「実のところ」
前方を走っているあきにゃんさんが、静かに切り出しました。
「今走っている道が合ってるのかどうか、自信がありません」
「あはは、マジですかぁ」
最初の目的地である秩父高原牧場を目指しながら、私とあきにゃんさんはそんな会話を交わしました。
「私のナビ使いますか?」
スマホマウントを見遣りながら聞きますが、
「いえ、いいです」
と返されたので、ここはあきにゃんさんのツーリングスタイルに合わせようと決めます。
私の携帯電話はiPhoneなのですが、セローの振動により過去2回もカメラ機能が故障しました。
そのためバイク用の『衝撃吸収ダンパー』を購入してナビに使っているのですが、それをSNS上で発信した際、あきにゃんさんも同じ症状になったのだと言っていました。
ですがあきにゃんさんはそれを機に、ツーリングでは携帯ナビ自体を使わなくなったのだそうです。
一緒にツーリングをする人に方針があるのなら、なるべくそれに合わせるのがマスツーリングだと私は考えています。
「ちょっと、地図を確認します」
ハザードを焚いて道端に停車し、あきにゃんさんが地図を確認しました。
「ふむふむ…なるほど。うん、Uターンです!」
「了解でーす」
応え、あきにゃんさんの大真面目な言い方がおかしくて思わず笑ってしまいました。
二度ほどUターンを繰り返し、秩父高原牧場に到着します。牧場そのものは平日のためか閉まっていたのですが、放牧されている牛を眺めながら走ることが出来ました。
「あっ。ポピーですよ」
秩父高原牧場には『天空のポピー』という、一面のポピー畑があるのです。ポピーは今が見頃のようで、綺麗に咲き誇っていました。
天空のポピーを通り過ぎ、ピストンカーブを下った麓のポピー畑の前に停車し写真を撮ります。
そうして、次なる目的地を目指して走り出しました。
「…なんか違う気がする」
あきにゃんさんが、またしても道に不安があると言い出しました。
停車して地図を確認するや、Uターンする事になります。
秩父華厳の滝や不動滝のすぐ側を通り過ぎます。
「この辺り、『100年の森』って言うんですけど。道が迷路みたいなんですよね」
「あ、確かに」
見回しながら私も同意します。
そこは目印も何もない、細く似たような道が続き、その上何度も分岐があるのです。確かに、この道を覚えるのはさぞ大変なことでしょう。
あきにゃんさんが分岐の度に地図を確認し、「右みたいです」「左に曲がります」と言いながら進みます。
「時間がある時、ここに入り込んで一日中迷ってみるのも楽しいかもしれませんね」
あきにゃんさんのセリフに一瞬同意しかけますが、
「いやいや! 迷った末に抜けられずここで夜を明かすことになっちゃったら悲惨ですからっ」
私の返しに「それもそうですね」と笑いながら応えてくれました。
そうして下久保ダムに到着します。
トイレ休憩を取った後、
「なんかすみません…。迷ったことで一時間ほど押してしまいました」
とあきにゃんさんが言いました。
「いえいえ。ツーリングあるあるですよ~」
実際、ツーリング先で迷ったり引き返したりは私もよくやっていました。
迷い込んだ先で思わぬ絶景に出逢えたり、この道で合っているのかハラハラドキドキしながら進んだり。
それはナビありきのツーリングでは出来ない経験ですし、それもまたツーリングのあり方の一つだと思いました。
それに。
あきにゃんさんはいつも、詳細にルートを組んでくださいます。
参加者が集合解散しやすい場所を考え、距離や時間を換算して給油ポイントに至るまで事細かに決めてくださるのです。
そのルートの組み方や企画の立て方が毎回とても鮮やかなので、いつか私もそれが出来るようになりたいと密かに目標にしていました。
そんなあきにゃんさんが今回のツーリングでは迷いながら進んでいったので、私にとってはとても新鮮で、『こういう走り方もする人なんだ』という驚きもあり、その柔らかさになんだか嬉しくなりました。
準備をするや、いよいよ御荷鉾山を目指して出発です。
峠道を上っていきます。
「前にここで写真撮りましたよね」
「あっ。ホントですね~」
以前来た時のポイントを指差しながら、思い出話に花が咲きます。
「あの時は霧が深かったんでしたっけ?」
「はい、そうでした! ほんの少し前の道も見えなくて…。あの時、あきにゃんさんがハザード焚きながら走ってくれたんですよね~。それがなければ怖くってとても走れなかったです」
『五里夢(霧)中』 ↓
https://qmomiji.hatenablog.com/entry/2020/06/30/220251
今日は晴天で、霧も出ておらず視界も良好です。
御荷鉾山の峠道は道幅も広く、カーブもそれ程キツくないため楽しくのびのびと走行することが出来ました。
そう。
私はすっかり油断していたのです。
今までは『御荷鉾スーパー林道展望台』でお昼ご飯を食べ、それから砂利道に入っていました。
ダートは緊張するけれど、とりあえずそれはお昼ご飯の後からなのだと気楽にしていたのです。
でも今日は、逆方向から御荷鉾山に入ったのでした。
「では、砂利道に入りまーす」
あきにゃんさんのこのセリフに咄嗟に反応出来ませんでした。
舗装された峠道を折れ、あきにゃんさんを乗せたCRFが先に砂利道へと入って行きます。
「えっ、はいっ」
自分の声が上擦るのを感じました。
ダートが始まる──。
手の震えを自覚しつつも、深呼吸してスタンディング姿勢を取り、今から始まるダート走行へと急いで気持ちを切り替えたのでした。