林道の戻りでは転倒せずに走れました。
一旦公道に出て、公衆トイレの手前にバイクを停めてトイレ休憩です。
「戻りでは転ばずに済みましたね」
THさんから言われ、
「はい、戻りは下りだったのでエンストしなかったからかもしれません」
「あぁ、なるほど」
今日行く予定の林道は、まだ3本あります。
「次の林道とその次の林道は、繋がっているんですよ」
THさんがこの後行く林道の説明をしてくれます。
「へぇ〜、そうなんですか」
「最初の10メートル程は登りがキツいかもしれませんが、それを過ぎたら次の林道の始まりです。そこからはフラットなので」
フラット。
私はそれを頭から信じることは出来ませんでした。アタックやトライアル走行もしているというTHさんです。
今日一緒に走ってみて確信しましたが、彼にとっての『初心者レベル』よりも、遥か下のレベルに私は位置しているのでしょう。
それでも、私と一緒に走ろうとして下さっています。
なんとかそこに応えたいと思いました。
充分に休憩を取って出発です。
山道を進み、砂利道に入るや急勾配を登って行きます。
大きな石にタイヤを取られかけましたが、アクセルを開くと確かに体勢が立て直せます。
なるほど。
迷ったらアクセルを開け、とはこういう事かと思いました。
THさんの言っていた通り、程なくしてフラットな林道になります。少しだけホッとしました。
砂利道を登りながら、木々の間から街が見下ろせます。
拓けた場所に出ました。
THさんがバイクを停めたので、私も隣に横付けして降車します。
「ここでお昼休憩にしましょう」
「はーい」
そこは登山道の休憩ポイントのようでした。
団体で来たらしき登山者の方々が一斉にこちらを見ていたので、
「こんにちは。どうもすみません、うるさくして」
THさんがお辞儀しながら挨拶すると、
「いえいえ、とんでもない」
と登山者の一人が笑って応えてくれました。
登山者さん達の邪魔にならない隅っこに座り込み、持って来たバーナーでラーメンを煮ます。
食べながらTHさんから、ヒマラヤやヨーロッパの山々を登頂した時の話を聞きます。
面白いなぁと思いました。
バイク乗りには色んな年齢、職業、経歴の人達がいます。
本来は接点のなかったはずの人達。
同じバイク乗りというだけで、こうして縁を持ち一緒に走る事が出来ているのです。
そのことに、改めて感謝します。
「これは排気量どのくらいなの?」
団体の登山者さん達が、興味津々で話しかけてきました。
「250です」
私が答えると一人の女性が「へぇ〜」とこぼし、
「女性で山の中をバイクで走るの怖くない? 倒れちゃったら自分で起こせなくない?」
と、まさにタイムリーな質問をされます。
「えっと、起こせませんでしたが…」
「だから、仲間と一緒に走るんですよ」
私のセリフに被せて、THさんが言ってくれました。
仲間と走り、仲間同士で助け合う。
だから当然のことをしたまでなんだと言われたような気がして、少しだけ気持ちが楽になりました。
団体の登山者さん達が一人一人、私達に声をかけながら出発していきます。
「では、お気を付けて」
「はい、ありがとうございます。行ってらっしゃい」
私達も一人一人に声を掛けて見送りました。
「さて、行きますか」
バイクに跨り、私達も出発します。
下り道だったので、エンジンブレーキとフロントブレーキを駆使して走りました。
最後の林道に入ります。
かなりの傾斜と凹凸が見られました。
あまり人が通っていないのか、苔むして大きな枝なども落ちています。
それらを避けながら進んで行きました。
「転ばなかったじゃないですか」
THさんが感心したように言います。
最後の林道の、終着地点に到達したのです。
「ホントですね! 良かったです」
「僕も後ろから見てましたが、ちゃんとアクセル開けれてましたよ。上達はやいですね」
AOさんからも褒められました。
「実は、道のレベルはどんどん上がってきてたんです」
THさんが言います。
「えっ、 そうなんですか? 一本目が一番難易度高かったように思えましたが」
「いえ、あれが一番簡単でしたね」
担がれているのかと思いましたが、隣でAOさんもウンウン頷いていたので、どうやら本当の事らしいと確信出来ました。
という事は。
私は一番易しい林道の、前半だけを転倒し続け、その後の林道では一切転ばなかったということになります。
──つまり私は、オフロードでの走り方を習得してきているということ?
内心嬉しくなります。
「どうです? 今日行く予定だった林道は全て走り終えましたが、もう一本挑戦してみますか?」
このTHさんの問い掛けに「辞めておきます」と答えたならば、このお話は180°違うものになっていたのでしょう。
気持ちよく今日の林道ツーリングを終え、自信たっぷり帰路につくことが出来たのかもしれません。
ですがこの時の私は褒められたことに浮かれていました。
それに、習得しつつあるオフロードでの走りをもっと定着させたいとも思ったのです。
「はい、行きたいです!」
見上げたその道は、今までとは比べ物にならないくらいの急勾配でした。
しかも、砂利というよりは瓦礫のような大きな石が散らばっています。
えっ、ここを行く? 走れるの私に?
内心不安になりましたが、「行きたい」と答えてしまった手前、今更後には引けません。
THさんが走り出したのを見て、自分を鼓舞するように私も走り出します。
怖い。
勾配はキツく、道は細く、大きな石にタイヤを取られてしょっちゅう滑っています。
最初のカーブで登りきれず、エンストしてしまいました。
今までの林道でのカーブとは比較にならないくらいの急カーブです。
脚を着いたので転倒せずに済みましたが、エンジンをかけ直して発進するも、石にタイヤを取られて中々進みません。そして、またもエンストです。
アクセルを開きすぎたら、カーブを曲がり切れなさそうだったのです。
「もっとアクセル開いた方がいいです」
後ろのAOさんが言ってくれたことで、ようやく思い切ってアクセルを開いてそのカーブを突破しました。
少しだけ直進し、また次のカーブです。
その時。
大きな石と陥没とにバランスを崩します。体勢を立て直そうと咄嗟にアクセルを開きました。
それは今日のオフロード走行で習得したことではあったのですが、それをやるには場所が悪すぎました。
ピストンカーブの直前でアクセルを開かれたセローは、当然カーブを曲がり切れず、切り立った崖の上を垂直に登っていってしまったのでした。
最初に私が振り落とされ、惰性で崖をかけ登ったセローが私の頭上に飛んで来ます。
あ、死んだ。
為す術なくそう思った私は、ただ呆然とその様を見入っていたのでした。
それはスローモーションのように感じられる出来事でした。