道が突き当たりになると、唐突に視界が広がり磯の香りが漂ってきました。
再びの海です。
そして、このルートで眼前に海が拓けたということは、
「着いた!」
そう、ついに私は千葉県最南端の野島埼に到着したのです。
左折し、ウキウキでセローを進めます。
バイクを駐車場に停めると、今朝方までの冷えは嘘のように暑さを感じました。気温は12℃。日差しも強かったので、防風ウェアを脱いでドラムバックにしまいます。
とりあえずは灯台を見に行こうかと歩き始めると、
「美味しいよ〜。食べて行かない?」
とおばさんが声をかけてきました。
付近の飲食店の呼び込みです。
海のすぐそば、しかも観光地のため、魚介料理のお店がたくさん立ち並んでいました。
…でもすみません、私にはお弁当があるのです。
野島埼灯台までの小路は、探検心をくすぐられる、ほどよい細さのいい道でした。
そこを進み、観覧料200円を払って灯台の中へと入ります。
永遠に続くかと思われる螺旋階段を上がっていきました。
更には、梯子のような狭く急な階段を上がります。
上りきった先に、展望がひらけていました。
手すりに凭(もた)れ、高所から景色を眺めます。外の世界を灯台から見下ろすのは初めてです。
それどころか、灯台の中に入ったことすら人生初かもしれません。
思えば、バイクに乗り始めてたったの2ヶ月。既にたくさんの『人生初』を経験してきました。
風が吹き、私の頬を撫でていきました。
地上に降りると、まずは芝生広場にある、屋根のあるベンチに腰掛けお弁当を広げます。
ちょうどお昼の12時過ぎでした。
食後に、水筒に入れてきた温かいお茶を飲み、ホッと一息つくと、とりあえず自分の体調を顧みます。
広背筋と、内転筋にだるさがありました。
筋トレをするので分かります。この感覚は筋肉痛が起こる前兆でしょう。左手でクラッチを握り込むからか、左の前腕は既に筋肉痛になっていました。
特に内転筋は、歩くと脚がプルプルしました。ニーグリップのせいでしょう。
先ほど立ちゴケしたのもこれが原因なのではないかと思いました。いつもなら、多少のぐらつきは脚で踏ん張れますが、今回はそれが出来なかったのです。
無理もないのかもしれません。
朝4時半に起き5時に出発し、この時間までほとんど休憩も取らずに走って来ました。今までのツーリングなら、ここまでの距離でとっくに帰宅しているくらいの走行距離です。
──寝よう。
眠くなくても、少し寝ようと思いました。
疲れは感じていませんでした。でも、自分の肉体が疲労していることを『認識』はしていました。
私は頬杖をつくと、そっと目を閉じます。
両耳が波の音をとらえます。そこに訪れている観光客や家族連れの、戯れる声も。
眠れないだろうと思っていましたが、じわじわと睡魔が襲って来ました。
眠りに落ちる瞬間、
──ああでも、自力でここまで来たんだなぁ。
思いが込み上げ、胸がじんわりとあたたかくなりました。
15分ほど眠った後、少しスッキリした足取りで公園内の散策です。
灯台は見ましたが、実はあそこはまだ『最南端』ではないのです。
岩場の合間を縫うように設置されている海沿いの小路を進み、ようやく到達しました。
房総半島最南端の地です。
そこには石碑が建てられていました。
背後に広がる海を眺め、様々な感慨が込み上げてきました。
セローの元に戻ると、帰りルートのおさらいをします。
実は、困ったことになっていました。
最近のツーリングでは往路と復路でルートを変えています。この日、私もそうするつもりで調べてきていました。
行きは海沿いの道、帰りは千葉県の真ん中を横断する、山中の道。
その帰りのルートも紙に書いてきたのですが、先の立ちゴケによりスクリーンが外れています。いつもルートを書いた紙はスクリーンに貼り付けているのですが、それを貼る場所が今はないのです。
タンクに貼ろうかと迷いましたが、そこはまともに風の抵抗を受けるため、飛ばされやしないかと心配でした。
迷った末に、自分で書いたルートをその場で暗記し始めました。
県道を進み、国道に入り、バイパスに入ってまた県道を進む…。
…暗記は3分で諦めました。
覚えきれそうにない上に、無理に覚えたとして、思い出しながら運転するのは困難だろうと判断したのです。
エンジンを始動させ、とりあえず出発します。
来る時は、南へ南へと向かって来たのです。帰りは逆方向に行けばなんとかなると思いました。
市原市に向かい16号線に入ってしまえば来たルートを辿って帰れます。
とにかく、今回のツーリングが成功に終わるか失敗に終わるかは、今からの走りにかかっていると思いました。
立ちゴケこそしてしまいましたが、それは後で反省すればいいだけのこと。でも事故を起こしてしまっては、このツーリング、ひいてはバイクそのものが『嫌い 』になってしまうかもしれないのです。
ナビはありません。地図も見れず、手書きのルートすらポケットにしまい込み、私は一度も走ったことのない道を突き進みます。
頼みとなるのは自分の勘と、一台の相棒のみ。
一抹の不安と高揚感とを胸に、千葉の中心地を突き進んで行ったのです。
後から思えば、ここから先の走りはただの『帰り道』ではありませんでした。
それどころか、むしろ今回のツーリングでのメインイベント、そして枢軸ともなる重要な走行となったのでした。