それは、7月末のこと。
世間は4連休でしたが、私は日曜日のみが唯一の休日でした。
そのたった一日の貴重な休日は、是非ともツーリングに使いたい──。
そう思い仕事の合間に天気予報と睨めっこするのですが、行きたい地域の天候は芳しくないようでした。
何度も何度も調べては、諦めのため息を吐くことになります。
「今週末も雨かぁ…。梅雨はまだ明けないのかなぁ?」
そう、例年ならばとっくに梅雨明けしている時期なのです。でも今年は大気の状態が不安定な為、長引いていました。
ですが私は、中々諦め切れません。
今週日曜日にツーリングに行けないとなると、またその後一週間、仕事に追われることとなります。
走れないフラストレーションが溜まっていました。
そこで、別の地域で行けそうな場所はないものかと調べてみたのです。
見ると、東京千葉方面は曇りの予報でした。
降るとしても小雨程度とのこと。ならばそちら方面でのツーリングを決行しようと、ルートを組み直します。
7月最後の日曜日──。
今回もヨシさんを誘わせていただき、待ち合わせ場所に向かうべく、早めに目を覚ましました。
ところが。
『こっちは今土砂降りだよ。ちょっと出発を見合わせるから、待ち合わせ時間を遅らせてもいいかな?』
ヨシさんからLINEが届きます。
見遣ると、窓の外で雨が降っています。こちらも雨のようです。
『うん、じゃあ。あと2時間は待ってみよう。それでもやまないようなら今日のツーリングは中止にしようか』
残念ですが、天候は仕方ありません。
バイクは外の世界のあらゆる情報を五感で感じ取りながら走ることが出来る、楽しい乗り物です。
ですがその分、天候の影響を受けやすいのです。
『雨雲レーダーによると、あと一時間ほどで止むみたいだね。なんにせよ今日は、千葉に入っちゃえば降らないみたいだから、今から向かうよ』
しばらくするとヨシさんがそう言ってきたので、
『了解。なら私も準備して向かうね』
と応えます。
自称雨男のヨシさんは、雨雲レーダーをこまめにチェックしながらツーリングしているそうです。
そんなヨシさんが事細かに調べた上でそのように判断してくれました。
「おはよー」
そう声を掛けてくれたヨシさんに、私も挨拶を返します。
「おはよー。雨がやんで良かったねぇ。カッパ着て出たけど、途中暑くて脱いじゃったわ」
当初の予定よりも2時間遅れで落ち合った私とヨシさん。
空には青空が広がっており、気温も高く日差しも強くなっていました。
早速、インカムを繋げることに。
「あれ? 聞こえない」
ヨシさんがインカムをいじり始めました。
「…聞こえないね。どうしたんだろ?」
同メーカーなのに、中々インカムが繋がりません。
「俺ここに来るまでに土砂降りにあったから。中が濡れちゃったのかも」
インカムを外して布で拭きます。
そうこうしているうちに、ポツポツと降って来ました。
「あれ? 雨?」
「まっさかぁ」
ヨシさんが雨雲レーダーを確認すると、土砂降りを示す真っ赤な雲がこちらに流れて来ています。
「ヤバい、あと数分でここも土砂降りになるよ。インカムは後で繋げるとして、 とりあえず行こう」
「う、うん」
私とヨシさんは一度脱いだカッパを、上半身だけ羽織るや、慌ただしく出発しました。
少し前まで青空が広がっていたというのに、空はあっという間に黒い雲に覆われ雨を落としてきます。
小雨程度だと高を括っていましたが、走り進めるほどにどんどん雨足が強くなっていきました。
横浜市内を走る頃には完全な土砂降りになります。
ヘルメットと、上半身のカッパを着ている部分以外がずぶ濡れになりました。
今日もオフブーツを履いてきたのですが、赤信号で停止して足を着いたら、ブーツの中で靴下がグチュッとなる感触がありました。
「高速乗るね〜」
横並びで停止したヨシさんが、声を張り上げそう告げてきます。
「はーい」
事前に決めていたルートでは、アクアラインに乗るまでは下道で向かうことになっていたのですが、それは変更するようです。
後に聞いたのですが、この時ヨシさんは雨雲レーダーを見て、高速に乗れば雨を避けられると判断したのだそう。
確かに、高速道路に乗るやほどなくして雨は止み、再び青空が顔を見せ始めました。あたたかな陽気にホッとします。
やがてアクアラインに入ります。
長いトンネルを抜け、『海ほたる』に到着しました。
「やぁ〜参ったね」
言いながらヘルメットを脱いだヨシさんは、早速インカムのペアリングをし始めます。
「あ、じゃあ私トイレに行ってくるね」
「行ってらっしゃーい」
トイレまでの僅かな距離で気付きます。
ブーツの中は、「濡れてる」なんて生易しいものではないようでした。
片脚ずつ冷たい足湯に浸らせているかのように、一歩踏み出すごとに中でじゃぼじゃぼ言っているのです。
たまらず、座り込んでブーツを脱ぎます。脱いだブーツを傾けると、中に水が溜まっていました。逆さまにして中の水を捨てます。
靴下も脱いで絞りました。
ヨシさんの所に戻ると、何故かインカムを振っていました。
「これさぁ、中に水が溜まってたよ」
「えっ、中に?」
見ると、ヨシさんが振っているインカムから水が出てきています。
「そ、それ大丈夫なの?」
精密機器だから、内部に水が入っただけで故障だろうと思ったのです。
ところが、いざペアリングしてみると、ちゃんと繋がりました。
「案外平気なものなんだね」
原始的な方法で強引に水を抜いただけなのに、インカムは大丈夫なようでした。
この日一日問題なく繋がることが出来ました。
落ち着いたので、海ほたる内の散策です。
「ちうさん、ここは来たことある?」
「ううん、初めて」
上に出ると展望が拓けていて、東京湾と都内の景色とが見渡せました。
「わぁ〜綺麗!」
「雨上がりだから、遠くまで景色が見渡せるよね」
「だねぇ」
散策を終え、腹ごしらえに『アサリ焼き』を買って食べました。
たこ焼きのような見た目なのですが、中にアサリが入っていて、ソースではなく出汁のあんが掛けられていました。
「美味しい!」
「ホントに。美味しいねぇ」
食べて少し元気になるや、今後のことについて話し合います。
現在時刻は午前10時。
出発が遅れたので、当初の予定通りに回るのは無理そうです。
「とりあえず、勝浦には行く?」
距離を調べたら、下道でもそこまで時間はかからないようでした。
「うん、そうしよう」
バイクに跨り、海ほたるを後にします。
快晴とも言える天候の中、意気揚々と走ります。
私達は信じて疑わなかったのです。
今日はもう雨に降られることはないのだと。この後のツーリングは、ずっとこんな気持ちのいい天気が続くのだと。
その認識は大きく間違っていたのですが、それはそれで、予想を超えたドラマチックな忘れられないツーリングとなったのでした。