アクセルグリップ握りしめ

オフロードバイク、セローと共に成長していく、初心者ライダー奮闘記

高まる期待〜夜桜ツーリング①

もし。

数年後に、2020年はどんな年だったのかと問われたならば──。

 

 

間違いなく多くの人々が、とあるウィルスの名前を上げることでしょう。

 

東京オリンピックが開催され、華々しく彩られる筈であったこの年、新種のウィルスにより全ての計画は頓挫して、世間はひっそりと過ごすこととなりました。

人名最優先、ウィルスを拡散させない為にと、各地で自宅待機を余儀なくされました。

 

ですが、そんな喧騒などどこ吹く風、今年の春も変わらず静かに花は開いていたのです。

 

これは、事態が深刻化されるほんの少し前に決行された、夜桜ツーリングのお話です。

 

 

 

3月半ばの平日。

仕事を半休で切り上げると、バイクに跨りSさんとの待ち合わせ場所へと赴きます。

「おっつかれ〜」

先に到着していたSさんにそう声をかけ、隣に腰掛けました。

Sさんは「どうも」と軽く会釈をし、携帯画面に目を戻します。

「今から、どこに行こうかなと思いまして」

「あれ? 行く場所は決まってるんじゃなかったっけ?」

 

つい先日、数年前にSさんが都内某所を夜桜ツーリングした時の写真を見せてくれました。

その写真があまりに綺麗だったので、羨ましくなったのです。今日はそこへ行く予定でした。

 

「でも、あそこへ行くにはさすがにまだ早いんですよ」

なるほど、まだ14時過ぎ。夜桜を楽しむには確かに早すぎる時間帯です。

納得し、静観します。Sさんがルートを考えている時は、考えがまとまるまで黙って待つのが常でした。

やがてSさんが口を開きます。

「砧公園とか、どうですかね?」

「ん? なに公園? きんた?」

「き、ぬ、た。砧公園です。この字、絶対一見では読めないですよね」

そうして見せてくれたグーグルマップの画像。

「あぁ〜、ここね。以前の都内ツーリングでルートに組んでた所だわ」

「行ったことあるんですか?」

「ううん、結局行かなかった」

冬の間、私は都内各地を一人で走り回っていました。

その時、この公園もルートに組んでいたのです。

 

世田谷区に構える、都内屈指の自然公園。整備された美しい園内には、様々な植物が目を楽しませてくれます。

公園マニアの私が惹かれない筈はありません。

「あれ、でもなんで結局行かなかったんだったかなぁ」

呟きながら考え込みますが、よく覚えていませんでした。

「じゃあ取り敢えず、そこに向かいますか」

「ほーい」

 

ヘルメットを装着し、インカムをオンにします。

Sさんとは前回ペアリングしたので、すぐに繋がりました。

「じゃあ。ナビも使える事ですし、前を走って下さい」

「やだ」

Sさんの動きが、一瞬固まりました。私がそんなあっさり拒絶するとは思わなかったのでしょう。

「ナビ苦手なのよ。しかも都内の道でしょう? めっちゃ複雑で分かりにくいじゃん」

「まぁ…」

Sさんはまだフリーズしているようでした。

 

ナビを使うのはまだ2回目です。

ナビに細かなルートを決められてしまうことも、画面の中を移動しているような狭められた感覚になることも、どうにも苦手でした。

それに私は、都内の道がいかに複雑で難儀なものなのかも知ってしまっています。

迷っても構わないような、気ままなソロツーリングならばいざ知らず。都内の道で先導しながら目的地に向かって走るだなんて、考えただけで気が重くなります。

私がそう言うと、

「だから、その『複雑な都内の道』とやらも、ナビを使えば走れると思うんですが…」

「まだナビを使って走ることに慣れてなくて怖いんだもん。画面や音声で誘導されても、『そんな急に言われても』って焦っちゃって」

まして都内の道だしと、くどくも付け加えると、少し考え込むSさん。

「じゃあ、俺がナビ使いますよ。後ろからインカムで道順教えるんで、前走って下さい」

どうやら、私が前を走ることはSさんの中での決定事項のようでした。

「う〜…、分かった。じゃあそれで」

散々揉めた末にお互いの妥協点を見出し、ようやくの出発です。

 

 

国道15号線、『第一京浜』を走り進めます。片側3車線の広く交通量の多い道路です。

周囲の車の流れに合わせてスピードを調節します。

「あ、そうそう。一切後ろを気にせず走るからよろしく〜」

先のセロー女子会で先導した時には、何度も後方確認をしていたのですが、今日は後ろを走るのがSさんのため、その必要もないと思ったのです。

「まぁ、そこは気にしなくて大丈夫ですよ、適当に付いて行きます」

案の定、Sさんがそう応えてくれました。

自分よりはるかに上級者、しかも走るペースも充分に分かっているので、私も気が楽でした。

 

ですが。

「あっ、しまった抜かされた」

との声が。

「えっ、そうなの?」

ミラーを確認すると、確かに別のバイクが真後ろにいました。

「どうする? 車線変更して先に行かせる?」

「いや、多分このバイクは速いんで、放っておいてもすぐ抜いて行くと思いますよ」

確かにそのバイクは華麗に私も追い越して行きました。

そのやり取りに気を取られたからか、青信号を通過した後、

「あ、すみません。信号ひっかかっちゃいました」

との声が。

「マジでか」

左端に寄り、Sさんのいる交差点が青信号に変わるのを待ちます。

合流し、再度出発です。

 

 

第一京浜を平日の昼間に走り抜ける爽快感を味わいました。

休日や平日の通勤時間帯には混雑するこの道も、今ならスムーズに走行出来ます。

「すみません、スピード落として下さい」

Sさんから言われます。

「えっ、なになに? 私速い? 速すぎて付いて来れない?」

ウキウキで聞くも、「全然違います」と一蹴されました。

「そろそろ、左折なんです」

 

 

第一京浜を左折し、都道311号の環状八号線、通称『環八通り』に入ります。

「あれ? 環八ってこんな道狭かったっけ」

この道もソロツーリングで走ったことがありました。もっと広い道のイメージでしたが、今走っているそれは片側一車線の細い通りだったのです。

「いや…。そんなわけないじゃないですか」

Sさんの呆れ顔が目に浮かびます。

確かに。道を進むと、大きな通りに合流します。

ここも片側3車線です。

「環八は都内の道としては比較的走りやすいですよね」

Sさんが言うので私も同意します。

 

環八通りは都内の主要道路ではありますが、そこに住む人達の生活に即した道でもあります。マンションや飲食店も立ち並び、車も比較的ゆったりと走行するのです。

 

「こっちの車線の方が速いですよ」

Sさんが隣の車線から私を追い越したので、私も隣の車線へと移ります。Sさんの後ろになりました。

「あ、じゃあ先導お願いしまーす」

「いや、また前走って貰いますけどね」

ですが結局、この日私が前を走ることはもうありませんでした。

Sさんが前を走り、私がそこに付いて行く。どうにもこの構図が落ち着いてしまうのでした。

 

 

そうして到着した『砧公園』。

駐輪場にバイクを停めて園内を散策します。

平日の昼間ともあり、人もまばらでした。

「桜はどこかなぁ」

歩き進めると、桜の広がる広場がありました。

「凄い…」

 

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例年ならまだ桜の季節ではないはずのこの時期に、砧公園の桜は見事咲き誇っていたのでした。

 

後から思えばこの日、「桜を見るにはまだ早いかも」と思いながらも、半休を取ってまで決行したこのツーリング。それはとても幸運なことだったのです。

 

 

遠目から見ても分かる桜色の広場に、私達の足は自然と早まったのでした。