キャンプがしたい──。
バイクに乗ろうと決意した際、長年のその願望が私を後押ししました。
とはいえ、キャンプなんて全くの未経験、キャンプに詳しい身内も友人すらも、周囲には一人もいません。二輪免許取得と同時に必要な道具を自力で調べあげ、月に一つずつそれらを購入していきます。
あらかた買い揃えた後も、コロナの緊急事態宣言により中々キャンプを実現出来ずにいました。
ですがついに、宣言が解除されキャンプ場が再開され始めたのです。いい頃合だと思いました。
5月最後の週末。
とある県内のキャンプ場に目星をつけ、初のソロキャンプ決行を決意しました。
キャンプ道具を詰め込みながらふと気付きます。
キャンプは土日でやりますが、精々土曜日の午後から翌朝までです。
土日の2日間を丸々費やす必要はないのではないでしょうか。だったら、キャンプ以外の時間にツーリングをしてみてはどうだろうかと思ったのです。
初めてのソロキャンプは何があるか分からないので、近場にしました。いつでも帰れる距離にしておきたかったからです。
だとしたら近場のツーリングになります。それに付き合ってくれるような、そんな奇特な人はいないものかと考え、当然のように一人の友人に白羽の矢が立てられました。
『…と、いうわけなんだけど。今週末は何か予定ある?』
Sさんに持ちかけます。
『いや、特にはないですね』
そんな流れもあり、初のソロキャンプにプラスして、Sさんとのツーリングも決行する運びとなったのです。
土曜日の朝、キャンプ道具を詰めた大きな荷物をセローに積載し、Sさんとの待ち合わせ場所へと赴きます。
「おはよー」
やって来たSさんに手を振ると、「おはようございます」と言いながらメットを脱ぎ、
「さすがに荷物大きいですね」
とセローのリアキャリアを見ながら言い放ちます。
「まぁそりゃあね」
笑いながら応えました。
「店は11時半オープンなんで。まぁゆっくり向かいましょう」
Sさんが言います。
「営業はしてる?」
自粛により、臨時休業している店舗もまだ多いのではないかと思ったのです。
「それは大丈夫です」
そこは調べてくれているようでした。
走り出すと、風が気持ちよく感じられました。
「あぁ〜風が気持ちい〜」
Sさんもそう言ったので、同じように感じていたようです。
今日は気温も高く、暑くなるとの予報でした。
「日焼け対策は大丈夫? また真っ赤になっちゃうんじゃない?」
Sさんが去年、日焼けにより軽い火傷状態になって長らく苦しんだ経緯を知っている私は、そこを心配します。
「まぁ大丈夫です」
ですが日差しはどんどん強くなり、布越しですら太陽の威力に痛みを覚えてきたのです。
「あっつ〜」
「確かに。信号で止まる度に暑くて仕方ないね」
バイクにはもちろん冷房なんてありません。天候による影響をダイレクトに受けてしまいます。
暑さに逃げ場はありません。
二人で暑い暑いと言いながら走り進め、こまめに休憩を取り水分補給をしました。
そうして到着したお店、『木ノ下』さん。
豚丼専門のお店です。
Sさんが先立って店内へと足を踏み入れ、カウンター向こうに立つ店主へ「どうも、お久しぶりです」と挨拶します。
開店直後のため、まだ店内にはお客さんの姿がありませんでした。
カウンター席に腰掛け、メニュー表に目を通します。
松、竹、梅とあり、量が選べるようでした。
迷いながらも、私は一番小さい梅の豚丼を注文します。
Sさんは松の肉増しを注文した後、「いやぁ、暑いっすね」と言いながら上着を脱ぎました。
中に着ていたTシャツの胸元には、大きく『草食系男子』の文字が。
今日、肉を食べることを見越した上での、身を呈したダジャレのつもりなのでしょう。
私はあえてそれを突っ込まずに放置します。
注文を受けた店主が調理を開始すると、美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐり始めました。
店主は手際よく動きながら、Sさんに話しかけます。談笑し合うお二人。
Sさんが店主を「じいや」と呼び、店主もあたかも本当の孫が来たかのように、目を細めて嬉しそうに応対しています。
Sさんとツーリングに来る度、こういう光景を何度も目にしてきました。
私はツーリング先であまり飲食店を利用しません。それどころか外食をする習慣もほとんどないため、『常連客』というものになる機会が皆無と言ってもいいのです。
それはそれで満足しているのですが、こうしてSさんの様子を見ていると、こんな関係性も素敵だなぁと思えました。
お二人のやり取りに和みながら待っていると、注文した豚丼が運ばれて来ました。
「いただきまーす」
甘辛のタレを絡ませた豚肉は、噛むほどに肉汁が溢れ出して来ました。
「おいしっ」
今まで食べた豚丼とは比べようもないほどに絶品でした。
「あぁ…。幸せだ」
Sさんがしみじみと言います。
「しまったなぁ」
私がこぼすのを、Sさんが聞いてきます。
「どうしたんですか?」
「サイズを竹にしておけば良かったと思って」
笑われてしまいます。
食べれば食べるほど食欲が湧いてくるその味は、一番小さなサイズでは物足りなく感じたのです。
次に来る時は竹にしよう。密かにそう決意しました。
隣で、肉が溢れんばかりに盛られた豚丼をSさんが平らげます。
分厚い肉を次々口に運んでいきます。
くどい様ですが、そんな彼の胸元には、『草食系男子』の文字が刻まれているのです。
「バイクは何cc? 125?」
店主が、店のすぐ外に横付けされているセローを見つめながら聞いてきました。排気量のことでしょう。
「250です」
私が答えると、「彼女はまだ免許取って半年なんですよ」とSさんが補足説明をします。
「そうか。バイクは怖くないか?」
一瞬言葉に詰まりました。
恐怖心は常にあります。
バイク操作やタイミング、路面状態、予測困難な他車両や歩行者たち。
一瞬でも判断を間違えれば『死』に直結する、油断のならない乗り物。
でも…。
「怖いですけど…。でも、楽しいです!」
私の答えに目を細めて頷いて下さいました。
「じゃあ、ご馳走様でした」
お代を払って席を立ちます。
「運転、気を付けて」
真っ直ぐ、私に向けて言って下さいました。
「はい、ありがとうございます」
「また来ます」
Sさんもそう声を掛け、店を後にします。
ここは豚丼だけでなく、店主の愛情もてんこ盛りのお店なんだなぁと感じました。
「さて」
Sさんが上着を羽織りながら口を開きます。そして隠れる『草食系男子』。
「じゃあ、キャンプ場に向かいますか」
あ、一緒に行ってくれるんだ? と思いました。
てっきりここで解散して、Sさんはどこか一人でツーリングを続行するものと思っていたのです。
でも確かに、ここからキャンプ場までの道筋が私には不明瞭でした。
それに何より、初めてのキャンプが不安でもあります。
キャンプをしないSさんですが、直前まででも付き添ってもらえるのなら、とても心強く感じられたのです。
そして、そうして貰えたことがどんなに幸運なことだったか、後に嫌という程実感することになるのでした。