納車ツーリング翌日からの一週間は、仕事に追われ多忙を極めました。
私は駐輪してあるセローの存在が気にはなりつつも、跨って走りに行く時間もなく、月曜日から土曜日まで仕事に家事にと追われ続けたのです。
そしていよいよ土曜日の夜。
明日日曜日はどう過ごすのかとSさんとやり取りしていると、Sさんには予定が入っていることが判明しました。
ガッカリしつつも、どうしてもセローに乗りたい気持ちを抑えきれない私。
でも。
──なら、頑張って一人で走りに行こう。
その結論を下すのは、私にとってごく自然なことでした。
まずは行き先を考えます。
初めてなので、無理のないツーリングにしたいと思いました。走りやすい道、そう遠くない場所、そして景色の綺麗な所を探します。
そこで私は、箱根ならばその条件に当てはまるのではないかと思ったのです。
ですがここで問題が。
今まで一台の車も持たず電車移動メインで過ごしてきた私は、車道での道順を全くと言っていいほど把握していないのです。
友人Sさんは、初心者がインカムやナビを装備することに反対されています。音声や画像に捉われ、集中力が低下し事故に繋がりかねないから、というのが彼の持論でした。
教官の教えに忠実な私は、彼の言う通り地図に目を通し、懸命に道順を覚えこみます。
そして、紙にポイントとなる箇所を書き込んで行ったのです。
特に、右左折する交差点ではその手前の交差点の名前や目印となるものも書き込みます。不安な時ほど計画的に動いてしまう私は、トイレ休憩が取れるコンビニの場所や、その道から見える風景なども覚えました。
そして日曜日の朝。
平日と同じ時間に起き、せっせとお弁当を作りました。もちろん、自分の分です。
ツーリング先で景色を見ながらお弁当を食べたら、さぞ気持ちいいだろうなと以前から思っていたのです。
昨晩急に決まったツーリングのため食材があまりなく、有り合わせとなりましたが、唐揚げとフライドポテト、ゆで卵を作って詰めます。
そうして作ったお弁当も持ち、家を出ます。
バイクカバーを外し、セローに挨拶すると出発の準備です。
ここで小さなハプニングがありました。
バイクに荷物を積載出来るようツーリングネットを購入していたのですが、どこにどう引っ掛けるのかが分かりません。適当な掛け方をして荷物を落とすのも怖いので、結局リュックを背負って行くことにしました。
そして、昨晩せっせと書き込んだ地図。
スクリーンにでも貼り付けようとセロテープを持っていたのですが、A3の用紙に書いてしまったため、スクリーンに収まりません。タンクに貼ろうとしましたが、これでは給油の時に剥がさなくてはいけなくなります。
何より、走行中に飛ぶのも嫌なので結局折り畳んでポケットにしまうことにしたのです。
つまり、走行中は一切地図を見ることが出来なくなりました。グローブを嵌め、ポケットにもチャックがついている装備です。信号待ちの隙間時間に確認するのも恐らく無理でしょう。
気を取り直してセローに跨り、エンジン始動です。
マンション駐車場の敷地から、車道に出るために一時停止します。
一人で公道に出ること自体、今日が初めてです。もうそれだけでドキドキします。
ここでいつもの深呼吸。
いざ、公道へ。
車道の流れに乗ると気持ちが落ち着きました。134号線に入り、2車線の直進道路をトップギアで爽快に走り抜けます。
ですが湘南大橋に差し掛かると、強い横風が吹きつけてきました。
セローの車体が小さく横揺れし始めます。
怖い。
いくらセローが軽量と言っても、133kgの車体です。ハリケーン級の風速に見舞われない限り、飛ばされるということはないのでしょう。
でも走行中のバイクの場合、少しバランスを崩しただけで、もしくはほんの一瞬ハンドルが取られただけでも、大惨事に繋がりかねないのです。
私はミラーで後続車がいないことを確かめると、アクセルを緩めギアを一つ下げました。そして、制限速度にまでスピードを落とします。
他の車はどんどん先に行き、後ろから来た車も追い越していきます。きっと車には、見通しのいい広く真っ直ぐなこの道で、速度を落とした私の状況など想像もつかないのでしょう。
でも私とセローはこの時、強風という、見えもしない敵と対峙していたのです。
スピードが出れば出るほど風の煽りを受けやすくなり危険度が増します。どんなに後続車からのプレッシャーがあろうと、橋を渡りきるまではこの速度を維持しようと決めました。第一、制限速度までは出していたのですから。
『あくまで自分のペースで』
実はこれが今回のツーリングの、大きなテーマとなったのですが、この時がその始めの出来事となりました。
小さく揺れるセローが、怯えているように私には思えました。
──大丈夫、大丈夫だよ。
セローに向けて言ったのか、自分自身になのか、私にも分かりませんでした。
私は内転筋に力を込めると、セローの車体を強く挟み込みます。いわゆる、ニーグリップです。そうして上体を下げ、なるべく風の抵抗を受けないようにしました。
自分の全体重をセローに乗せるイメージを持ちます。
私の体重を合わせても、教習所のCB400の車体重量200kgにすら及ばないのは重々承知です。それでも、私の重みがあれば大丈夫なのだと言い聞かせました。
そして、私自身もセローに身体を預け、セローと一体化させるイメージを持つことで心強く思えました。
私にはセローがいるし、セローにも私がいる。
その一体感が、私と相棒との絆を更に深めてくれたのです。