山道を走り、細い道に入って更に上がっていきます。
その辺りから、視界の悪さを感じていました。
ヘルメットのシールドがやたらと曇るのです。目の前を羽虫が飛び交っています。
ですが、それより何より。
「霧がすごいなぁ」
はちさんが呟きます。
そう、霧が立ち込めて来ていました。
街中なら幻想的だと感じられる霧も、山の中ともなると大きな不安材料となって来ます。
それでも、この時はまだ道がハッキリと見えていました。
なので私は、
「ですねぇ。せっかくの景色が霧でよく見えないですね」
と呑気に返しただけでした。
先程バイクを停めて眺めた景色も、霧のせいで遠くまでは見渡せなかったのです。
それも、せっかく来たのに残念だと少しだけ思った程度でした。
「前回も行った、展望台に行きます」
あきにゃんさんが言います。
前回の林道ツーリングでは、御荷鉾山にあるその展望台でお昼ご飯を食べました。
そこは絶景が見渡せる素敵な場所なのです。
「でも、この霧じゃ景色が見れるかは分からないですけど」
私は展望台に着いた時だけでも消えていて欲しいと願いました。
「やっぱり、何も見えないですね」
願い虚しく、霧は晴れるどころか更に濃くなっていました。
前回は美しい山々が見渡せた展望台ですが、今日は白い靄が広がるばかりで何一つ見えません。
「まぁ仕方ないですよね」
皆で言い合います。
ツーリングをするにあたって、どんなふうに景色が見れるかまでは選べません。
ですが、そこも含めて楽しむのがツーリングです。
「今日は、お昼ご飯はこの先で食べましょうか」
あきにゃんさんが言います。
「はーい。あ、ここから先は砂利道ですよね?」
前回と同じルートならば、その先から砂利道の筈でした。
「そうですね」
「じゃあ、ちょっとタイヤの空気抜きます。よねさん、また貸してもらってもいいですか?」
よねってぃさんに向け問い掛けます。
よねってぃさんが、「ああ。はい、どうぞ」と快くエアゲージを貸してくれました。
そうして空気を抜き、砂利道を走る準備は万端になりました。
「じゃあ、行きますか」
あきにゃんさんの掛け声に、皆が
「はーい」
と応えます。
そうして走り出した先の道──。
霧はますます濃くなって来ました。
景色どころか、先の道が見えません。
「前が見ずらいな」
はちさんがこぼします。
まだここは普通の峠道です。それでも、霧により道の先々が見えず不安に感じました。
走っていると唐突にカーブが始まり、しかもそのカーブはどのくらい続くのか、ほとんど見えないのです。
「怖い…」
私が言うと、何人かが同意してくれました。
峠において、「道」を外れて走ること…。それは即ち「死」を意味します。一瞬たりとも気を抜くことなど出来ません。
「では、ダートに入りますよ〜」
あきにゃんさんが言いながら、細い小道に入っていきます。
「なんも見えなくて怖いなぁ」
私と同じ考えを、はちさんが言ってくれます。
「ならハザードランプを付けるので。それに付いてきて下さい」
言いながら、あきにゃんさんがハザードランプを点滅させてくれました。
白い闇の中で点滅されるその二つの灯りは実に頼もしく煌めき、迷うことなく先を走って私達を導いてくれます。
「なんか。道を進むと言うより、あきにゃんさんの後を付いて行ってる感じ」
はちさんの言葉に、私も同感で、少し笑ってしまいました。
前回も走ったダート。
その時も充分に刺激的ではあったのですが、今日の走りは全く違ったものになりました。
ただでさえ私にはまだ慣れていないダート走行。
そこへ、霧のせいでほんの少し先までしか見えません。
加えて、湿度が高いせいか、やたらとシールドが曇ります。
雨の日ならば曇り止めをスプレーするのですが、今日は雨予報でもなかったので、噴射してきていませんでした。
シールドの曇りと立ち込める霧。
そうでなくても、大きな石がゴロゴロ転がっていて、あちこち陥没しているような道です。
少しでも早く路面状態を察知したいというのに、これではそれも叶いません。
たまらず、ヘルメットのシールドを開きます。
その途端、無数の羽虫が私の目を目掛けて飛び込んで来ました。
慌ててシールドを閉じます。
どうやら、この視界の悪さで走り続けるしかなさそうです。
「後ろ二人、大丈夫ですか〜?」
あきにゃんさんが聞いてきます。
「はーい」
「大丈夫でーす」
私とよねってぃさんが応えます。
「バイクに乗る時はニーグリップ、いわゆる膝で挟み込むように教わったかもしれませんが、立ち乗りの場合はくるぶしの辺りで車体を挟み込むといいです」
「はい」
「あと、フロントブレーキは使わないように」
「はい」
「路面にとらわれて下ばかり見ず、上から垂れ下がっている木の枝なんかにも注意してくださいね」
「はい」
「了解です」
あきにゃんさんが、初心者の私達に向けたくさんのアドバイスをしてくれました。
こうして、前回と全く同じコースだというのにレベルの跳ね上がったダート走行を続けて行きます。
「大きな枝が倒れてますからね〜」
あきにゃんさんが言ったあと、
「うおっ! ホントだ。左側走っといた方がいいよ」
はちさんが続けてくれ、それを聞いた私は左に寄って走行しておきます。
確かに、大きな枝が道の半分以上を塞いでおり、左端しか空いてるスペースはなさそうでした。
「でも左端の辺り、ぬかるみになってるから滑らないよう気を付けて」
「はい、ありがとうございます」
このように。
視界が最悪の状況でしたが、インカムを繋いでいたお陰で、なんとか危険を回避する事が出来たのです。
そして徐々に、血が滾るのを感じていました。
私はカーチェイスもののゲームをやったことは無いのですが、まさにそれをやっている心境でした。
数々の障害を乗り越えて走っていく感覚はたまりませんでした。
砂利道の途中にある休憩スペースでお昼ご飯にします。
ガスバーナーで、初めてラーメンを作って食べました。
「そう言えば私、来週ソロキャンプに挑戦しようと思うんです」
この時点ではまだキャンプをしていなかった私、密かに計画していることを、ラーメンを啜りながら報告します。
「へぇ〜、そうなんですね。ホントちうさんは色々なことにチャレンジしますよね」
あきにゃんさんが応えてくれました。
「はい、そうなんです」
確かに。セローを相棒に迎えて以降、私のやりたい事はどんどん湧き上がってきます。
後悔ないよう生きていきたい──。
それが私の信条です。
未来なんて誰にも見えません。そして人生は色々です。
そういう意味では、真っ白な霧の中を走るのと変わらないのかもしれません。
それでも、アクセルを開く勇気と仲間たちとの掛け声さえあれば、きっと進んで行くことが出来る──。
そう確信出来る、学びの多い貴重なツーリングとなりました。