伊豆スカイラインの途上にある休憩スペースでツナサンドを頬張りながら、遠くの景色を眺めていました。
日常では絶対に味わえない景色を堪能します。
この時点で、走行距離が100kmを越えていたので多少疲れていたのもあるのでしょう、岩に座っていつまでも眺めていたくなりました。
ですが、食べ終わるとすぐに立ち上がります。
岩が冷たかったので、お尻が冷えて来たのです。
防風ウエアを上下で着込んではいましたが、熱を通さないわけではないようです。
私は軽く伸びをするとストレッチをします。運転中はずっと同じ姿勢のため、凝り固まってしまうのです。
準備をすると、出発です。
その後の道も快適でした。
途中、大型バイクのライダーさんが私を追い抜きながら手を挙げて挨拶してくれました。追い抜くや、すぐ前方に消えていきます。
「おぉ、さっすが。速いなぁ、カッコイイ」
…ソロツーリングは独り言が多くなります。
ほどなくして休憩所があったので入りました。
とりあえず、トイレを済ませます。
冬のツーリングはトイレ最優先で、とSさんから言われていました。
冷えるのでどうしても近くなります。街中の走行を抜けるとトイレに行ける場所が限られてくるから、まだ大丈夫だと思っても、行けるうちに行っておいた方がいいのだそうです。
水分も軽く補給し、伊豆スカイラインを抜けたあとの道を念入りに調べます。
帰りのルートも事前に調べて紙に書いてあるので、スクリーンにそれを貼り付けました。
伊豆スカイラインの終着地点は熱海ICです。
不安だったので、熱海市内を抜けて135号線に向かうルートを念入りに覚えておきます。
残りのスカイライン走行も快適でした。
途中いくつか撮影スポットがあったので、セローを停止させて写真を撮ります。
走り進めていると、ついに『まもなく熱海IC』という案内標識が出てきます。
あぁ、終わっちゃうのかぁと少し淋しくなりました。
道を進んでいて、走り終わりたくない、という感覚になったのは生まれて初めてでした。
今まで『道』は、ただ移動手段のためのものでした。目的地までの経路、なるべくなら速く短く終わらせたい箇所。それが今や、ここを走ることが目的でやって来て、今またここを走り終わることを残念に思っている自分がいました。
これもまた、バイクに乗り始めたことにより変化した感覚のうちの一つでしょう。
終着地点、熱海ICでチケットを渡し、伊豆スカイラインを後にします。
ここから135号線に戻るまでのルートが不安でした。
道が複雑に入り組んでいた上に、交差点の名前も目印もなく何度か右左折を繰り返さなければいけないからです。
でも、伊東マリンタウンから伊豆スカイラインまでのルートでも平気だったので、今回も大丈夫だろうと、どこか楽観的でした。
ところが、その認識は大間違いだったのです。
20号線を左折し、山道を下って行きます。
かなり急勾配の、本格的な峠道でした。ギアを2速にまで落としエンジンブレーキを駆使しましたが、それでもハイスピードで下ってしまうため、ブレーキを踏み込みました。そうしないとカーブを曲がりきれなかったのです。
そうして下っていくと、やがて信号があったのでそこは直進します。
覚えたルートでは、信号も何もない所で左折することになっていました。目印もなかったので、道の形と距離とで覚えています。
ですが、進めど進めど、覚えた筈のその道に辿り着きません。それどころか、そのまま進むと別の山を登ることになりそうでした。
これはおかしい。
気付いたのですが、後続車もあり路肩もないため、そのままかなり進んでしまいました。
ようやく停車出来そうな場所があったのでそこに入って止まり、携帯電話のGoogleマップを開きます。
案の定、見当違いな方向に行っていました。この道をどんなに進んでも、家には帰れません。
本来のルートまでどうやって戻るかを覚え、Uターンします。
戻ると、またも急勾配の峠道に来ます。
そして、おそらくここだろうという道を右折しました。
覚えたルートは一応県道の筈なのに、その表記がどこにもありませんでした。細く入り組んだ道が続きます。何度も分岐点があったのですが、どれが正解なのか分かりません。
不安になり、またも停車出来るところを探してGoogleマップを開きます。ここも道が違いました。
先程右折した所まで戻り、他に曲がれる道がないか探した所、とある観光施設入口という看板が出ている小さな道を見つけます。その観光施設専用の道なのかとスルーしていましたが、もしやそこかと思い、曲がってみました。
正解でした。県道の表記があります。
ホッとするのも束の間、やはりそこも複雑で細い道が続きます。
山道のような急勾配の道に、民家やマンションが並び始め、やがて中学校の隣を走り、やっぱりおかしいと気付きました。学校という、わかりやすい目印があったのなら覚えている筈だと思ったのです。
みたび、Googleマップを開くとやはり違っていました。このまま進めば海方面までは出られますが、135号線とは合流出来なさそうでした。戻った方が良さそうです。
今度は住宅地で目印も多いため、なるべく詳しく暗記してから携帯電話をしまい、Uターンします。ですが、そのまま進むと、覚えた記憶のないマンションの看板が出ました。そのマンションの前で停車させてもらい、またもGoogleマップを開きました。
見ると、道は違っていましたがこのまま進めば本来のルートに戻れそうでした。
「ふふっ」
思わず、笑い声が漏れます。
さっきから私は何をやっているんだろう?
行きすぎたり戻りすぎたり、違う所を曲がったり。なんだかおかしくなってきたのです。
ふと見渡せば、山道のような急斜面と細く入り組んだ道を縫うように、そこで生活する人々の暮らしがありました。美しく穏やかなその街並みを下っていった先には、青く輝く海が広がっています。
この景色も、道を間違えなければ絶対に見ることが出来ないものでした。
無事135号線に出て直進すると、小田原市内に入ります。この道は前回の箱根でも、今回の往路でも通ったため、やはりホッとしました。
不思議です。少し前までは、この道すらも知らなかったのですから。
前回のツーリングでは箱根まで、今回は伊豆までの道を走りました。箱根方面、伊豆方面の道とおおよその地理が少し把握出来てきました。
そうして少しずつ脳内に地図が出来ていくのでしょう。
これから私の中の地図がどんどん広がっていきます。そう考えると、ワクワクがおさまらないのでした。
ナビを使う使わない、下準備をするしない、そんなことは瑣末なものでした。それは『人それぞれ』、方針やこだわり、性格やツーリングの目的によって違っていくのだと思います。
私はSさんの言いつけ通りに半年間ナビを使わないのでしょうし、性格的にも下準備はきっちりやってしまうのでしょう。
でも肝心なのは、不測の事態をも楽しめるかどうか。
ツーリングには予想外の出来事は付きものです。でも計画にない事態になったからといって、慌てず焦らず、むしろそれすらをも楽しんで走れるかどうか。それによりツーリングそのものの楽しさも違ってくるのかもしれません。
今日私は、計画通りに進んだ部分もそうじゃない部分も、どちらも楽しめました。
それは今日のツーリングを振り返った時、全てが楽しい思い出となり蘇ることになるのだと思います。