アクセルグリップ握りしめ

オフロードバイク、セローと共に成長していく、初心者ライダー奮闘記

露呈する人間性~千葉、林道デビュー②

最初はごく普通の峠道でした。

道幅も狭く勾配はあるものの、ひび割れながらもちゃんとした舗装路だったのです。

 

 

しばらく進むと、

「砂利が始まるよ~」

ヨシさんの言う通り、ダートが始まります。

緊張しながら私もスタンディング姿勢を取って砂利の上へと乗り上げました。

しばらくはガチガチに緊張していたのですが、徐々に無駄な力が抜けるようになります。

 

道は本当にフラットだったからです。細かい砂利が押し固められられているのでタイヤも滑りません。

「あ、このくらいなら走りやすい~」

私が言うと、

「ホントだ。俺も、このくらいなら楽しく走行出来る」

ヨシさんも応えます。

 

 

「あっ! 鹿だよ」

前方に鹿が佇んでいました。

「あぁ本当だ~。写真撮りたいけど逃げちゃうかな?」

私がバイクを停める間もなく、鹿はおっとりと走り去ってしまいました。

「あ~残念、やっぱ行っちゃったか」

「でも、鹿が出るくらいには山奥って事なんだね」

「ね。鹿に出逢えるだなんて、なんだか幸先いい感じ」

「だね~」

 

 

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そんなやり取りが出来るくらいに穏やかな林道でした。

ですが、オフロードというものはほんの少し場所と状況が違えば、全く違う顔を見せるものです。

 

 

「うっわ、ケツが滑る…」

ヨシさんが言います。砂利が大きくなり、少しだけガレて来たのです。

「ちうさん、大丈夫~? 怖かったら言ってね」

「いや怖いのはずっと怖いよ!」

ヨシさんの優しい問い掛けに、何故かキレ気味で返す私。

 

ほんの少し前まで平坦な砂利道すら怖くて走れずにいたので、林道に入るだけで緊張していました。

あきにゃんさんと御荷鉾林道を完走出来たことで少しだけ自信を取り戻してはいましたが、やはり私の中でオフロードは『怖い所』という概念が払拭出来ずにいたのです。

その上、車体がグラつくほどのダートと来ては、完全に極限状態になっていました。

「あはは、そっか。ごめんごめん」

私からの理不尽な返しにも、笑って謝るヨシさん。

「もし怖かったら停めて休憩するか、もっとゆっくり走るから言ってね」

「うん…。いやごめん! 止まるのもスピード落とすのも怖いから、むしろもう少し速く走って欲しいかも」

 

メーターを確認すると19kmと、20kmすら下回っていました。前回の林道ツーリングであきにゃんさんから、登りでは30kmくらいの速度を維持していけばまず転ばない、と教えられていたので、逆に遅いのが怖く感じたのです。

 

遅すぎると凹凸にタイヤを取られて転倒する危険性も高まり、エンストしてしまう事もあります。現に、それ原因で転倒した事もたくさんありました。

「あぁそっか。ごめんごめん」

ヨシさんがスピードを上げてくれます。

 

今思えば、そんなにキレるのならば私が前を走れば良かったというのに、よりにもよって林道デビューのヨシさんに先導を任せておいてその言い草は本当に酷い話でした。

ですが、この時の私はそれどころではありません。

そしてヨシさんは、そんな極限状態の私を見て、どこか楽しんでいる余裕すらあるようでした。

 

「これがバイク歴の差というやつか…」

ヨシさんのその余裕に、かすかな嫉妬心すら抱いたのです。

「ん、何か言った?」

「いえ何でも」

「そう? …あっ」

ヨシさんが声を漏らします。

「ちうさん、やった! 頂上だよ。そして舗装路に出るよ」

「え、ホント!?」

ヨシさんの言う通り、間もなく舗装路へと出ました。

そしてその地点が頂上だと言う事を示す看板もあります。

 

バイクを停めて降車すると、

「やった!」

「やったね!」

グローブ越しにハイタッチをします。

まだ折り返し地点だというのに、すっかり『やり遂げた感』に浸る私達。

 

 

「この先はもうずっと舗装路なのかな?」

「分かんない。そうなのかも?」

 

ですが、そんな事は全然ありませんでした。

むしろ、そこから先の方が難所だったのです。

 

 

すぐに舗装路がなくなり、再びダートに入ります。

しかも、砂利ではなく赤土でした。

昨日までの雨を受け、土がぬかるんでいます。

「マジかぁ」

「ケツが滑る…」

下りのルートで滑る赤土の上を走らなければいけません。あちこちに水溜まりや陥没もありました。

「これさ…」

私が、疑問に思ったことを呟きます。

「果たして、初心者二人で入っていいような林道だったのかな?」

「あははは…」

 

 

それでも、二人とも『引き返す』という選択肢はありませんでした。

それはここまで来たのに引き返すのが悔しいからというのも勿論ありますが、その必要性を感じるギリギリ一歩手前の難易度だったからです。

勾配も緩やかでカーブもそれほどキツくはありません。路面にさえ気を付けていれば大丈夫そうでした。

 

カーブを曲がると、ヨシさんが音もなく転倒していました。

「え、あれ? 大丈夫?」

声を上げる事もなく、音もしなかったので完全に不意をつかれました。

私も慌ててバイクを停めます。

「あ、うん。俺は何ともない。セローも…うん、大丈夫そうだね」

ヨシさんは事もなげに自分のセローを引き起こします。私はまだ降車も出来ていない状態で、ヨシさんはすっかり再出発出来る状態となっていました。

「あー、ちょっとぉ! せっかくヨシさんの『初ゴケ』を撮ろうと思ったのに 」

「え? ご、ごめん」

またも私の理不尽な言葉に謝るヨシさん。

「…もう一回バイク倒す?」

「いや、いい…」

私が言います。

「さすがにそれはヤラセでしょ」

 

 

ヨシさんの転んだ場所は、水の通り道になったらしく右側が大きく陥没していました。

カーブを曲がった先に突如現れた大きな陥没に驚いて思わずフロントブレーキを使ってしまったらしく、それが原因で陥没へと滑り落ちてしまったのだそうです。

 

ですが柔らかい土の上に転んだので、バイクにも全くキズはついていませんでした。

 

 

「終わった…」

「終わった~」

「やったー!」

舗装路に出て、民家も見え始めるとようやく人心地つきます。

 

 

ですが私はヨシさんに言わなければならない事があると、すぐに気付きました。

「ヨシさん、ごめんね」

「え、何が?」

「キレたり理不尽なこと言ったりして」

「へ? そうだったの?」

全然気付かなかった、と言います。

これは…。

私が普段からそんな奴だからなのでは、と逆に不安になります。

ヨシさんはそれに慣れて来ただけなのでは、と。

 

 

「あー私…」

どんよりと口に出します。

「なんか頑張ろうと思う、色々と」

オフロード走行だけでなく、人間性の向上についてもなのですが、それを聞いたヨシさんは、

「うん、頑張ろうね」

と朗らかに応えてくれたのでした。