「冬になるとライダーが減る」
これは友人Sさんが何度も言っているセリフです。
雪の降り積もる地域ならいざ知らず、晴天に恵まれる関東でもそれは同じことだと言います。
理由は簡単、冬のバイクは寒いから。
「でも、冬こそツーリングするべき」
これも彼のセリフです。
私はこの二つの言葉の意味を、この日、身をもって実感しました。
私はこれまで、タンデム(二人乗り)で連れて行って貰ったツーリングのことは書いて来ませんでした。それは彼のツーリングであり、あくまで私はおこぼれで見させてもらってきたものだからです。
伝道師のツーレポ↓
http://zekkei-tabirepo.hatenablog.com
私自身が免許を取得し、自分の運転でツーリングに出るようになったら、そこで見たもの、出逢った人達のことを書こうと決めていました。
ですが、今回の話は例外とさせて下さい。二輪免許取得後の、おそらく最後のタンデムツーリングとなるであろうこの日、書き留めておきたい学ぶべきものが多い一日となったからです。
それは二輪教習、卒業検定に合格した翌日──。
久々にSさんとのタンデム(二人乗り)ツーリングに行きました。
本来ならば10月末に行くつもりだった紅葉狩りツーリングでしたが、台風19号の被害により延期となっていたのです。
11月初旬、肌寒くはありますがまだ暖かい陽気が照りつける、のどかな朝でした。私が出発の準備をしていると、『あたたかい格好で出た方がいいです』とSさんからLINEが届きます。
気温を見ると17℃でした。室内で過ごすには暖房もいらないくらいの気温です。
まだ冬の装いをするには少しだけ早い時期ですが、Sさんの助言に従い、長袖二枚に丈の短い冬用コートを羽織り、下はジーンズを穿きました。念の為、長袖のヒートテック1枚と防風ネックウォーマー、真冬用の手袋を持って出かけます。
Sさんの住まいまで電車で片道一時間、正直その格好では暑かったので、コートを脱いでいたくらいです。
Sさんと合流し、バイクに跨り出発。
この時点で、もちろんコートは着用していたのですが…。
「寒っ!」
そう、真冬用のコートを着ているにも関わらず動き出したバイクに乗っていたら寒かったのです。バイクでは風が容赦なく吹き付けることは知っていたのですが、外気温がそこまで低くなくてもこんなに冷えるとは思いませんでした。
ですが、その時点ではまだ街中の走行、序の口でした。山道に入ると更なる寒さに見舞われのです。
コートなんて無意味でした。生地の繊維の隙間から風が入り込みます。風が入るということは、冷気が入るということ。どんな分厚い生地でも、風の侵入を許してしまっては、保温は無理なのです。
街中で歩くのならば充分に温かい筈のコート。それがこんなにも無意味なものになろうとは。
しきりと吹きすさぶ風に、身体はどんどん冷えていきます。
ジーンズのパンツもです。冬でも、下を重ね穿きすることはまずないのですが、布一枚では生足も同然でした。
本当なら道志村を抜けて山梨へと入りたかったのですが、先の台風被害により通行止めで通り抜けが出来なかったので、別ルートで向かいます。
Sさんも初めて通るという、秋山という所です。車は通れないのではないかとうほどの、細く曲がりくねった道が続きます。いわゆる、ワインディングです。
「うわぁ、これはいい道ですねぇ」
とテンションの上がるSさん。確かに楽しそうな道です。免許取り立ての私ですらウズウズしました。
「ところで」
Sさんが気遣うように聞いてきます。
「大丈夫ですか? 寒くないですか?」
「うん、寒い!」
普段なら余程のことがない限り「大丈夫」と答えるのですが、この時ばかりは無理でした。ちなみに、Sさんは防風ウェアを上下で着込んでいたので全く寒くなかったそうです。
山道を抜けた先にあるコンビニに立ち寄ってもらい、トイレでヒートテックとネックウォーマー、手袋を装着します。
再出発するも、やはり風が入り込む時点で、中にいくら着込もうと寒いものは寒かったのです。
やがて市内を抜け、昇仙峡へ。
御岳昇仙峡は、山梨県甲府市の北部に位置する渓谷です。 国の特別名勝にも指定されており、「日本一の渓谷美」といわれ観光の名所にもなっています。 長い歳月をかけて削り取られた花崗岩の断崖や奇岩・奇石が楽しめました。
通り抜けた先にある、眼前に広がる岩の断崖。それは自然の織り成す美と迫り来るような圧倒的存在感でした。
市内に戻ってほうとうを堪能した後、フルーツ公園へ向かいます。昇仙峡よりこちらの方が紅葉が見頃だったので、写真をたくさん撮りました。
公園内で少し休憩し、帰路につきます。
その途上で見た景色は印象的でした。
フルーツ公園は小高い丘の上にあるため、山梨市内の街が一望出来ます。
その時間、ちょうど夕陽が照りつけており、街中を紅く染め上げておりました。山間(やまあい)の裾に立ち並ぶ家々が、陽の光を受けキラキラと輝く様はまさに宝石のようでした。そして、その向こう側には、
「富士山、見事ですね」
Sさんが感嘆の声を漏らします。
そう、その街並みの向こう側に、雪を被って艶やかな姿の富士山が鎮座していたのです。
走行中だったので写真は撮れませんでしたが、見事な光景でした。
でも、どこか空疎な思いで眺めていました。
先の昇仙峡もですが、この景色も、いつもなら腹の底から感嘆の声を上げるのに、見事だと思いながらもそこまでには至らなかったのです。
この日、私をずっと捉えていた感覚。
──寒さ。
そう。とにかく、ずっと寒さを感じていたのです。
帰りはもっと悲惨でした。太陽という熱源が沈んだからです。雪国育ちなので寒さはある程度平気なつもりでしたが、この日私は、産まれて初めて全身がどうしようもなく震えるという体験をしました。
「寒い」。
今回この単語を何回繰り返したでしょうか。
あの寒さをどう表現すれば伝わるのかを考えましたが、とにかく連呼するしかありませんでした。
バイクにおける寒さは日常のそれの、比ではありません。受ける風の強さも量も段違いだからでしょう。
しかも、ツーリングにおいて、寒さに逃げ場はありません。風を遮ってくれる壁も、自分の身体以外の熱源もないからです。風を通してしまうような衣類では、ホッカイロも発熱してくれません。
そして、終わりも見えません。ひとたび出発してしまったら、目的地まで大自然の中を走ることが多いのがツーリング。いつ着くのかは道路状態や混雑状況に左右されてしまいます。ちょっと暖を取りにカフェで休憩という、街中でなら当たり前に出来ることも難しいのです。
でも、それらを加味しても、余りある魅力が冬のツーリングにはありました。
昇仙峡が、富士山がなぜあんなにも鮮やかに見えたのか。
それは、冬の澄んだ空気がそう見せてくれたからです。冬は、景色が美しく見えます。その感動は他の季節では味わえません。
万全の寒さ対策をした上で、冬のツーリングを楽しむのがベストなのかもしれません。
余談ですが、このツーリングの帰り道で震えながら、さすがに明日は熱でも出るのではないかと考えました。ですが、翌日いつも通り朝5時半に起きて家族全員分の弁当を作り、その週一週間、風邪もひかず何事もなく出勤出来ました。
本当、身体だけは丈夫であることに感謝です。