走り進め、やがて国道246号線に出ました。
道は混雑しており渋滞に巻き込まれます。
「ま、急ぐ旅路でもないんで、ゆっくり行きましょう」
Sさんがそう言って車の後ろで停止します。
納車ツーリングの時と同様、渋滞や赤信号で停止する度に、私とSさんは横並びになり会話をしました。
「今、雲があるからどうなるか微妙ですが、富士山が綺麗に見えるようならパノラマ台に行きましょう。雲に隠れて見えないなら、別のプランに変更します」
その日は快晴でしたが、雲の動きだけは天気予報でも読むことが出来ません。ですが、それがどうなろうとツーリングを楽しめるよう、走りながら考えてくれていたようでした。
雲の動き次第でルートを柔軟に変えていくという発想が、私には斬新で衝撃的でした。そうやって機転をきかせてツーリングルートを変えていくことで、ツーリングをより良く楽しめるものにしていけるのでしょう。
Sさんのその姿勢を学び取ろうと、私は心のメモ帳にしっかりと書きとめました。
渋滞を抜け、246号線を進んでいくと、前方を走るSさんが一定方向を指差します。運転にいっぱいいっぱいで前方しか見えていなかった私は、Sさんの指差す方向に目を向けました。
「うっわぁ〜」
歓声をあげます。
雲が流れ、富士山をくっきりと見ることが出来ました。
私の住む湘南からも富士山は見えます。でもそれは、富士山が遠くから手を振って笑ってくれているような、そんな距離間がありました。ここの富士山は迫力があり、どっしりと構え、見るものを惹きつける圧倒的存在感がありました。
やがて246号線を抜け、県道147号線『山中湖小山線』に入ります。交通量も少なく流れもスムーズなため、走っていて爽快でした。
横風を受け、小刻みに振動するセローにビクつきながらもスピードを上げていきます。
ひとしきり走ると、Sさんが三国峠手前の空きスペースに入って停車させました。私もそれに倣います。
降車し、ヘルメットも取ります。休憩です。
「富士山、綺麗に見えましたね」
「そうだねぇ。良かった良かった」
「ここからパノラマ台まではすぐですよ」
「そうなんだ」
ここで会話が途切れます。そしてずっと心にのしかかっていたことを切り出しました。
「立ちゴケしちゃった…」
そう、運転中もずっとそのことで落ち込んでいたのです。
「大丈夫ですよ。オフロードバイクなので、転倒には強い筈です」
「いや、うんまぁ…」
セローの心配もありますが、自分の力でセローの重みを支えられなかったことの方がショックでした。
今回は道路が傾いていたから立ちゴケしました。では、同じ条件の道路で停止するたびにコケることになるのでしょうか。今回は交通量の少ない道でしたが、バイパスのような大きな通りであれが起きたら大変です。エンジンもかからず、ギアもローギアのままだったので引いて移動も出来ませんでした。
「今後、コケないためにはどうしたらいいんだろう?」
「道路の傾きを即座に見極めることですかね。あの場合、左端が極端に傾いていたので、中央寄りで停止した方が良かったかもしれません」
なるほど、見極めと、咄嗟の判断で未然に防げたかもしれないのです。私が尚も落ち込んでいると、
「大丈夫です。皆、そうやってコケて上手くなっていってるんです。転びもせずに上達するのは無理ですよ。今、上手い人達だって初心者の頃はコケてるんですから」
この時私は、Sさんと一緒の時に初ゴケして本当に良かったと思いました。
コケて上手くなっていく──。
その言葉が気持ちを持ち直させてくれます。あれも上達のための布石なのだと思えました。
「それはそうと、ここから先は一本道なので前を走ってみましょうか。ここから17分くらいです」
「うん、分かった」
納車ツーリングの時はあれほど嫌がっていた前での走りですが、過去2度のソロツーリングで自信がついてきました。すんなり前を走ろうと思えたのです。
出発です。
峠道を進んでいきます。途中、落ち葉や突風にビクつきながらも自分のペースで走りました。やがて、Sさんが追い越してきて前に出ます。目的地の手前に来たら、追い越して知らせてくれることになっていました。
バイクを停車させ、その景色を見渡します。
まさに、絶景でした。
向こう側に富士山、その手前には山中湖が広がり、私のすぐ目の前ではたくさんのすすきが揺れていました。
なんて見事な光景なのだろうと、夢中で写真を撮ります。
もしやこの景色は、遠くに暮らす人々にとっては『一生に一度は見たい絶景』に部類されるのではないのかと思いました。現に周辺では外国語が飛び交っています。
それ程の景色を、今朝まで全く計画していなかったというのに、ふらっとやって来て見れてしまいました。本当に、バイクという乗り物の自由度の高さには感心するばかりです。
充分に堪能すると、三国峠を下っていきます。山中湖のすぐ隣を走っていき、富士吉田に入りました。
富士吉田の道の駅で、お昼ご飯にします。
有名なうどん屋さんでうどんを食べます。
麺にコシがあり、汁は出汁がきいており、冷えた身体に染み渡るほど美味しかったです。席がお座敷だったので、脚を休めることも出来ました。
ソロツーリングの時にはお弁当を持参しますが、こうしてご当地ものを堪能するのもいいものだと思いました。何より、出来たての温かいものが食べられます。
昼食後は移動し、五重の塔を見に新倉山浅間公園へと赴きます。
駐車場にバイクを停車させると、私とSさんは上下の防風ウエアを脱ぎました。バイクを降りるとそこまで寒くなかった上に、これから長い階段を昇るため、暑くなると思ったからです。
浅間公園の坂と階段は確かにかなりの傾斜と階段数でした。案の定、暑くなります。息を切らしながら上がっていくと、下りてくる人達が階段途中で立ち止まり写真を撮っていたので、ふと振り返ります。
そこでの景色も見事でした。
富士山にかかっていた雲が全て流れ、間近な距離で全容を見ることが出来ました。
階段を登りきった先に、五重の塔があります。
そこでの景色も素晴らしかったです。
富士山を充分に堪能し、浅間公園を後にします。
たとえ富士山が見える場所へ行ったとしても、綺麗に見えるかどうかは運次第です。この日は本当に恵まれていました。
「天候に恵まれて絶景に巡り合えることは、ギャンブルで大儲けすることよりも希少で尊い」
Sさんが以前言っていたセリフです。
この日私は絶景をベストな状態で見ることが出来ました。それは他の何にも代えがたい、貴重なことなのだと実感したのです。
このツーリングでの、Sさん側視点での記事はこちら↓
http://zekkei-tabirepo.hatenablog.com/entry/2019/12/15/234434