冷たい風が吹き始めました。
辺りはすっかり真っ暗です。
キャンプをしたら、眠る直前まで星を眺めていたい──。
そう思っていたのですが、この寒さでは厳しそうです。
見回すと、焚き火をしている人達がそこかしこにいます。
いいなぁ、私もいつかやろう。
そう思い、テントに潜り込みます。
驚いたことに、テントの中はあたたかでした。
ランタンの灯りがテントの中を照らし出し、私だけの簡素な空間にホッと一息つきます。
寝袋に潜り込むとむしろ暑く感じられたので、一枚脱いで半袖のみになりました。
あったかい──。
テントも寝袋も、山岳用のいい物を揃えました。
安くて機能性の悪いものを買い、夜眠れなくなることを避けたのです。
私がやりたいのは、あくまで「キャンプツーリング」。
溜まった疲れを癒せず睡眠不足のまま、翌日バイクを走らせたくはありませんでした。
真新しいテントと寝袋に包まれ、睡魔に誘われるがまま、眠りに落ちます。
翌朝──。
眩しさと小鳥の囀りで目が覚めます。
時刻を確認すると、まだ早朝4時。さすがに早すぎると思い二度寝を試みるのですが、睡魔はやって来ませんでした。
諦め、起き上がってテントのファスナーを開きます。
その途端入り込んで来た冷気に、身を震わせました。上着を羽織り、外に出て伸びをします。
空気が爽やかでした。
早朝のキャンプ場もまた違った顔をしていました。
足音を忍ばせ軽く散策した後、洗顔と歯磨きを済ませます。
簡素な朝食を摂りました。
テントは夜露でビシャビシャでした。
このまま撤収してはテントに良くないと思い、拭いて乾かし、裏返してまた乾かします。
乾くまで、本を読んで過ごしました。
撤収を完了するや、出発です。
来た時同様ダートを抜けて行きます。
Sさんとの待ち合わせはゆっくりめの時間でした。
合流し、挨拶を交わすと、
「今日、結構寒くないですか?」
とSさん。
「確かに、昨日と違ってちょっと冷えるねぇ」
「せっかく『かき氷Tシャツ』着てきたのに」
Sさんがそう言いながら上着のファスナーを開いてTシャツを見せます。
その前面に大きく、『かき氷始めました』の文字が。
3種かき氷のイラストもあり、確かに目にも涼しい柄でした。
それより。
「そのおもしろTシャツシリーズは何なの」
「面白いでしょ」
「…」
今日のツーリングルートをSさんが調べてくれます。
「とりあえず、温泉行きますか」
「うん! あぁ〜、早くお風呂に入りたい」
キャンプ場にはなかったので、昨日はお風呂に入っていなかったのです。
出発します。
「でも、今日はちょっと風が冷たいですねぇ」
Sさんが言います。
温泉ツーリングがしたいとは、ずっと前からSさんと言い合っていました。
ですがバイクでの移動ともなると、せっかく温泉であたたまった身体も、帰り道で冷えてしまうと思い、中々決行出来ずにいたのです。
ようやくあたたかい季節になって来たので、私のキャンプツーリングに合わせて決行することにしました。
神奈川県内の温泉と言えば、箱根が有名でしょう。あとは、湯河原や稲村ヶ崎でしょうか。
でもそこ以外にもいい温泉はたくさんあるとのことで、今回色々調べてくれていました。
そうして着いたのが、七沢温泉『七沢荘』です。
受付でお金を払うや経路を抜け、大浴場へと向かいます。男湯と女湯の入口前で立ち止まり、
「じゃあ、何時に落ち合う?」
「一時間後くらいですかね」
「はーい。じゃあね〜」
身体と髪を洗ってさっぱりした後、お湯に入ります。
お湯にとろみがありました。肌に触れると、すべすべします。
いいお湯です。
大浴場はぬるめで、露天風呂に行くと少し熱めのお湯でした。半身浴で、ゆったり浸かります。
一時間、と言われたのでゆっくりめに入りましたが、そう言えば腕時計も携帯電話も外してあります。
元々そんな長風呂でもないので、そろそろかなと上がって待ち合わせ場所に行きますが、まだSさんはいないようでした。
お風呂上がりの火照った表情の人達が通り過ぎて行くのを、ぼんやりと眺めていました。
キャンプをするようになったら、こうして温泉に入る機会も増えるんだろうなぁ、と考えます。
キャンプ場にはお風呂のない所が多く、そのためテントを張った後、温泉に行く人も多いのだそうです。
温泉と言えば「泊まりの温泉旅行」という発想しかありませんでしたが、キャンプ道具を揃えた今、色んな選択肢が増えました。
「お待たせしました」
Sさんが隣に座ります。
「暑いんで上着を脱ぎたいんですが、このTシャツじゃ恥ずかしいんですよね」
「そりゃ、かき氷Tシャツだからね…」
そして隣で生ビールが売られているのを見て、
「あぁいいなぁ、私も生ビール飲みたい」
「飲んだらバイク乗れませんよ」
「分かってるよ。もぉ〜、バイクの運転代行があればいいのに」
でも、宿泊するのなら夜にお酒も飲めるのです。
今までも、ツーリング先でお酒を飲みたくなることはありましたが、キャンプ含め泊まりのロングツーリングで夜にお酒を愉しむのも、旅の魅力の一つだなと思いました。
「この近くに、キャンプ場があるみたいですよ。見に行ってみます?」
「あ、うん! 行きたい」
地図で見て気になっていたキャンプ場です。
ここも、細いダートを抜けた先にありました。
駐車場にバイクを停めると、キャンプ場スタッフの方が「ご予約ですか?」と出てきてくれました。
「いえ、ちょっと見たいなと思いまして」
Sさんが言うと、快く館内を案内して下さいます。
「中々いいキャンプ場じゃないですか」
「そうだねぇ」
キャンプ場ごとに色々な特色があり、それを追求するのもまたキャンプの醍醐味なのかもしれません。
さて出ようかとバイクに跨ると、
「あっ、そっちに林道ありますよ。セローで行ってみます?」
Sさんが言います。
確かに、先程までのダートより更に凹凸の激しい道がありました。
惹かれましたが、辞めておくことにします。
キャンプ道具を積載しているセローは重く、感覚もだいぶ違っています。そして万一行き止まりになっていたら、Uターンが難しいと思ったのです。
でもSさんが尚も興味深そうにその林道を眺めていたので、ある事を思い付きます。
「あ、ならセロー貸すから、走っておいでよ」
「いいんですか?」
「どうぞどうぞ」
セローに跨り林道を走って行くSさん。
「おぉ〜」
感嘆しながら走り、そして姿が見えなくなります。インカムは繋がっているので、呼びかけました。
「ねぇ大丈夫?」
「大丈夫です! これはめちゃめちゃ楽しいですね」
やがて戻って来たSさんは、どこか興奮気味でした。
「いやぁ、楽しかった」
「でしょ? 楽しかったでしょ」
私はセローしか知りませんが、それでもオフロードバイクでオフロードを走る楽しさは知っています。
一度それを経験したならば病みつきになるのだということも。
キャンプ場はダートの先にある──。
だからそんな道も安定して走れるバイクが欲しくてセローにしました。
でも今は、キャンプとは無関係に林道を走りに行っています。
どんな道をも恐れず走るバイク。
長年やりたかったキャンプデビューを、今ようやく果たしました。
もっと、ずっと、色んな道を走り、色んな経験を積んでいきたいです。
愛車、セローと共に──。