土曜夜、帰宅して携帯電話を開くと、一件のダイレイクトメールが届いていました。
『急なんですけど、明日林道ツーリング行きませんか?』
と。
以前林道ツーリングでご一緒した、よねってぃさんからです。
見ると、一日の日程を事細かに書いて下さっていました。主催者は別の方のようです。
翌日というのは確かに急ではありました。
でも行きたい、と思ったのです。
お誘いいただいた企画は、参加すれば必ず何かに繋がって来ました。
これも何かの縁、と思ったのです。
『ありがとうございます。是非参加させていただきたいです』
返信すると、
『お。では、道の駅あしがくぼに朝8時集合です』
それを読んで少しだけたじろぎます。
集合の場所と時間が私にはハードルが高かったのです。
芦ヶ久保は何度か行っていますが、それはほぼツーリングの『目的地』に近い場所としてでした。ツーリング開始地点で考えたことはありません。
調べると、自宅から芦ヶ久保まで片道約3時間。
「う〜ん…厳しいか?」
なるべく下道で移動している私ですが、さすがに高速道路でのルートも調べます。ですが高速道路を使っても、さほどの時間短縮にはならないようでした。
すぐさまSさんに相談します。
『早朝なら16号もそんなに混まないんじゃないですか?』
言われてみれば、確かにそうでした。
下道で向かうなら国道16号線を使うのですが、そこはいつも渋滞しています。
今はちょうど、仕事の帰宅時間です。明日の早朝走り抜けるのならば、おそらくもっと短い時間で行けるのでしょう。
『せっかくなので、行った方がいいですよ』
というSさんの言葉に後押しされ、やっぱり行こうと決めます。
下道で向かう旨をよねってぃさんに伝え、翌日の準備をして就寝しました。
朝4時半に起き、出かける準備をしました。
さすがに焦ります。本当に集合時間に間に合うのか、16号線は混んでいないのか。もしかしたら飛ばして行った方がいいのかもしれない、と。
そして、こんな焦りを抱えたままバイクの運転をしていいものかと不安にもなりました。焦るあまり、スピードを出しすぎたり判断を誤らないかと思ったのです。
ですが、いざバイクに跨り走り出すと、ふっと静かな気持ちになれました。
『ある程度の恐怖心を保つことは必要ですが、自分のバイクに跨ったら、リラックスした方がいいです。今は難しくても、いつか、ハンドル握ったらなんかしっくり来るなぁって時が来ますよ』
初心者の頃、あまりに私がバイク操作に緊張して硬くなっていたのを見て、Sさんがかけてくれた言葉です。
この時、まさに『しっくり来て』いました。
セローの両グリップを握ると、いつもの運転感覚が戻って来たのです。
──自分のペースで行こう。
そう思えました。
人との待ち合わせ時間に遅れるのは私の信条に反しますが、事故に遭ってしまっては元も子もありません。
セローと私のペースで現地に向かえばそれでいいと思ったのです。
Sさんの予想通り、国道16号線はガラガラでした。
気温もあたたかく、陽射しもやわらかです。
早朝のこの時間帯で、既にツーリング気分を満喫していました。
『道の駅 あしがくぼ』に到着したのは、8時10分前でした。
ちゃんと間に合うことが出来たようです。
駐輪スペースに入って行くと、既に数台のバイクは停まっていましたが、よねってぃさんのセローは見当たりません。
オフロードバイクの集団も特に見られなかったので、適当なところに駐輪させます。
──そう言えば、今日は何人来るんだろう?
昨晩バタバタと決まったため、よねってぃさんから主催者のことも他の参加者のことも詳しくは聞いていませんでした。
あまりに大人数だったら緊張するなぁとか、もし他の皆さんがハイレベルだったらどうしようとか、ここへ来て今更そんな事が気になり始めました。
やがてやって来た一台のオフロードバイク。
よねってぃさんの、セローです。
「おはようございます」
よねってぃさんに挨拶します。
「おはようございます。今日、結構暑いですね」
降車したよねってぃさんがそう言いながら上着を脱ぎます。
「ホントそうですね。でも、晴れて良かったです」
数日前までは雨予報でした。
まだ朝ごはんを食べていなかった私は、よねってぃさんに断りを入れ、おにぎりを食べ始めました。食べながら聞きます。
「ところで、今日は何人くらい参加されるんですか?」
「三人です」
よねってぃさんが、隣のバイクを指差しながら答えます。
「このバイクの持ち主の、あきにゃんさんを入れて」
「三人なんですね〜。それなら良かったです」
大人数ではないようですし、よねってぃさんも前回の林道ツーリングで林道デビューしたばかりなので、ハイレベルということもなさそうでした。
そこへやって来た一人の男性。
HONDA、CRFの持ち主であり、今日の林道ツーリングを企画をして下さった方、あきにゃんさんです。
よねってぃさんが、私とあきにゃんさんとを引き合わせて紹介して下さいます。
「初めまして。今日はよろしくお願いします」
あきにゃんさんに向け言うと、
「よろしくお願いします。女性の方だったんですね」
あきにゃんさんが応えました。
どうやら私の参加が急に決まったため、性別も今初めて知ったようです。
なんだか申し訳なく感じました。
平素ならばあまり性差を気にせず過ごす私ですが、林道ツーリングにおいては別です。
メンバーに女性が入るか否かは、林道ツーリング全体に大きな違いをもたらすようでした。
やはり男性と比べて力が弱いため、誰かが転倒した場合、バイクを引き上げたりの力仕事は期待出来ません。
それより何より、トイレの事情があります。
ひとたび林道に入ったならば、休憩もご飯も林道で済ませることが多いのが林道ツーリング。
男性ならば適当に済ませることも出来るのでしょうが、女性はそうもいかないのです。
そのため、林道ツーリングの主催者は、女性参加者がいる場合、トイレ休憩を考慮しながらルートを組まなければいけないようでした。
ですが、あきにゃんさんは嫌な顔せず私の参加を受け入れて下さいました。
有難いことです。
走る前に三人でインカムをペアリングしようとしたのですが、機種が違うためか中々上手くいきません。
既に何十分もかかってしまっています。
「どうしましょうか」
あきにゃんさんが問うてきたので、
「うん、諦めましょう!」
と私が言います。
同じ機種の、あきにゃんさんとよねってぃさんだけがペアリングをし、いよいよ出発することにします。
道の駅あしがくぼの駐車場を出るべくバイクに跨ります。
あきにゃんさんが先導で、次が私、後ろをよねってぃさんが走ります。
あきにゃんさんは、進行を譲ってくれた乗用車に丁寧にお辞儀していました。
それを目にした私は、今日のツーリングも素敵なものになりそうだと、確信に近い予感を抱いたのです。
そしてそれは、現実のものとなりました。