バイクが砂まみれでした。
トレーニングの後はプロテイン摂取と言いながら、何故かSさんがプロテインバーを取り出したので、それを食べてもらっている間に、私は近くのスーパーで水を買って来ました。
2台のバイクを舗装路にまで運ぶと、水をかけて軽く砂を流します。
「すぐ洗車に行きましょう。砂と潮とでバイクが傷んでしまうので」
二輪館で高圧洗浄が出来ると言うので、そこから一番近くの二輪館にまで移動します。
洗車は、マンションの駐車場でしかやったことがありませんでした。あまりバシャバシャは出来ないので基本的には拭うだけで、たっぷりの水で汚れを飛ばしたことはなかったのです。
二輪館に到着し、まずは洗車の予約を取ります。
開始は30分後でした。
とりあえず、メンテナス用品をあまり持っていないので売り場を見て回ります。Sさんの解説により、チェーン清掃用のスプレーとオイル、ブラシとシャンプーを購入します。
特にチェーン掃除は、恥ずかしながらバイク屋さんに持って行ってやってもらっていました。ですが、バイク屋さんが定休日に入ると出来なくなります。やはり自分のバイクは自分でケア出来なければいけません。
この機会に、隅々の掃除の仕方も習っておこうと思いました。
洗車の順番が回って来ました。
まず、セローを洗車スペースに運びます。ですが、何をどうするのかが分からず戸惑います。
Sさんから、まず細長い管を持つよう言われました。レバーを握り込むと、凄い勢いで水が飛び出します。
「おぉっ」
焦って手を放してしまいました。
気を取り直してもう一度握り直すや、放出される水をセローの汚れた車体にぶつけていきます。今まで手が届かなかった奥まった箇所や、細い部分にまで強い水流を当てることが出来るので、気分がスッキリします。
Sさんから教えられながら、バケツにシャンプーを出して水で薄め、スポンジでセローの車体を擦っていきます。もくもくの泡に包まれていくセローが可愛らしく感じられ、思わず笑ってしまいました。
それらを流していくと、ブラシを取り出しチェーンの掃除です。
今日は砂浜に倒すという、バイクには一番良くないであろう環境に身を置かせてしまった為、念入りに砂を流しにかかります。
チェーンの一つ一つに砂が入り込んでいました。高圧洗浄とブラッシングで取れてはいくのですが…。
「セローにはセンタースタンドがないから、車体を動かして位置を変えていかないと、全部のチェーンを磨けませんよ」
前後に動かしながらチェーンを磨きます。
正直、引き起こし練習で疲れた肉体には、結構しんどい作業でした。
でも汚れたチェーンが綺麗になっていくのを見ると、誇らしげな気持ちになります。
「おぉ。ピカピカじゃないですか」
Sさんも自分のバイクの洗車を終えたようでした。
確かに、二台のバイクがピカピカと輝いていました。
今まで人任せにしていたセローのチェーン掃除ですが、こうして自分自身の手でやってあげると、より愛着が湧きます。少しずつバイクのケア方法を学んでいって、ちゃんと自分でやれるようになろうと決意しました。
「あ、食べます?」
「いや〜、いらないかなぁ」
そしていつもの『反省会』です。
差し出されたひと口バウムクーヘンを謝絶し、しかしホントによく食べるなぁと半ば感心半ば呆れながら、Sさんの食べっぷりを眺めました。
「引き起こし、なんとか習得出来て良かったですね」
「う〜ん…。でもまだ不安だなぁ」
実は、左倒しでの引き起こしは成功したのですが、あの後右倒しで挑戦してみても起こせなかったのです。
筋疲労もあるでしょうし、右倒しだと傾斜していた分、難易度が高かったようです。
「まぁ徐々にでいいんじゃないです?」
「そうなんだけど、ソロでツーリング行くとなると、やっぱり完璧に出来てないと不安で」
不安材料はなるべくなくしておきたかったのです。
「とはいえ、完璧に備えるのは無理ですよ。 ツーリングにトラブルは付き物ですからね。ヨシさんみたいに高速乗っちゃうとかもありますし」
思わず笑ってしまいました。
ヨシさんは過去Sさんとのツーリングで、125cc以下のバイクなのに高速道路に乗ってしまう、というトラブルを起こしたことがありました。
詳しくはSさんのツーレポをご覧下さい↓
http://zekkei-tabirepo.hatenablog.com/entry/2019/12/29/222643
Sさんはそれを何度もネタにしていました。
今日も緑の標識を指差して、
「あっち進んだら高速乗っちゃいすね。まぁ、ヨシさんじゃないので行きませんが」
と言っては笑いを取っていたのです。
「もう、そのネタ気に入りすぎ」
笑いながら言うと、
「でも実際、警察が来るまで2時間も待ちましたからね。ロンツーで2時間押しても、第2第3の手があるから余裕なんです」
言われて、ようやくはたと気付きました。
ロングツーリングで、仲間のトラブルにより2時間も足止めを食らう──。
読んだ時には流してしまっていた箇所です。
でも確かにその状況、人によってはキレたりイライラしたりするのではないでしょうか。
私ならどうなんだろうと置き換えてみました。ヨシさんと一緒にパニックになるか、そうじゃなくても2時間ものロスをなんとかしようと、いっぱいいっぱいになってしまうかもしれません。
少なくとも、Sさんのように心の底から面白がって笑い転げる自信はありません。
そこが今の私に足りない部分なのでしょう。そして私の目指すところでもあるのです。
今日も赤信号で横並びになるたび、Sさんは様々な指摘をしてくれました。
富士山が鮮やかに見えること、カフェの店頭に松明が灯されていること、オシャレな家が建ち並んでいること、民家の庭の木でみかんがたわわに実っていること。
私は赤信号で停止したら、ひたすら信号機を見つめて待っているだけでした。
遠く離れたどこかでなく、今いる場所に、道端に、なにか面白いことがないかと常にアンテナを張っているからでしょう。
それに、私はSさんほど物を美味しそうに食べる人を他に知りません。
今日も一皿100円の握りを、「生きていると実感出来る」と恍惚としながら口に運んでいました。
行列の先のグルメや高額なコース料理を前に、つまらなそうにつつきながら講釈を垂れる人より、ずっと食べることを『楽しんで』いる人だと思います。
常に全力で味わい、堪能し、本気で心震わせています。
そんな彼が書くツーレポだからこそ、生き生きと表現出来ているのでしょう。
伝道師のツーレポ↓
http://zekkei-tabirepo.hatenablog.com/
私では、ああは書けません。
物を食べると、まず頭で色々考えてしまうからです。
遠くまで走りに行き観光名所を訪れる。絶景を堪能し、ご当地ものに舌鼓を打つ。
もちろんツーリングを楽しむ上では大切なことです。
でも、起こったトラブルをも楽しみ、道端のあらゆるものに目を向け、心の底から味わって食べる──。
これが出来たらツーリングは、更に実り豊かなものになるのかもしれません。
私が目標とするものは、千里走り抜けた先ではなく、すぐ真隣にあります。
でもその背中はまだなお遠い。
「あぁ〜、まだまだだなぁ」
嘆息まじりに私が言うと、
「まぁ、気長にいけばいいんじゃないですか?」
Sさんが呑気に答えました。
今回の引き起こし練習と洗車教習で、また一つバイクとの接し方を学ぶことが出来ました。
こうして一つ一つ習得し、更に走りの経験値も積み、もっと柔軟でバリエーション豊かなツーリングをしていけるようになりたいと思いました。