そこからほど近い所に、県立美術館があるようでした。
そこはクロスカブの試乗ツーリングでは行かなかった場所ですが、ずっと気になっていたのでこの機会に行ってみようと思ったのです。
ですが美術館のHPを見ても、バイク置き場の有無と駐輪料金が分かりません。
その場で美術館に電話して聞いてみます。
『駐輪代は無料となっております。入口にバーがありますが、その隣に空きスペースがあるので、そこからお入り下さい』
綺麗な女性の声が応対して下さいます。
『そうなんですね、今から行ってみようと思います』
私はお礼を言って電話を切ろうとしました。
『あっ、あの』
女性から呼びかけられ、切ろうとしていた電話を再び耳にあてがいます。
『はい?』
『ただ今、改装工事中でして、何の展示もしていない事はご存知でしょうか?』
『そ、そうなんですか…』
それは知らなかったです。HPをよく読んでいませんでした。
『ありがとうございます。それでしたら、またの機会に行かせていただきますね』
『あ、ですが。庭園の開放は行っております。美術図書館も無料でご利用頂けます。閉館はしておりませんので是非お越し下さい』
庭園と、美術図書館。
惹かれるワードでした。何より閉館していないのなら、たとえ展示をしていなくても行ってみたいと思いました。
そして、ただの駐輪の問い合わせなのに、丁寧に対応して下さったこの女性に、心から感謝の気持ちを抱きます。
今からお伺いします、と告げ、今度こそお礼を言って電話を切ります。
走り進めると、ほどなくして美術館に着きました。
確かに駐車場入口にはバーがありました。バーの隣を通り抜けます。
無料なのに、屋根付きのバイク専用置き場がありました。
なんの展示もしていないからでしょうか、私のセロー以外、一台の車もバイクも見当たりません。逆に貸し切り状態にウキウキしました。
まずは庭園の散策をします。
オブジェがお出迎えしてくれました。
歩き進めると、魅惑的な道になります。
なんだか竹林を久々に見た気がします。
竹は、木とはまた違った安らぎを与えてくれました。深呼吸をしながら細い小道を歩き、庭園を堪能します。
館内に脚を踏み入れると、清潔なエントランスがあり、案内図が表示されていました。
確かに美術品の展示はされていませんが、小さな展示室には過去展覧会をした時のポスターが展示されており、それは無料で鑑賞することが出来たのです。
さすが美術館の展示ポスターなだけあって、どれも芸術的で個性もあり、それを眺めているだけで、だいぶ楽しめました。
実は、美術館に行くのが好きな私。
ひとたび鑑賞が始まると、4〜5時間経過してしまうことも珍しくありませんでした。
地下への階段を降りて行き、美術図書館へと向かいます。
ここも利用者は私一人でした。職員さんが二人いるため、少々重苦しさを感じつつも堂々と中に入って行きます。
様々な画集が置いてありました。
普段利用している図書館にも置いてはありますが、ここほどには種類が豊富ではありません。
私はアンリ・ルソーの生涯と独特の作風に入り浸り、ピーテル・ブリューゲルの緻密な描写に見入りました。
ピーテル・ブリューゲルといえば、かの有名な『バベルの塔』ですが、私はその生の作品を見に行ったことがあります。
人気の展示なだけに大変な混雑だったのを覚えています。
ですが、『バベルの塔』以外の彼の作品をほとんど知らないことに気付きました。この美術図書館で、はからずもそれらを鑑賞することが出来たのです。
美術館を後にしたのは2時間後でした。
特別展示もされていないのに、随分と満喫したことになります。
次なる目的地は、とあるカフェです。
そこは湘南で人気のカフェですが、私がバイク乗りになろうと決断した場所でもあります。それだけに、思い入れも強いのです。
その時の記事はこちら↓
https://qmomiji.hatenablog.com/entry/2019/10/06/061011
到着すると、駐輪スペースにはバイクが溢れており、セローの駐輪スペースを確保するのにだいぶ手間取ってしまいました。それだけ人気なのでしょう。
海に面したテラス席は、風が冷たかったのと、やはり人気のため待ち時間が長くなりそうでした。『どの席でもOK』に丸を付け、席に案内される順番が来るのを待ちます。
やがて通された席は店内窓際の落ち着いたテーブル席でした。4人がけ用なので、ゆったり過ごせます。
前回来た時はティータイムでした。
でも今はランチタイム、存分にランチを堪能出来ます。
ソロツーリングでは、ほぼ弁当を持参しているので、こうしてツーリング先で外食するのはなんだか新鮮に思えました。
注文したあと、頬杖を付きながら考えこみます。
──私はここが好きだと感じました。また来たい、また来て気軽にこの時間、この空間を味わいたいと思いました。
あの頃と同じ感覚が込み上げてきました。
でも、あの頃との決定的な違いは、今やバイクを持っていていつでもそれが可能なのだということ。
そう。あの頃は、ここへ来るのは不可能なほどの距離に思えました。
ここからの最寄り駅は遠く離れており、そこからバスに乗り換え更に歩かなければいけません。正直カフェに行くのに、そこまでの手間はかけたくありません。
カフェだけではありません。駅から離れた場所は、同じ理由でいつもお出掛けの候補から外れていました。
見たい景色も、行きたい場所も、そんな理由で諦めていました。
それが今は可能になったのです。
同じ湘南の中。
今の私からしたら、ここはほぼご近所とも言えるほどの距離です。
Sさんとツーリングに行く際待ち合わせる場所の、半分にも満たない距離で来れてしまいます。なのにあの頃は、Sさんからタンデムで連れて来て貰わないと無理に思えたのです。
ここ数日仕事に追われ、疲れて帰宅した後も家事をこなさなければならず、正直しんどくなっていました。
それでも、ソファーに凭れてツーリングマップルを捲るや、広がる世界に思いを馳せます。
次はどこへ行こう? どんなルートで巡り、どんな道を選び、何を見ようか?
それを考えている時だけ、忙しない日常から離脱することが出来ました。
しかもそれは妄想でも空想でもなく、ちゃんと実現可能な具体的未来なのです。
それがどれだけ有難いことなのか、私は既に忘れかけていました。
とあるカフェの一席で木漏れ日を受けながら、そのことを実感し、
──あぁ、やっぱり好きだなぁ。
と、また強く思ったのでした。