伊豆のソロツーリングから帰ると、SさんにLINEを送りました。無事帰宅した旨を伝えます。
しばらくすると返事が来ました。
『お疲れ様です。無事帰宅したようで何よりです。
ところで、明日は予定が空いたので道志に行こうと思うんですが』
『えっ!? 行く行く!』
道志というのは山梨県道志村にある国道413号線、道志みちのことです。そして私とSさんにとって、そこはイコール、とあるお店を指し示します。
そのお店についての記述は後日するとして、かねてよりそこに行きたかった私は、連日となりますが翌日、日曜日もツーリングに行くことになりました。
翌日──。
道志へ向かうには、とりあえずSさんの住まい近くまで出なければなりません。
ですがその日は大規模なマラソン大会が開催されており、主要道路が通行止めになっていました。ただでさえ初めて行く場所、バイクで一時間かかる距離を、迂回路で向かわなければなりません。例によって念入りに下調べをしますが、前日の熱海のような事態だって有り得ます。
『なるべく間に合うように向かうけど、迷って大幅に遅れちゃったらごめん』
『初めての道ですから気にしないで下さい。それより、こんな機会がないと通らない道でしょうし楽しんで来て下さい』
気を付けて、ではなく、楽しんで、と言う辺りが実にSさんらしいと思いました。
下調べの甲斐あって、迷うことなく待ち合わせ場所に着くことが出来ました。
Sさんはそんな私をひとしきり褒めると、少し声を沈めて「実は、悲しいお知らせがあります」と切り出します。
すごく嫌な予感がしました。
「店主の体調不良で、今日は臨時休業だそうです」
「えー!?」
すっかり行けるつもりになっていた私はショックを受けます。でも、体調不良ならば無理は禁物です。臨時休業も仕方ありません。
「どうします? それでも道志に行きますか?」
「ううん、行かない。道志には開店してる時に行く」
そう、せっかく行くのならお店がやっている時に行きたかったのです。
でも、その日はツーリングに行くつもりで出て来たので、服装も持ち物もすっかりその出で立ちです。しかも、この待ち合わせ場所に来るまでに一時間かけています。このまま解散ではあまりに悲しすぎます。
じゃあどうするかとなった時の、Sさんの切り替えの速さは見ものでした。「ところで」と口を開きます。
「ツーリングマップルは持って来てますか?」
「ん? ううん、持ってない」
Sさんは自分の収納ボックスからツーリングマップルを取り出しながら、
「ダメですねぇ。ライダーたるもの、いついかなる時もツーリングマップルは持ち歩かなきゃ」
「えっ、そうなの?」
「そうですよ。不測の事態で行き先が変更になることなんてザラなんですから」
なるほど、そうかもしれません。
ツーリングに不測の事態が付き物なのは、昨日の伊豆ツーリングでもよく学びました。行き先を変更する時、確かに必要になります。
Sさんは冊子を開くと、あちら方面に行ってこれを見るか、いやこちらを走ってみるか、はたまたこちらへ行ってみるかと、案を次々と出します。
「な、なんでそんなすぐに案が出てくるの?」
「これくらい普通ですよ。それより、どうします?」
私はSさんの出した案の一つで、特に惹かれたものを口にします。「なら、経路はこうですかね」指で地図をなぞります。
「じゃあ、それで行きましょう」
あっさりとルートが決まりました。私なら広げた地図を凝視し、紙とペンを駆使して一時間はかけて考えるプランを、ササッと決めてしまいました。
まだバイク移動での地理に疎いからとはいえ、Sさんの機転と決断力にただただ感心するばかりです。
ともあれ、出発です。
バイクを走らせ始め、最初の交差点で信号が赤になったので停止します。
ふと、左脚の靴ひもが軽く引っかかったので、右脚を地面に着いて左脚を持ち上げます。そして体勢を元に戻そうとしたら…
「えっ?」
ガシャーンという音と共に、倒れこみました。
そう、立ちゴケです。
私はすかさず身を起こすと、セローを起こしにかかります。今は赤信号で止まっていますが、後続車もいます。早く起こさないと、このままでは通行の邪魔です。
「大丈夫ですか?」
Sさんが気付いて来てくれました。
「うん、なんか転んじゃって」
言いながら、セローを起こそうとします。
あれ? どうやるんだろう。
戸惑いました。
そう、実は立ちゴケはこれが初めてです。教習中も、過去3度のツーリングでも一度も転ぶことなく来たのです。
そのため、教習初日の『スタンド』項目で習った時に、たった1回だけやったバイク引き起こし作業でしか、バイクを起こしたことがありませんでした。
しかもその時には、車体側面にパイプがあり、それを掴むようにと言われていました。でもセローにはそれがありません。
完全な手探り状態で、ハンドルとキャリアの側面を掴んで引き上げます。セローが起きると少しホッとして、スタンドを立ていつものように跨ります。
そしてエンジンをかけるのですが…。
「かからない!」
なかばパニックになり傍らのSさんに訴えます。確認しましたが、エンジン停止ボタンがついているわけでもありませんでした。
「ちょっといいですか」
Sさんがセローに跨り操作してくれましたが、やはりエンジンがかかりませんでした。
「セローが壊れちゃった!」
頭を抱えます。そして開始5分にして今日のツーリングの中止を覚悟しました。ロードサービスを呼ぼうとすら考えたくらいです。
「いや、多分大丈夫だとは思うんですが」
信号が青になったので、お辞儀して後続車に先に行ってもらいました。
Sさんがキーをオフにし、すぐにオンにするとエンジンがかかりました。
ホッとし、再出発出来るかと私も跨るのですが、今度はスタンドを立てて斜めになった車体を、真っ直ぐに持ち上げられません。
いつも私はスタンドを立てた状態で跨り、車体を起こしてからスタンドを外しているのですが、左脚で踏ん張っても、手で勢いをつけても左側に傾いたままです。今までこんなことは一度もなかったので焦ります。
それを見ていたSさんが、
「あー、ちょっと移動させますね」
と、私と代わり再びセローに跨ります。そしてその道から離れた、邪魔にならない所までセローを移動させてくれました。
後続車もいない状態なので、ようやく落ち着いて話が出来ます。
「ありがとう。でも、そもそも私、なんで転んだんだろう? というか、なんで真っ直ぐに出来なかったの? そんなこと今までなかったのに」
まくし立てる私に、Sさんは冷静でした。
「きっと、アレですね」
Sさんが先程までいた道路を指さします。
「あの道、傾いてたんですよ」
確かに、見ると道路が左下がりに傾いていました。
なるほど、左に傾いていたことにより、いつもより倒れてくる車体の重さを支えきれず、転んでしまったようです。車体を真っ直ぐに出来なかったのもそのためでした。
「ごめんね、セロー。ほんとにごめんねぇ」
見ると、セローのハンドガード、左ミラー、スクリーンの側面にキズがついていました。痛々しさに泣きそうです。
跨り、今度こそ出発です。
走りながら思いました。
セローの重量を支えられなかった、スタンドで傾いたセローの車体を、起こすことも出来なかった。
その事実が重くのしかかり、気分が沈み込むのでした。
このツーリングでの、Sさん側視点での記事はこちら ↓
http://zekkei-tabirepo.hatenablog.com/entry/2019/12/15/234434