「こじかさん、手足がガチガチだからさ」
「あ、はい」
ベンチに腰掛けたKさんが、煙草を燻らせながら話し掛けてきました。
「今度、立ち乗りでビョンビョンさせてみるといいですよ。あと、左右にハンドル切りながら走ってみたり。
それやりながらタイヤが地面にグリップしていく感覚を掴んでいけば徐々に怖くなくなると思うよ」
「へぇ~。はい、やってみます!」
そういえばKさんも、そうやってビョンビョンしたりジグザグ走行したりしていました。
「あれ、てっきり遊んでるんだと思ってました」
「うん、遊んでるんだよ」
「遊んでたんかいっ」
思わず飛び出したツッコミにも動揺せず、
「遊びながらタイヤと地面の感覚掴んでたんですよ。どうせやるなら楽しい方がいいでしょ?」
Kさんが笑って返しました。
その後の林道は私の中でかなりの難易度でした。
あちこちに大きな水溜まりがあり、ぬかるんだ土の上を走る場面もあります。そして凹凸とガレ場の連続に半泣き状態でしたが、Kさんの助言に従いあえてバウンドさせてみます。
手足を柔軟にすると、確かに振動が緩和されていく感覚があったのです。
バイクを停めて、お昼休憩です。
ヒロさんがキャリアに積んでいた段ボールを下ろし始めます。
「大丈夫ですか? 何か運ぶの手伝いましょうか」
私が声を掛けると、
「いえいえ、大丈夫です」
と答えられます。
「それにしても、よくこんな段ボールを積載してオフロード走れましたよね~」
「あはは。まぁ、軽いんで」
ヒロさんは私達のお昼ご飯となる『金ちゃんヌードル』を、段ボール一箱分載せて走ってくれてたのです。
以前LINEのやり取りで、私が金ちゃんヌードルを知らないと伝えたところ、その話題で持ち切りになりました。
金ちゃんヌードルとは、徳島製粉さんで販売されているカップラーメンの事です。
四国、静岡県、沖縄県での販売が特に多く、反面、静岡県以外の東日本と九州南部では殆ど流通していないのだそう。
ご多分に漏れず神奈川在住の私もその存在を知らないままでした。
すると、本日参加を表明したヒロさんが、
『では、金ちゃんヌードルを1ダース持って行くので皆で食べましょう』
と言ってくれたのです。
屋根のあるところで思い思いに腰を下ろし、お湯を沸かし始ます。
「こじかさん、お湯沸いたよ~」
セロンさんが声を掛けてくれました。
「はーい、ありがとうございます」
3分待って食べた金ちゃんヌードルは、麺がモチモチしていてとても美味しかったです。初めて食べる味にウキウキします。
皆さんが食後に、豆をゴリゴリと挽いて珈琲を淹れ始めています。
「ツーリング先で飲む珈琲は美味いんだよなぁ」
と朗らかに笑い合っていました。
「はい、こじかさんも珈琲」
「え、ありがとうございます!」
セロンさんが珈琲も用意して下さいました。
カップラーメンや珈琲はおろか、それに使う水もお湯を沸かす為の道具も、私は一切持って来ていませんでした。
快く差し出して下さった皆様の優しさに、胸があたたかくなります。
珈琲を飲みながらの雑談が始まります。
全員の走りを撮影し、ニコニコしながら話をしてくれるこうちゃんさん。私と同じセロー乗りでありながら、急峻なオフロードを走り抜けるというRさん。
皆の為にと、嵩張る荷物を積載して走ってくれたヒロさん。何かと笑いを取ってくれるセロンさん。
それぞれの個性があり、オフロードにおいてやりたい事もおそらくバラバラでしょうに、それでもこうして一緒に走り、談笑し打ち解け合っています。
それがとても心地よく感じられました。
「この柱にハンモック掛けられるかな?」
Kさんが言うと、
「そうだ! 俺ハンモック持って来てるんだ」
セロンさんがリュックをゴソゴソし始めます。
「ハンモックはよく使ってらっしゃるんですか?」
私が聞くと、
「いや、買ってからまだ一回も使った事ないんだけど」
ハンモックを使い慣れているという、Rさんが既に設置を完了しています。
セロンさんも、設置の仕方が分かんないとボヤきながらも、他の人達のアドバイスを受けセッティングさせていました。
「こじかさん、ちょっと乗ってみます?」
Rさんが言ってくれました。
「いいんですか? ありがとうございます! でも…私が乗って落ちないかなぁ?」
オフブーツを脱いで、恐る恐る腰掛けます。
「大丈夫ですよ。300kgまで耐えられるので」
「へぇ~、そうなんですね」
腰掛けた状態から身体の向きを変え、横になります。まるで包み込まれているような感覚になりました。
「これいいですねぇ」
私が言うと、
「でしょ? ツーリング先で木とかにセッティングして横になると、景色も綺麗だしいい休憩になるんですよ」
「うわぁ…それ素敵ですね」
それを想像したら私も欲しくなっちゃいました。
この日の夜に早速、ハンモックを注文してしまったくらいです。
その隣で、セロンさんがご自身のハンモックに腰掛けます。ところが、バランスを崩して転がり落ちてしまいました。
「だっ、大丈夫ですか!?」
幸い頭を打たずに済んだセロンさんが、体勢を立て直しながら、
「なんだこれ? 不良品だなぁ」
とボヤきます。
「ちょっ!自分の乗り方のせいでも、設置のせいでもなく真っ先に『不良品』って!!」
「セロンさん、面白すぎますって」
総監督と私とで、笑い転げながらツッコミを入れました。
「あ。こじかさん、これ」
そうしてKさんが差し出してくれたのは、オフ車メンテナンスの本でした。
「あ、これ!」
LINEのやり取りで、メンテナンスの仕方を少しずつでも学びたいと言っていた私に、今度会った時にそういう本があるからあげるよと言ってくれていたのです。
「でも…。ホントにいただいちゃっていいんですか? まだ使うんじゃ」
「いいのいいの」
手をヒラヒラさせながら笑って返します。
「俺はもう充分に読んだから。こじかさんがそれ読んで勉強して、要らなくなったらまた次の誰かに渡してくれたらそれで」
お礼を言って、有難くいただく事にしました。
「じゃあ、お疲れ様~。気を付けて帰ってね」
「はい、ありがとうございました」
手を振り合って別れます。
帰り道を走りながら、胸がホクホクしているのを感じました。
初めて走る林道、初めて食べるカップラーメン、ハンモック休憩に挽きたての珈琲。引き継がれていく本。
皆で笑い転げる憩いのひと時──。
あぁ、こういう林道ツーリングの形もあるんだなぁ。
過去最高レベルの泥にまみれたセローを走らせながら私は、心軽やかにシフトアップさせていったのでした。