アークヒルズを後にし、夜の都内を走り抜けます。
「あれ? これ方向違うかなぁ」
しばらく走ると、Sさんが言いました。
「えっ、道間違えた?」
「いえ、ナビ通りには進んでるんですけどね。標識によるとどうも方向が違うんですよね」
私も標識を見てはいたのですが、いかんせん都内の地理に疎いためさっぱり分かりませんでした。
ナビがフリーズして、あらぬ方向に誘導されてしまうことは珍しくありません。
「次の交差点でUターンします」
「了解でーす」
ですが、次の交差点は右折禁止でした。
都内の主要道路のほとんどが複数車線です。対向車線との境界には縁石が設けられ、途中でのUターンは不可能です。
私とSさんはもうしばらく進み、ようやく次の交差点でUターン出来たのです。
ところが。
「あれ? やっぱりさっきの方向で合ってたようです」
「マジすか…」
再度、Uターンです。
そうして複雑な都内の道を進んで行きます。
左折専用レーンに入ってしまい慌てて車線変更したり、複雑な分岐に差し掛かり悩みながら進んだりもしました。
中々渋谷区を抜けられません。
「この辺りの道は走ったんですか?」
「ここは…どうだったかなぁ? あ、でも渋谷のスクランブル交差点は走り抜けたよ」
「それは素晴らしい。どうでしたか?」
聞かれて、どうだったかなぁと考え込みます。歩道側には人が溢れていましたが、車道は普通に「道」でした。
私がそう答えると、
「案外そうなのかもしれませんね」
Sさんが頷きます。
「え、っていうか、その時のこともレポートに書いたじゃん。読んでないでしょ」
「あぁ、いや…」
Sさんが言葉を濁します。
「もぉ〜! 絶対読んでないよねぇ?」
都内には様々な通り名やバイパスがあり、その通りごとに特色がある、と言われたことは先に述べました。
冬の間になるべく都内を走り、通りごとの特徴や危険性を見抜いて来るように、との課題を出して貰っていたのです。
走りに行って感じ取った、通りごとの特徴や危険性を書き出し、レポートにまとめて出していたのでした。
都内の道は独特です。
仕事や目的地までの移動で通り抜ける人が大多数、ドライブやツーリング目的で走っている人など稀なようでした。
そのためか車間距離も短く、真隣から強引に車線変更してきたり、煽ってくる車も珍しくありません。
「おっと」
Sさんが声を漏らしながらブレーキをかけます。
青信号を直進で交差点に侵入しようとしたら、赤信号で強引に左折してきた乗用車がいたのです。
「なんだあれ? 危ないなぁ」
「だから、こういうことなんですよ。都内の道は何があるか分からないんですよ」
「なるほどねぇ」
あの乗用車のドライバーは急いでいたのかもしれないし、イライラしていたのかもしれません。
都内はそういった『不測の動き』をする車両が多いように感じます。
勿論、そんな車ばかりではありません。でも少なくとも、そういう車との遭遇率は都内は圧倒的に高いように思えました。
「だからこそ、あえて都内を走ることで危険予測が身につくんですけどね」
Sさんが言うので、納得したのでした。
渋滞にハマる私たちを脇目に、何台ものバイクが軽快に走り抜けて行きます。
「凄いなぁ」
思わず感心してしまいました。
「こんな複雑な道を、よくあんなスピードで走っていけるよねぇ」
「彼らは慣れてるんでしょうね。小回りのきくバイクの特性を、よく活かしていますよ」
確かに、そうかもしれません。
都心の道は確かに複雑で難しいのですが、上手く乗りこなせばバイクの長所を最大限活かせるのかもしれない、と思いました。
渋滞を抜け、やがて国道246号線に入ります。
混雑はしていましたが、複雑な分岐もなく直線道路になったので、少しホッとしました。
ここで、ようやくのトイレ休憩です。
ヘルメットを脱いだSさんの表情が疲弊しきっていたので、「ねぇ大丈夫!?」と聞きます。
「あぁ…。なんか、疲れましたわ」
「珍しい」
「やっぱり、都内の道は疲れるんですよ」
「そうなんだ?」
Sさんほどの経験者でもそうなのかと、驚きます。
そして私にも思い当たる節がありました。
以前、ソロでの都内ツーリングで砧公園へのルートを組み込んでいながら行かなかったのも、慣れない都心の走りに、あまりに疲れたからだったのでした。
渋滞と複雑な車線、予測のつかない動きをする車両たち。
都内の道路は、走れば勉強にもなり刺激も貰えますが、その反動も大きいようでした。
「あぁ〜明日は仕事かぁ」
246号線を走りながら、Sさんが零します。
「私は今日も仕事だったし、明日もだわ」
「そう言えばそうですね」
ですが、今日の午前中までいつも通りに仕事をしていたとは思えないくらい、今日のツーリングは充実していました。
有給休暇も半休で済むし、半日ツーリングはお得だなぁと思いました。
私がそう言うと、
「いや、俺はやっぱり、ツーリングに行くなら朝からがいいですね」
「それは確かにそうだね〜」
分岐で手を振ってSさんと別れます。
その後はソロで、両端に咲く桜を眺めながら家路につきました。
走りながら、今日はたくさんの桜を見たなぁと考えます。
お花見ツーリングがしたい、と最初にSさんに言った時、「もうしたじゃないですか」と呆れ顔で言われました。
確かに、伊豆の河津桜を見に行ってはいたのです。
https://qmomiji.hatenablog.com/entry/2020/02/11/222546
あの桜も見事でした。
その後のセロー乗り女子会でも軽くお花見ツーリングをしました。
それでもまだまだ見足りない、私の欲求は満たされなかったのです。
それは乾きにも似た思いでした。
自分が何故これほどまでにお花見に固執したのか、その理由は自分でもよく分かっています。
免許取得が去年の11月半ば、納車後はすぐ冬になり、路面の凍結により走れる道も限られていました。
そんな中で訪れた先の景色も、既に落葉を終えた裸の木々ばかり。葉や草や花々が茂っていたらさぞ美しい景色なんだろうなと、脳内で補正することでしか満足することは出来なかったのです。
でも今、ようやく春が来たのです。
バイクに跨り、バイクでしか見れない色々な季節を感じたいと思いました。
でも、人生は思い通りにいかないものです。
外出自粛要請が出されたのは僅かこの数日後、更にはその数日後に緊急事態宣言が発令されました。
多くのライダーさん達が『ステイホーム』を守り、渇望してやまない走りへの欲求を我慢し続けることとなったのです。
バイクに乗れること、自由に走りに行けることは、当たり前のことではありませんでした。
世界が平和で、社会が平穏で、また自分自身も壮健でなければ叶いません。
今回のことで痛感させられました。
そのことをよくよく心に刻み、今後のバイクライフを噛み締めていきたいと思います。