アクセルグリップ握りしめ

オフロードバイク、セローと共に成長していく、初心者ライダー奮闘記

教官の信念~猿ヶ島練習会②

置かれたパイロンの外側をグルグル走ります。

やがてぴすけさんがスタンディングで運転し始めるとヨシさんも立ち上がったので、私もそれに倣いました。

「ちうさん、もっと背筋を真っ直ぐに」

よしださんから教示されます。

「はい」

返事をしたものの、どういった姿勢が正しいのかが分からないまま周回します。

一周するたび、

「もっと恥骨をタンクに近付けるイメージで」

「両腕の力を抜いて」

声を掛けていただきますが、全然掴めないままでした。

 

「ちうさん、ちょっといいですか?」

円の外へと呼ばれました。

「ちょっと、スタンドを出した状態で立ち乗りしてみて貰えますか?」

やってみると、具体的に姿勢を直されます。

身体をもっと上げ、両足で強く車体を挟み込み、やや前傾姿勢、背筋は真っ直ぐで腕の力は抜きます。

「この姿勢です」

「なるほど、こうですか!」

自分が思っていた以上に、腰の引けた姿勢になっていたようでした。

 

 

そっかぁ。

私は立ち乗りの姿勢すらろくに分かっていなかったんだなぁ。

そう思いながら周回の流れに戻ります。

ヒールグリップが上手く出来ていない、両腕に無駄な力が入っている、という自覚はありました。

ですが、姿勢がそこまで違っているとは思わなかったのです。

客観的に教えていただけて良かった、と思いました。

 

 

正しい姿勢を、論理的には理解出来ました。

ですが、その後の周回でもカーブの度に元の姿勢に戻ってしまいます。

こんなんじゃダメなのに、と思いつつも上手く身体がコントロール出来ません。

凹凸に取られて車体がぐらつきますし、カーブではタイヤが滑りそうで、もはや転倒してしまうビジョンしか持てなくなるのです。

次のカーブこそ、その次のカーブこそと、コーナーのたびに思うのですが、中々理想通りにはいきませんでした。

 

 

「では、そろそろ休憩にしましょう」

よしださんが手を叩いて呼びかけます。

気が付けば結構な時間が経っていました。

よしださんが『ウォームアップ』だと言っていたこの項目に、既に私は汗だくでした。

 

 

「あっつい~」

ぴすけさんが汗を拭い、水分補給をしながらそう零します。

よしださんが車のバックドアを開けて日陰を作ってくれたので、その下に集まり休憩です。

「ホントに! 今日暑いですよね~」

私もお茶を飲みながら言いました。

昨日までは梅雨らしく雨続きでしたが、今日は急に夏の暑さがやって来たのです。

 

 

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よしださんが私のセローのスクリーンと、ミラーを外して下さいます。

「すみません、ありがとうございます」

「いえいえ。割れちゃうといけないので」

ヨシさんは自分でミラーを外していました。

 

 

 

休憩を終え、練習再開です。

「では次は、止まる練習をします」

よしださんが説明してくださいます。

直線で走り、パイロンに差し掛かったらリアブレーキで減速、エンジンブレーキとリアブレーキのみで停車させる練習です。

 

スタートして走り出します。

直線を走るだけならそれ程怖くないのですが、思い切りブレーキを踏むと滑りそうで、つい緩やかに踏んでしまいます。

「ちうさん、もう少しスピードを出し、思い切りブレーキを踏んでみましょうか」

「はい」

よしださんは停止ポイントに立ち、ぴすけさんやヨシさんにも、停まるたびにそれぞれアドバイスをしていました。

「ちうさん、クラッチは握らないで下さい」

「えっ、はい」

クラッチを使うとエンジンブレーキが利かなくなるので。完全にエンストしてから片脚だけ地面に着けましょうか」

「はい、分かりました」

 

エンスト…。

林道でエンストが原因で転倒した事が多々あったのもあり、エンストさせる事に対してどうしても抵抗がありました。

スピードを出し切れない、ブレーキを踏み込めない、エンスト直前についクラッチを握り込んでしまう。そしてそれら全てを切り抜けたというのに、つい両脚を着いてしまう。

しばらくはそんな状態でした。

 

そうこうしているうちに、他二人はとても上手にブレーキを使えるようになり、停まりながらカーブする、という次のステップに進んでいました。

「ちうさんはもう少し、直線でやっていきましょう」

「はい」

しっかりしなきゃ、と自分に言い聞かせます。

怖い怖いと言っていては、今日の練習に来た意味がありません。

走り出します。

ブレーキを踏み込みエンストすると、ザザっと車体が前滑りする感覚がありました。両脚を着きたい衝動をグッと堪え、完全に停止してから左足を地面に着けます。

よしださんの顔を伺うと、

「ナイス! 今のはとても良かったです」

親指を突き立て笑ってくれました。

「はい! ありがとうございます」

 

 

「では、お昼休憩にしましょうか」

よしださんが、バックドアの下にアウトドアチェアを並べて「どうぞどうぞ」と勧めてくれます。

「えっ、ありがとうございます」

全員分の椅子まで用意して下さっているとは思いませんでした。

「クーラーバッグに麦茶もあるから自由に飲んでくださいね。あ、紙コップもあります」

「何から何まですみません」

 

お昼休憩は和やかでした。

ぴすけさんとよしださんが、お二人の参加した林道ツーリングのことを語ってくれました。

「以前走った時に『こんな所を走る人がいるのかぁ』って思った箇所があったんですよ。でもよしださんとのツーリングで全く同じ所を走る事になって。『あっ、私も走るの?』って思っちゃいました」

ぴすけさんのセリフに爆笑します。

 

「転倒しちゃった人もいましたね」

よしださんが言います。

怪我をしてしまった人もいるそうです。

「実際オフロードにおいては、骨折は珍しい事ではないんですよ」

よしださんが静かに言いました。

過去に別の人から言われた時には抵抗を覚えましたが、よしださんが同じセリフを口にすると、すんなりと受け止める事が出来ました。

ただし、そういう世界もあるのかぁ、という受け止め方に過ぎないのですが。

「よしださんも、オフロードは骨折ありきでやるべきだと思いますか?」

ヨシさんが質問すると、

「いいえ」

キッパリ答えました。

「怪我なんて、しないに越したことはないです。というか…」

よしださんが続けます。

「他の誰からも、怪我をして欲しくないです」

その声に、少しだけ悲しみや悔しさが滲んでいるような気がしました。

 

 

バイクに乗る全ての人から、安全に怪我なく楽しんで貰いたい。

それはよしださんの信念のように感じられました。

 

だからこうして、自分の時間を割いてまで初心者の練習を見て下さっているのかもしれないと思うと、頭の下がる思いでした。