新倉山を後にすると、河口湖方面へと走ります。
河口湖周辺はたくさんの観光客で溢れていました。そちらを少し通り過ぎ、小道に入るや路肩にバイクを停めました。
紅葉が綺麗な所でした。
少し散策することにしたのです。
橋を渡ると、景色が綺麗だったので、そこも写真を撮ります。
紅葉の多くは落ちてしまっていましたが、足元に広がるそれらが大地を華やいでいました。
深呼吸し、そこでの景色も堪能すると、バイクへと引き返します。
そろそろ陽も傾いて来ました。帰路につかないといけない時刻です。出発の準備をしていると、経路を調べていたSさんが聞いてきました。
「どうしますか? 来た道を戻るか、別のルートで帰るか」
「どうせなら別のルートで帰りたい」
色んな道を走りたいと思いました。
「あ、じゃあ秋山行きます?」
「うん、秋山! 行きたい行きたい」
秋山というのは、山梨県の県境にある山の名前です。以前の山梨タンデムツーリングで秋山の県道35号線を通ってもらった時、とても楽しい峠道だったのを覚えていたのです。
ルートも決まったので、エンジンを始動し帰路につきます。
風が冷たくなってきました。国道139号線を走り進んでいるうちに、段々と薄暗くなってきます。
右折し、35号線に入ると、ほどなくして道はカーブを繰り返し、勾配を上がっていきました。
いよいよ、峠道です。
セローを走らせながら私は、少しだけ緊張しつつも、それ以上に、今から始まる刺激的な走りに気分が高揚していました。
道幅が更に狭まってきました。
気が付けば、辺りはすっかり暗くなっています。夜に山道を走行することなんて初めてです。それだけでドキドキします。
前の車に続き、カーブを曲がりながら進んでいきます。察したのか、直線に差し掛かると車が左ウィンカーを出して停止します。Sさんが手で挨拶しながら追い越したので、私もお辞儀してその車を追い抜きました。
やがて進んだ先にも、軽自動車が走行していたので後ろに続いたのですが、しばらく進むとその車も左端に寄って先に行かせてくれました。
別にSさんが前の車を煽っていた訳ではないのです。
狭い山道においては特に、バイクは小回りがきく分、速く走行出来ます。車幅がないため、カーブの度に対向車を気にしての減速は、四輪車ほどには必要ないからなのかもしれません。
トコトコとマイペースで走る私ですが、道を譲っていただけたのは嬉しかったです。
夜の山道──。
正直、道の先々が見えないため不安でした。でもSさんが前を走ってくれていたので、付いて行けば大丈夫という安心感がありました。
ですが。
あれ?
私はSさんの走りを見ながら、違和感を覚えたのです。
その時、後ろからエンジン音が響き、2台のバイクが私を追い越していきます。そして、前方のSさんをも追い越したのですが…。
「えっ? ちょっ…」
Sさんが、追い越したばかりのバイクに追随して走り始めたのです。当然、先程までより断然スピードが上がります。
カーブでギュイーンと曲がり、勾配も駆け上がっていきます。そんな速度で山道を走ったことがなかった私は、置いていかれないよう必死でした。
そして先程の違和感の正体に気付いたのです。
え、こんな走りをする人だった?
そう、走り方が全然違いました。
Sさんと走ったのは過去2回だけですが、どちらも海沿いの平坦な道。山道ではありませんでした。ですが、タンデムでのツーリングでなら何度も走りを見ていたので知ったつもりになっていました。
その時は、『安心安全』をモットーに掲げる、お手本のような走りをしていました。カーブでは充分に減速をし、丁寧にハンドルを切っていたのです。
おそらくあの時は、私が乗っていた分重かったのでしょう。それと、やはり安全面に気を使ってくれていたのかもしれません。
ところが今はどうでしょう。
単身でバイクに跨るSさんは、実にのびのびと山道を走り抜けていくのでした。
私はその動きをよく観察します。
下りになると、ますます危険度が上がる筈なのに一向にスピードが落ちません。見ると、急カーブに差し掛かっているのにブレーキを踏んでいないのでした。私は低速ギアでエンジンブレーキを利かせた上で、カーブでもブレーキを踏んでいました。なのにSさんはずっとノーブレーキで曲がるのです。でも本人にとっては決して無茶な曲がり方ではないのでしょう。現に、対向車線にはみ出すことも、もちろん転倒することもなくちゃんと曲がっています。
まるで螺旋を描くようなその走りを目の当たりにし、私にも変化が起きました。
段々と血沸き肉踊る感覚となったのです。
カーブでは、しっかりとニーグリップさせセローと一体化し、バンクし(車体を倒し)て曲がります。曲がり切るや、僅かな直進でスピードを上げて登り、またバンクです。
その、身体の浮き沈みを繰り返す走りに病みつきになりました。
でも──。
「いやいや、やっぱ無理でしょ」
私はアクセルを緩めます。ここは夜の山道、自分の力量以上の運転は大惨事に繋がりかねません。あくまで自分のペースで行くことにしました。
まぁ、一本道だし、携帯電話もあるからはぐれても大丈夫だろうと思ったのです。
──それにしても、あの走りは絶対私の存在を忘れてるんだろうなぁ。
思いながら、距離の広がるSさんの後ろ姿を眺めていたのでした。
「いや、別にゆっくりめの速度でしたよ」
「嘘っ!? あれで?」
市内に戻ると、解散場所の手前で最後の休憩です。休憩というより、反省会でしょうか。
Sさんの方針で、ツーリング中はこまめに休憩を取りますが、長話はしません。お昼休憩ですら、食べ終わったらすぐに出発します。とにかく走る、走る、走るがモットーだそう。その代わり、ツーリングから戻ると解散前に休憩時間を設け、その日のツーリングについて話し合うのが常でした。私はそれを『反省会』と呼んでいます。
「あれでゆっくりなら、ハイスピードはどんななのよ?」
「死にますね」
「付いて行く私が?」
「俺が」
「ダメじゃん」
私とSさんは、ほっとレモンで身体を温めながら今日のツーリングを振り返ります。
ちなみに、秋山ではぐれるだろうと覚悟していましたが、直線道路で私が追い付くのをちゃんと待ってくれていました。一応存在は忘れられていなかったようです。
「にしても、どうやったらあんな走りが出来るの?」
「経験ですね」
「う〜ん、やっぱりそれかぁ」
「でも、セローは峠向きのバイクなので。慣れたら俺より速くなる筈ですよ」
「そうなんだ? うっ、バイクは優秀なんだけど、ライダーの技術が拙くって」
「まだ免許取って一ヶ月も経ってないじゃないですか。技術どうこうを語れる段階ですらないですよ」
キツいんだか優しいんだか分からない言葉をかけられます。
その後も今日を振り返り、最終的には「とにかくすっごく楽しかった」という結論に達したのです。
私は軽く伸びをし、
「さって、そろそろ帰ろうかな。私はまだここから一時間頑張らなきゃ。あ、ところで」
出発の準備をし始めるSさんに素朴な疑問をぶつけます。
「家はすぐそこだよね? ここでバイバイする?」
あと100mほど同じ道を進みますが、大通りの真ん中で声を掛け合う訳にも行きません。道は片側3車線、のんびり走行していたら危険です。
「いや、俺が左車線走るんで、隣の車線走ってて下さい。分岐する時に手を挙げ合いましょう」
「えっ、私運転中、片手放したことない。出来るかな?」
「…まぁ、無理のない範囲で」
大通りに出ると、Sさんの隣を走行します。
ちょうど3週間前の今日、Sさんのバイクでタンデムツーリングに連れて行って貰いました。その時も山梨へ行き、そして秋山を走ったのです。あの頃は後ろに乗せてもわないとバイク移動なんて不可能でした。
その私が今、自分自身のバイクに跨り、彼と並走しています。そう考えると、なんだか不思議な気分でした。
いよいよ分岐点です。
隣を走るSさんが片手を挙げたので、私も恐る恐る左手を挙げます。Sさんの口が「お気を付けて」と動いたような気がしました。
夜の大通り。
手を挙げ合って別れを告げるライダーを乗せ、2台のバイクはそれぞれの帰路へ着くべく、離れて走り去って行ったのでした。
このツーリングでの、Sさん側視点での記事はこちらです↓
http://zekkei-tabirepo.hatenablog.com/entry/2019/12/15/234434