アクセルグリップ握りしめ

オフロードバイク、セローと共に成長していく、初心者ライダー奮闘記

富士林道ツーリング~後編

ダートを抜けてコンビニに停車すると、トシさんが「また水買わなきゃ」と降車しました。

「もぉ、せっかく用意してたのにぁ」とボヤくトシさんに、軽く笑ってしまいます。

ダート途中でトシさんの積載からペットボトルが落下し、蓋が開いて中の水が全てこぼれてしまったのです。

ダートでの振動は想像以上なのかもしれません。

 

 

休憩を終え出発です。

舗装路を伸びやかに走り抜けていると、富士山が姿を現しました。

「わぁ~今日は富士山が綺麗だね~」

インカム越しにヨシさんに言うと、

「そうだね~。雪を被ってるから尚のこと綺麗に見えるね」

と応えます。

 

 

と。

前方のお二人が減速し、ウィンカーを出して左折します。

「え」

そして唐突に砂利道へと突入しました。

今日のダートは先程のどフラットで終わりなのだと思い込んでいた私は、一気に緊張してしまいます。

「ここ…怖いかも。てか怖い!」

「だ、大丈夫?」

すっかり気を緩めていたのもあり、その砂利道の凹凸が余計怖く感じられます。

立ち乗りになりバランスを取りますが、砂利で後輪が滑ってしまい更に焦りました。

進んでいくともっと荒れており、ぬかるみや水溜まりもあります。

タイヤが取られて転倒してしまうイメージが沸き起こり、思わず停まってしまいそうになりました。

ですが、前方を走る総監督は座り姿勢のまま淡々とそこを進んでいます。

 

『今度、総監督の後ろを走ってみたら勉強になるかもしれませんよ』

 

前回の箱根ツーリングの後、こうちゃんさんから言われていました。

確かに、同じ女性である総監督の走りは私にとってとても励みになります。

総監督は派手なジャンプやフロントアップは勿論、立ち乗りすらしていません。それが総監督特有の走り方らしいのですが、そうやって座り姿勢でもバランスを取りながら進めるという事実が、私でも走れるのかもと徐々に思えるようになりました。

 

 

ガレ場を抜けて拓けた所に出ると、バイクを停車させました。

Kさんが降車し、ヘルメットのシールドを開けながら話し掛けて来ます。

こじかさん、大丈夫~?」

「あはは、もぉギリギリです!」

私はありのままを答えました。本当はここで『大丈夫です』と笑いたいところなのですが、見栄を張っても仕方ありません。

Kさんは初参加のヨシさんにも聞きに行っていましたが、

「ヨシさんは…まぁ大丈夫ですよね?」

と言い、ヨシさんも笑いながら

「えぇ~? いえいえ」

と答えていました。

 

 

こじかさん、さっき滑ってましたよね?」

トシさんから聞かれます。見られてたんだ、と少し恥ずかしくなりました。

「えぇ、はい…」

転ばなくて本当に良かったです。

「あ、そうそう! 私林道ではマイペースに走っちゃうんで、もし遅かったら抜かしてくださいね」

「いえいえ、大丈夫ですよ」

トシさんが言ってくれました。

 

 

ひと息ついて、出発です。

「この先はずっとアップダウンが続くから」

Kさんが言っていたように、結構な傾斜で上りと下りを繰り返します。

ですがガレてなく陥没もなかったので、ゆったりとした気持ちで進む事が出来ました。道幅もあります。

「富士山綺麗!」

「ホントだね~」

 

 

 

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富士山をバックに、すすきが風で揺れています。

ゆったりと林道を走りながら眺める富士山は格別でした。

私がそう言うと、

「ホントだね~。いい道を案内してもらってるよね」

「うん。こういう林道って、教えてもらわないと分からないから。ホントに有難い」

「そうだね~」

 

 

 

Kさんと総監督が交互に先導を交代し、先導を取らなかった方が後ろにまわって全体を見て走っています。特に私や、初参加のヨシさんの走りを気にかけて下さっているようでした。

その様子を見たヨシさんが、

「すごい連携だなぁ」

「うん、そうなの。めっちゃカッコイイよね」

「信頼し合っている感じだね~。参加してる俺もすごく安心出来る」

ヨシさんがそう感じてくれた事に、私も嬉しくなりました。

 

 

お昼ご飯はジンギスカンを食べました。

 

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熱々のジンギスカンが、冷えた身体に心地よく染み渡ります。

 

食後、軽くダートを抜けて森に入ります。

そこで各自持参して来たハンモックを設置し、ハンモック休憩です。

 

「え、なんで皆ハンモック持ってるの…?」

総監督の言葉に皆で笑い出します。

総監督とヨシさん以外の全員がハンモックを持って来ていたのです。

 

 

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「あはは、確かに。なんか異様な光景ですよね」

お湯を沸かしてコーヒーを淹れて飲んだ後、ハンモックで横になりました。

全員で色んな話もします。

 

 

 

「じゃあお気を付けて。ヨシさんも是非また参加してくださいね」

「はーい、ありがとうございます」

「今日はありがとうございました」

 

 

手を振って別れます。

「あたたかい人達だったね」

インカム越しに、ヨシさんがそう言いました。

「うん、そうなの~」

「ちうさんがいいバイク仲間に恵まれてホントに良かったよ」

まるで保護者のような口ぶりに、「ありがとね」と返しながら少し笑ってしまいました。

前回私が箱根林道ツーリングに参加すると伝えた時、

『大丈夫かなぁ? また変な人達じゃないといいけど…』

と心配してくれていたのです。

今日皆さんにお会いし実際一緒に走ってみて、ヨシさんは心から安心したようでした。

 

 

「私ね、Kさんが…」

切り出してみたものの、自分の心境をどう語り出したらいいか分からず口を噤んでしまいます。

「…うん?」

少しだけ考えて自分の考えを纏めます。

「私の、『バイクを傷つけたくない』って主張は、オフ車界隈では甘えとか我儘とか言われちゃうでしょう? Kさんが、そんな私の主張を尊重して受け入れてくれたのが、すごく嬉しかったんだ」

「うん」

 

 

私にとってセローは、私の生涯唯一の贅沢品なのです。

他の何ものをも手に入れられなくとも、多くのものを失っても。

私の元に来てくれた、私に許された、たった一つの贅沢品。

 

セローは決して高級車ではありません。

大型車でもレアな車種でもありませんし、私の車種は最新モデルですらありません。

量販されている、むしろ手頃なオフロードバイクです。

私にはそれが精一杯でした。

 

──正直。

バイクを複数台持ち、用途によって乗り分けしている人や、次々買い替えられる人を羨んだりした時期もありました。

 

でも、セローはどんな道でも頼もしく走ってくれました。

私にとって唯一無二の相棒なのです。

もし、セローのエンジンが動かなくなったなら。

それは、私が走れなくなる時なのかもしれません。

 

 

だからこそ、セローが走れる所ならどこへでも行きたいと思いました。

一緒にどこまでも走り、風を切り、光を浴び、色んな景色を目にしたいと。

 

 

色んな道を、いっぱいいっぱい一緒に走りたい。

セローを大切にし続けたい。

 

 

相反するようなこの二つの感情は、どちらも譲り合う事なく私の中に融合し続けてきたのです。

 

 

──ありがとう。

 

セローのボディにそっと触れると、乾いた泥汚れでザラついていました。

「あはっ、帰ったら今日も念入りに洗車だな~」

私が笑うと、

「お、相変わらずだねぇ」

ヨシさんが笑い返しました。