アクアラインを降りると、千葉県内を下道で走り続けます。
道はゆったりとしており、天候が落ち着いたのも相俟って、のびやかな気持ちで走り抜けることが出来ました。
「あぁ、いい道だね〜」
ヨシさんが気持ち良さそうにそう言いました。
「うん、そうだね! 道も空いてるから走りやすいし。やっぱり私、千葉の道って好きだなぁ」
「信号が少ないしね」
「あっ。そう言えばそうだね」
下道になってから、ほぼ信号に引っかからずに走って来ていました。
走っていて気持ちがいいのも、信号が少ないからというのもあるのかもしれません。
でもそれより何より、景色が美しくてのどかだからでしょう。
と、ポツンとシールドに水滴が当たります。
「あれ、雨かな」
「いやいや、まさかぁ。風がどこかの水滴を運んできたんだよ」
またも信じようとしないヨシさんでしたが、停止した時雨雲レーダーを調べたら、雨雲が近付いて来ているようでした。
つい先程まで青空が広がっていたというのに、一気に黒い雲が覆い始め、雨が降り出します。
「ヨシさん、どこか入って雨宿りする?」
ちょうど繁華街に差し掛かっていたので、飲食店が建ち並んでいました。
適当なお店に入ってやり過ごすことも提案してみたのです。
「いや」
雨雲レーダーを見ながらヨシさんが続けます。
「なるべく早くここから立ち去った方がいい。あと10分もしたら、ここも本降りになって身動きが取れなくなるよ」
そのまま走り進めて行きます。
「これは…。走り抜けた先も雨ってことはない?」
「勝浦は晴れてる。…はず」
「ホントかなぁ」
今日は雨雲から追いかけられ続けているような気がして、半信半疑でした。
「なんせ、雨雲を呼ぶ男がいるからなぁ」
あははと笑うヨシさん。
「この先、カーブが続くよ〜」
「はーい」
「路面濡れてるから、滑らないよう気を付けて」
「うん」
そうこうしているうちに、雨足が更に強まります。
完全な雨の中、山道を走り抜けることになりました。
しかも、私もヨシさんもカッパは上下ともに脱いでしまっていました。バイクを停めて着る余裕はないため、そのまま走り続けるしかありません。
「ちうさん、大丈夫〜? 」
「うん、大丈夫」
とはいえ。
着ていた服は完全に濡れ、身体に張り付いていました。
ブーツも再び濡れてきます。
幸い気温が高いため、身体が冷える心配はありません。
走りながら空を見上げると、雨雲の切れ間から青空が顔を覗かせています。
「変な天気」
思わず声が漏れます。
晴れたと思ったら急に降ってきて、降っている最中にも青空が顔を出す。
「最近ホントに大気の状態が不安定だよね」
私が言うと、「そうだねぇ」とヨシさんが返しました。
勝浦は晴れている──。
その言葉に嘘はありませんでした。
勝浦に近づく程に雨足は弱まり、唐突に雲がなくなり晴れ間が広がったのです。
勝浦に入ると、強い日差しに、逆に今度は紫外線対策の必要性を感じる程になりました。
勝浦に行ったら、是非とも行ってみたい所として『勝浦海中公園』がありました。
駐輪場にバイクを駐輪させるや、海中展望塔を目指して歩きます。
勝浦海中公園の付近一帯はリアス式海岸となっており、公園内には海中展望塔や海の博物館があります。
海中展望塔では塔の中から海を観察出来るため、天然の水族館のように楽しむことが出来るとの事でした。
それを是非とも見てみたいと思ったのです。
ですが。
「あれ? 大人気?」
展望塔のチケット売り場がすごい行列でした。
傍の看板を見ると、『感染拡大防止の為、入場制限しております』との表記が。
塔に入れる人数を制限しているため、チケットの販売窓口が行列しているようです。
私とヨシさんは顔を見合せ、「どうする?」とアイコンタクトを送り、一瞬で決断を下します。
「あぁ〜、ブーツ脱いだら気持ちいいわ」
「ホントだね〜」
海岸沿いの階段に並んで腰掛け、ブーツと靴下を脱いで寛ぎます。
ブーツの中がぐちょぐちょだったので、陽に当てて少しでも乾かしたかったのです。
「いい天気。靴下もすぐ乾きそう」
陽を受けて熱くなったアスファルトの上に、脱いだ靴下を並べて乾かします。
行くのを諦めた展望塔と、海岸で遊ぶファミリー達との動きをぼんやりと眺めていました。
今年は関東全域で海開きをしない方針に決まったようです。
でもここでは、多くの人達が波打ち際で歓声を上げながら楽しんでいます。
水着を着用した人々が、夏の陽射しを浴びながらめいっぱい泳いでいました。
「お昼はどうする?」
ヨシさんが携帯電話で地図を調べながら聞いてきます。
「ん〜。ここに来る途中、『勝浦タンタン麺』って看板が見えて、それが気になってるんだよね」
「お!」
ヨシさんが指差して来ます。
ピコン、と電球のつく音が聞こえてきそうでした。
「美味し〜」
「うん、旨い」
『勝浦タンタン麺』のお店に到着したのはその30分後、更に40分の順番待ちをして、ようやく目当ての食事にありつくことが出来ました。
辛さの中にもきちんと出汁が効いており、食べ進めるほどに食欲が増す味でした。
昼食を終え店の外に出ると、じゃあ次はどうしようか?と話し合います。
「あの。私ちょっと行ってみたい所があるんだけど」
躊躇いがちに切り出します。
「うん、どこ?」
「『八幡岬公園』って所」
その場で地図を調べたヨシさんが、
「あぁなるほど、さっきの所にほぼ戻るのか」
と言いました。
そうなんです。先程までいた『勝浦海中公園』の方面へと戻ることになります。
ですがヨシさんは、
「オッケー、じゃあそこにしよう」
と二つ返事で快諾してくれました。
「せっかくだから海沿いを走ろう」
と言い、ナビの指示を無視して進みます。
細い小道に折れ、漁港の真隣や海岸沿いを走り抜けて行きました。
潮風を感じながら進む美しく魅惑的な道に、ワクワクします。
ヨシさんと走るようになって学んだことは多々ありますが、こういった楽しみ方もまた、新たに学んだツーリングのあり方の一つでした。
ヨシさんのツーリングは観光名所や名前の付いた通りはあまり行かず、走り進めて「惹かれる道」があればそこを進み、「名もなき名所」を自分で見つけ出してはそこでバイクを停めるのだとか。
ツーリングの在り方は人それぞれ。
バイクの数ほど楽しみ方は違うのでしょう。
「ここ、綺麗だね〜」
静かな海岸沿いにバイクを停めるや、海へと続く階段をギリギリまで降りて勝浦湾を望みます。
「うん、いい所を見付けたね」
ヨシさんが応えます。
広がる水平線と、深く鮮やかな空と海とが、今日のツーリングの前途を祝しているようで、いつまでもいつまでも見入っていたくなったのでした。