まったり向かったので、キャンプ場に到着する頃には15時を過ぎていました。
フラットダートを抜け、場内に入ります。
キャンピングカーもたくさん停まっていました。
「どこにします?」
Sさんが聞いてきます。
私は1番奥の、乗用車の隣にしようと決めました。
ここなら隣の人も車の反対側でテントを張っているため、干渉し合いません。
バイクを停車してテント一式を荷物から引っ張り出します。
私が設営し始めたのを見て、
「あぁ〜椅子持って来りゃ良かったなぁ」
とSさんがこぼします。
高みの見物を決め込みたい時、決まってSさんは椅子を設置したがります。が、それに座ってじっくり見物出来た試しはありません。
何故なら…
「あぁっ! 飛んでっちゃう」
テント下に敷くグランドシートを地面に置いたら、風で流されてしまいました。私が慌てたのを見かねて、Sさんが押さえてくれます。
そう。
いつもこうやって、私を手伝う羽目になるからなのです。
お礼を言い、ようやくテントを張りにかかります。
ポールを伸ばし、本体に通していきました。
通したら、グイッと押し込んでカーブを作り、骨組みにしようとするのですが…
「こんなに曲げて、これ大丈夫かなぁ? 折れない? ねぇ折れない?」
「いや、分かりません」
Sさんが呆れ気味に応えます。
テントは購入後、今初めて組み立てます。
本当はキャンプの前に一度組み立ててみたかったのですが、家の中にそれが出来るスペースはありませんでした。
一人用のコンパクトなテントとはいえ、組み立てる際、その3倍近いスペースを要します。それを広げるだけの空間はありませんでした。
外に行って組み立てようにも、新型コロナウィルスの影響で公園も封鎖されてしまっていたのです。
ビビりながらポールをカーブさせ、テントを何とかドーム形にしました。
その途端またも風が吹き、組み立てたばかりのテントが転がっていきます。
「えぇ〜?」
追いかけ元の位置に戻すや、石を置いて取り敢えずの固定。
ペグを打って、ちゃんと固定しなければいけないようです。
取り出したペグをテントの紐にくぐらせ、地面に打ち付けます。
ところが、中々ペグが刺さって行きません。
「なんか…。全然刺さってなくないですか?」
Sさんが見たままを正直に言ってきます。
めげずに何度も何度も打ち付けるのですが、ペグは一切沈んでいきません。手を離すと、ポロンとペグが倒れてしまいます。本当に全く刺さっていなかったようです。
「え〜んっ、なんで〜?」
「やりましょうか?」
Sさんが打ち付けてくれます。
男性の力だからでしょうか、ペグが地面に沈みこんで行きました。
「なんでなの〜?」
「これ、ハンマーしょぼ過ぎません?」
Sさんが手持ちのハンマーを見て聞いてきます。
「あ、うん。100均のやつ」
「だからですよ。力の弱い女性ほど、ちゃんとした道具使った方がいいです」
「そうなの? なるべく荷物をコンパクトにしたくて。安かったし」
「そこを惜しんで時間と体力消耗してたら元も子もないじゃないですか」
確かに、それも一理あると思いました。
結局、四隅をペグで固定する作業は、全てSさんからやってもらってしまいました。
インナーテントの固定が終わったので、そこに外側のシートを被せます。そのシートも、風で飛ばないようペグで固定しなければいけないようですが…。
「大変大変」
「どうしたんですか?」
「あと十数箇所、ペグ打ちしなきゃいけないみたい」
テントの組み立て方法のサイトを見せながらSさんに告げます。
「えぇ…?」
「ですよね〜」
さすがにそこまでやる体力気力はなかったので、それ以降の固定は大きな石を拾って行いました。
ようやくテントの組み立てが完了します。想像以上に時間が掛かってしまいました。
「おっかしいなぁ? もっと華麗にサクッと終わらせる筈だったのに」
「まぁまだ慣れてないんでしょう。というか、ちゃんとした道具を揃えるべきですね」
「そうだね」
「俺の方がキャンプ向いてるんだろうなぁ」
「…」
ぐうの音も出ません。
とりあえず次のキャンプまでに、ちゃんとしたハンマーを買っておこうと思いました。
「あ、テント立てるの手伝ってくれたお礼に、お茶淹れるね」
折りたたみ椅子とテーブル、ガスバーナーを出してお湯を沸かします。
「おぉ。アウトドアっぽい」
「アウトドアなんだよっ」
ティーバックを入れたステンレスのカップに、沸騰したお湯を注ぎます。
「あれ? あれ?」
「お湯、全然足りなくないですか?」
Sさんがまたも、見たままを正直に言ってきます。
カップの半分も注いでないのに、お湯がなくなってしまったのです。
「ごめん、量を見誤った。追加で沸かすからちょっと待ってて」
使い慣れないキャンプ道具に、四苦八苦しながら追加のお湯を沸かします。
「あ。あんまり入れっぱなしだとお茶が濃くなっちゃうよね」
ティーバックを外し、沸いたお湯を追加で注ぎました。
「どうぞ〜。桜フレーバーのルイボスティーで〜す」
Sさんに手渡すと、
「ありがとうございます。いや、猫舌だからまだ飲めないんですけどね」
あらかた冷めて、一口啜るや、
「うすっ!」
「えっ、薄い?」
「これは薄すぎだと思いますよ」
「そ、そうなんだ」
なんだか一貫してグダグダになってしまいました。もてなすつもりだったのですが。
「じゃあ、俺はこれで帰ります」
「うん。色々ありがとう。また明日ね〜」
翌朝の待ち合わせ場所を再確認し、手を振ります。
片手を上げながら走り去っていくSさんのバイクを見送り一人きりになると、急に色々不安になってきてしまいました。
とりあえず、夕飯を作ろうと思いました。
真っ暗になってしまっては作れなくなりそうだと思ったのです。
スープカレーにしようと思い、具材も切って保冷バッグに入れて来ています。それを火にかけ煮込むだけです。
ですが風が吹くたびに、ガスバーナーの火が消えてしまいます。何度も何度も火をつけ直しました。
バーナー用の風よけも必要だなぁと考えます。
インスタントご飯もボイルして、夕ご飯の完成です。
ランチョンマットも敷きました。
「いただきます」
手を合わせ、一人食事を開始します。
初めて食べるキャンプ飯。美味しかったです。
見ると、地平線の向こう側で太陽が赤みがかってきています。風がそよぐたびに葉っぱがさわさわと揺れ、小川のせせらぎも聞こえてきました。
あぁ、美味しいなぁ。
食べ慣れた自分自身の手料理。なのに言いようもないほどに美味でした。
自然豊かな屋外で、ゆったり本を読んで過ごしたい。これも、キャンプでやりたかったことの一つでした。
日没までの時間、外で本を読んで過ごそうとページを捲っていると、一人の男性から声を掛けられました。
フォロワーさんです。
初めて会う方なので戸惑いましたが、どうやらあちらは私のセローを目にして、すぐに私だと分かったようでした。
しばしお話しし、別れを言い合います。
「う〜ん…」
日が完全に落ちてしまっていました。
洗面と歯磨きを済ませて椅子に掛けると、空を見上げます。
綺麗な半月でした。
辺りが暗くなると一層、川のせせらぎが響いてきます。
時刻はまだ20時。
にも関わらずそれが耳に心地よく、普段ならば有り得ない時間帯に睡魔が襲ってきたのでした。