しました。

 

 

実は、こうしてインカムを繋げられたことにより、この日何度も危険を回避出来ました。

それは予想もしなかった状況に見舞われたからなのですが、この時の私はただ、ツーリング開始による胸の高鳴りに身を任せ、アクセルを開くのみでした。

 

 

そして──。

この日ツーリングを終え帰宅した私は、いの一番にヨシさんへとメッセージを送ります。

 

『ツーリングより無事帰宅いたしました。ありがとうございました、ヨシさんのお陰で全員とインカムを繋げることが出来ました』

『お疲れ様です。ライダーとして、ライダーのお役に立てて嬉しいです』

 

実はこの時ヨシさんは、体調不良により歩行も困難な状況に陥っていたのです。

にも関わらず、インカムの繋げ方を親身にレクチャーして下さいました。

それは良かったと喜ぶヨシさんの存在が、本当に有難かったです。

 

 

たかがインカム。されどインカム。

一つの文明の利器であり、それがなくともツーリングは成立します。

ですがそれを繋げるために、色んな人達の助力や繋がりたいと願う人達の想いとがあるのです。

 

しっかりと無線の繋がった四人でのツーリングは、まだ始まったばかりです。