アクセルグリップ握りしめ

オフロードバイク、セローと共に成長していく、初心者ライダー奮闘記

おひさまの人〜初林道ツーリング 完結編

泥水へと盛大に転んでしまったヨシローさんは、自身が引き起こしたバイクに跨るや、颯爽と走り出します。

物欲さんと共に草原の中をグルグル走り回り、笑い声すら聞こえてきたので、ようやくホッと腰を下ろしました。

「ヨシローはコケるのが上手いんだよ」

隣の男性がそう話しかけて来ます。だから大丈夫、ということなのでしょう。

「コケるのが上手い…」

私はその言葉を脳内で反芻します。

何かが見え始めてきたのですが、その時集合をかけられたので、考えが散ってしまいました。

 

 

出発です。

本日の林道ツーリング、最後の目的地を目指します。

勾配を上がって行き、またも拓けた場所に到着しました。

富士山のよく見える、綺麗な所でした。

 

 

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私は平地にバイクを停めましたが、林道上級者の人達は更なる丘に上がっては下る、という遊びをし始めます。

私含め、初心者の人達はただそれを下から眺めているだけです。

その丘にはちゃんとした道もなく、木々の間の狭い空間をバイクで登って行っているのです。急勾配ですし、当然雑草も背が高く生い茂っています。凹凸だって激しいのです。

「ちうさんも行ってきたら?」

と言われましたが、私はどうしても動けませんでした。

 

その丘が怖かった訳ではありません。上がって行ったら楽しいんだろうな、とも思ったくらいです。

ですが私は、ここでコケない自信はありませんでした。

コケることそのものよりも、人の目線が怖かったのです。

先程ヨシローさんが転倒した時沸き起こった笑いの渦──。

その渦中に自分が据えられるかもしれないのだと思うと、怖くて動けなくなりました。

 

 

林道上級者の男性が、その丘を上がる途中で転倒しました。

またも笑いが沸き起こり、集まっていった人達が倒れたバイクの写真を撮ります。コケた男性がカメラに向けてポーズさえ取っています。

そうしてひとしきりはやし立てた後、倒れたバイクを皆で引き起こしていました。急勾配の草むらの中に倒れたので、一人では起こせないのでしょう。

 

「じゃ、私行ってみる〜」

ヨシローさんが果敢に挑みます。

 

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見事上まで登り切り、下って来ました。

戻ってきたヨシローさんのセローが草だらけだったので、ちょっと笑ってしまいます。

「凄いです、ヨシローさん」

「セローだったら登れますよ? ちうさんも行ってみたらいいのに」

言われますが、私は曖昧に笑いながら首を振りました。そして気がかりだったことをおずおずと聞いてみます。

「さっきの転倒、大丈夫でしたか?」

「うん?」

ヨシローさんは自分の衣服を確認し、

「だいぶ乾いてきたから大丈夫!」

と白い歯を見せ笑って応えます。

 

その時私は、なんて眩しい女性(ひと)なんだろうと思いました。

彼女の衣服には、乾いた泥水の跡がありありと残っています。でもそんなことなど意に介した様子もありません。

ただ「濡れたままだと身体が冷えるから」と気にしているだけです。

両腕を広げて「あったかい日でよかった」と笑う彼女。

泥に汚れ草にまみれながらも、おひさまの光を浴び屈託なく笑う彼女が、どんな装飾品を身につけ着飾った女性よりも、私には魅力的に思えました。

 

 

ひとしきり遊び、他の皆様とも挨拶をし合った後、解散となります。

 

来た時同様、物欲さん、ヨシローさん、私の3人に加え、方向が同じの、よねってぃさんとも一緒に帰ることになりました。

 

物欲さんの先導により公道を走り、まずはガソリンスタンドに寄ります。給油を済ませると、4台のセローを一箇所に集め、物欲さんが持参してきたエアーコンプレッサーで、全てのタイヤの空気圧を戻して下さいます。

「なんか、今日一日すっかりお世話になっちゃってすみません」

私がそう言うと、

「いいんですよ、林道では助け合うのが普通なので」

物欲さんがそう返して下さいます。

「そうそう。そこが林道ツーリングの楽しさでもあるんですよね〜」

とヨシローさんも引き継ぎました。

「まぁ、ヨシローさんはしょっちゅう林道走ってるから、いい加減自分のを買えばとは思いますけどね」

物欲さんが言うと、「すみませーん」と笑い、

「でも、林道仲間の誰かしらが持って来ているから、それ借りればいいかなと思って」

ヨシローさんらしいな、と笑ってしまいます。

「林道では、助け合うのが普通なんです。助けるからこそ、コケた人を笑っていい。笑う権利があるんですよ」

物欲さんの言葉に、

「というか私は、コケたのを笑って貰えないと逆に気まずくなっちゃいます」

とヨシローさんが言いました。

「それもそうですね、僕もコケた時に本気で心配されたりしたら、わりとショックかも」

二人が頷き合っているので、林道仲間共通の感覚なのかもしれません。

 

 

空気圧も戻ったので、高速道路に入ります。

走りながら私は、先程の物欲さんとヨシローさんとの会話について考えていました。

今日私は結局コケることはありませんでしたが、それは主催の方が超初心者コースを走ってくれていたお陰なのでしょう。

──ヨシローはコケるのが上手い。

男性がそう言っていたように、ヨシローさんは何度も何度もコケて上達してきたのかもしれません。

 

『公道でコケるのは恥、でも林道でコケるのは当たり前』

バイク屋の店主が言っていました。

そこを笑い合い、当然のように助け合うからこそ林道ツーリングに魅せられる人が多いのかもしれません。

 

途中のPAに立ち寄ります。飲み物を買い、休憩です。

 

物欲さんが、ヨシローさんの走っている動画を見せてくれました。

画面の向こう側で、楽しそうに走り回るヨシローさん。それを追いながらカメラに収めているであろう物欲さん。

その関係はまるで、

「父と娘のようですね」

私が言うと、

「そんなことは…。いや、まぁうん。そうかもしれません」

何故か一回否定しましたが、物欲さんが頷きます。

ひたむきに成長しようと頑張るヨシローさんだからこそ、成長を見守りカメラを向けたくなるのだろうなと思いました。

 

「よねってぃさん、今日初めての林道はどうでしたか?」

私が聞くと、

「あ、はい。楽しかったですよ」

「怖いとかはなかったですか?」

ヨシローさんの質問に、

「まぁ多少は…」

よねってぃさんの正直な答えに、笑いが起こります。

「また林道に行きたいと思います?」

物欲さんの質問には、

「行くと思います。いえ、はい、行きたいです!」

ときっぱりと答えていました。

私も、また林道に行きたいと感じていました。

林道初体験の私や、よねってぃさんがこう感じたということは、今日は素敵な林道ツーリングだったのでしょう。

企画や先導をしてくれた方々に感謝です。

 

でも少し考えます。

今日、色んな方から私のタイヤについて言われました。

新車で付いてきたこのタイヤはノーマルタイヤで、林道を走るのに最適なタイヤは別にあるのだそうです。

 

『オフロードは、オンロードをひたすら走って、今のタイヤを走り潰してから考えればいい』

 

バイク屋の店主の言葉は、そういう意味だったのかもしれません。

オンロードとオフロードは、揃えなければいけない装備も求められる技量も違ってきます。

 

まず私は、もっともっとオンロードを走り込んでいかなければいけないのだと思いました。そうしてオンロードを走り尽くしてから、林道を走るための装備を買い揃えて行こうと。

 

 

バイクで広がる可能性は無限大。

オンにはオンの、オフにはオフの楽しさや魅力があり、それぞれをどう楽しんでいくかは自分次第なのだと思いました。