7月最初の日曜日──。
買ったばかりのオフロードブーツを履いて、愛車セローに跨ります。
エンジンを始動させ、待ち合わせ場所へと向かいました。
オフロードブーツとは、バイクでオフロードを走る際に履く専用ブーツのことです。
オンロードに比べオフロードでは、路面が安定しておらずバイクが転倒してくるリスクが高いため、足を保護するためにそれを履きます。
安い買い物ではないため長いこと迷っていましたが、先日の林道ツーリングでその重要性を認識した私は、ようやく購入へと踏み切ることが出来たのです。
運転しながら私は内心、「良かった」と、ホッと胸を撫で下ろします。
オフロードブーツは通常のライディングブーツよりも、しっかりと足をホールドしてくれます。
そのため、買ってしばらくは運転操作に支障をきたすそうなのです。
場合によってはシフトペダルを調整や交換しなければいけないこともあるのだそう。
今回、一切試さずに運転し始めた為、もしシフトアップすら出来なかったらどうしようかと心配でしたが、一応は運転出来たことにホッとしました。
到着した待ち合わせ場所にセローを停めるや、ほどなくしてやって来るオールシルバーのアメリカンバイク──。
銀の光沢を放つ縦長のフォルムが、私のセローに横付けされました。
思わず見蕩れてしまいます。
あぁ、相変わらず…
「カッコイイなぁ」
通りすがりのおじさんが、降車してヘルメットを外したヨシさんにそう声を掛けました。
「あっ。ありがとうございます」
ヨシさんが応えます。
「これはアレか? なんとかダビッドソンとかいうバイクか?」
「いやぁ、違いますね。よくそう言われるんですが」
ヨシさんのバイクはHONDAの『Fury』VT1300CX。
威厳のある造りと存在感とで、よくハーレーと間違えられるのだとか。
このおじさんもそのようでした。
「そうかぁ。ホンダかぁ。こういうのも出してるんだなぁ」
おじさんは更に、「カッコイイなぁ」と呟きながら色んな角度からバイクを眺めます。おじさんの質問に快く応えるヨシさん。
ようやくそのおじさんが去り、私とヨシさんとが挨拶を交わすことが出来ました。
「おはよう」
ヨシさんが笑顔で言ってくれました。
「おはよう。…う〜…なんかちょっと悔しいかも」
「どうしたの?」
「通りすがりのおじさんに先を越された。先に私がフューリーちゃんに声を掛けたかったのに」
ヨシさんが声を上げて笑い出しました。
「では行きますか」
ヨシさんが言うので、
「はーい。じゃあ、私が前を走るね〜」
「うん、よろしく〜」
出発です。
ヨシさんと某たい焼き屋さんで偶然知り合ったのは、去年の大晦日のこと。↓
『道志に集いし同士達』
https://qmomiji.hatenablog.com/entry/2020/01/02/091124
その時から私は、彼のバイク、フューリーの大ファンとなりました。
バイク購入の際、アメリカンとオフロードという有り得ない2択で最後の最後まで迷った私。
ビジュアルはアメリカン、機能性はオフロードという、究極の選択を迫られ、後者を選んでセローを購入しました。
その選択に後悔は全くないのですが、やはりアメリカンバイクを目の前にすると、カッコ良さに見蕩れてしまいます。
実はヨシさんとは、私が二輪免許を取得する前からSNS上での交流がありました。
やり取りを続けるうちに、「私の方が歳下なんで、敬語はやめて下さい」と伝えるまでに。
「えっ、でもこれで慣れてしまったので…。ちうさんの方からタメ口で来てもらえたら辞められるかもしれません」
言われたので、厚かましくも私の方からタメ口をきき、ようやくヨシさんからも少しだけ敬語が抜けて来たのです。
「一人で走るのが不安な時とか、なにか困ったことがあったらいつでも頼ってね」
ヨシさんのこのお言葉に甘え、今回オフロードブーツを履いての初めての走行に、同行をお願いする事にしました。
「あぁ〜、海沿いの道は気持ちいいなぁ」
内陸地に住むヨシさんがそう言いながら走ります。渋滞もなく、比較的スムーズに走行出来ました。
「あっ。雨」
「ホントだ」
ポツポツと雨が降ってきました。
やがて着いたのは、何の変哲もない住宅街の脇道。でもそこは、私にとって特別な場所でした。
「あぁ〜。ここは確かにいい所だね」
ヨシさんがそう言ってくれるので私も、
「でしょ〜?」
と得意げに応えます。
ただの閑静な住宅街なのですが、歩道も広く車通りもほとんどないため、ゆっくりと海が堪能出来るのです。
海を眺めながら少しだけ休憩を取ります。
移動し、美術館へと向かいました。
そこは駐輪無料なのにバイク置き場に屋根もあるため、雨の日でも気軽に立ち寄れるのです。
美術品が好きなヨシさんは、館内の展示を熱心に見入っていました。
無料開放されている美術図書館でアート本を閲覧するや、あっという間に時間が過ぎていきます。
ふと窓の外を見遣ると、ビックリするくらい雨が降りしきっていました。
美術館の庭園に屋根のあるベンチがあったので、そこでお弁当を広げてお昼にします。
「なんか…。ごめんね。雨ならどこかお店に入ってゆっくりご飯食べれば良かったね」
私が言うと、
「いや、全然! これはこれで楽しいよ〜」
そしてお弁当のお礼まで言ってくれました。
雨の降りしきる中、海を眺めながらのお弁当タイムは和やかなものとなりました。
ヨシさんが、履いているブーツのケア方法について話してくれます。
ソールを代えながら、もう10年以上は履き続けているのだとか。
「へぇ〜! 10年も」
「ちうさんのブーツも、ケアすればそのくらい持つと思うよ」
「ホントに? うん。高い買い物だったし、そのくらい持ってもらえたら助かるなぁ」
雨が小雨になったので、移動することにします。
バイクに跨り出発です。
「ちうさん大丈夫〜? 雨冷たくない?」
本降りになって来たので、ヨシさんが気遣ってくれます。
「大丈夫〜。今までのライティングブーツだと、足元から冷えてたんだけど、これ防水だからめっちゃ快適」
上下でカッパも着込んでいるため、濡れる心配がほぼありません。
「それなら良かった」
着いた先は『荒崎公園』。
駐輪している間に、雨は小雨程度に落ち着きました。
切り立った崖の上に立ち、パノラマでの海の景観を望みます。
「あ、ねぇ。晴れたね」
「ホントだ。ちうさんの晴れパワーかな」
「そんなものがあるなら、この週末を晴れさせてるよ」
「あはは、それは確かに」
太陽こそ出ていないものの、明るい海と空とがどこまでも広がっていました。
二人でしばし、その景色を堪能します。
実は、今日巡った場所は私の原点とも言えるルートでした。
産まれて初めてバイクに乗った時も、セローを納車した日も、ライダーとしてのあり方に迷った時にも、この道を走ってこの景色を眺めました。
そして今また私は、生まれ変わろうとしている──。
真新しいオフロードブーツを履いたからでしょう、強くそう思いました。
経緯はどうあれ、私はバイクに出逢えました。
バイクが好きで、バイク仲間達との出逢いが嬉しくて、走ることが楽しくてワクワクして。
これから、もっともっと楽しくなるのでしょう。
降り続ける雨なんてありません。
嫌な気持ちも、水滴と共に流れて行きました。
晴れた海を見渡しながら、新しきバイクライフへと思いを馳せたのでした。