二つ目の集合場所で全員が揃うと、改めて挨拶を交わしました。
本日の参加者は、全部で7人だそうです。
「ところで、こじかさんはどのくらいのレベル?」
Kさんが聞いてきました。
「…ん?」
私が公園お砂場レベルより低い事は散々伝えてある筈なのに、と首を傾げます。
「だって、『初心者』だって名乗っても一緒に走るとシャーって走り抜ける人もいるから」
Kさんが、『シャー』の部分で、ダイナミックなターンのジェスチャーをしてみせました。
「いやいや、ないです。ホントに。平坦な砂利道ですら怖々走るのがやっとなんで」
なるほど。
オフ車の世界には『フラット林道詐欺』なるものもあれば、『初心者詐欺』という、参加者による詐欺も存在しているらしいです。
ツーリング前のレベル擦り合わせの齟齬は、そうやって起きるのかもしれません。
私は自分の力量を、嘘も脚色もなくありのままに伝えます。
「では出発しましょう」
「はーい」
しばらく走って林道の手前まで来ると、傾斜している細道で皆さんがUターンをし始めました。
「え、…あれ?」
どうやら道を間違えたようなのですが、軽快にターンしている皆さんと違い、私はバイクを降りて取り回しをしなければいけません。
ですがそこは登り坂の途中、セローが重くてうんともすんとも動きません。せめて道幅があればアクセルでターンが出来るのですが、それも無理な状態でした。
どうしよう、皆さん先に行ってしまった…。
どんより沈み込んでいると、
「あ、Uターンさせましょうか?」
後ろのヒロさんが声を掛けて下さいました。
「え、はい。お願い出来ますか? ありがとうございます!」
「いえいえ」
私では微動だにしなかったセローを、細腕のヒロさんがいとも容易くUターンさせてくれました。
「すみません、助かりました。ありがとうございます」
本当に有難かったです。
バイクに乗る度、己の無力さを知り、そして人の有り難さが身に染みます。
来た道を戻って進むと、他の皆さんが待っていてくれました。
そこからいよいよダートです。
スタンディング姿勢を取り、砂利道へとタイヤを踏み入れます。
…と。
前の人達の姿が、あっという間に見えなくなります。
「は、速い…」
しばらく進むと、先導していたKさんが停まっており『先行って』とジェスチャーしてきました。
私が追い越すと、後ろでKさんの走り出す気配があります。
どうやら後ろに付いて下さるようです。
「分かった! 分かったよこじかさん」
しばらく走ると分岐点に差し掛かり、停車したタイミングでシールドを上げたKさんがそう言って来ました。
「…分かりましたか?」
何が?
「オフロードでは立ち乗りするよう言われてきたんだろうけど、こじかさん、手足がガチガチなんですよ」
「あ、確かに」
オフロードに入ると、恐怖心から四肢が硬直していたのは自分でもよく分かりました。
「そのせいで立ち乗りの特性が活かせてないっていうか…。振動がモロ来ちゃうから、だから怖いんじゃない?」
「なるほど~。確かにそうかもしれません」
「手足をクッションにする事で振動を逃すのが立ち乗りの利点なのに、それじゃただ怖いだけだよ」
オフロードでは立ち乗りするべきと思っていましたが、私の乗り方では不安定な姿勢になるばかりで、立ち乗りでの利点がほぼなかったようです。
「無理して立たなくていいと思うよ。このくらいのフラットなら座った状態でいいから」
「はい」
「まぁ、気楽に行きましょ。速度もマイペースでいいですし、怖かったら停まってくれても全然構わないから」
「はい、ありがとうございます!」
しばらく進むと、皆さんがトイレの手前で停車していました。
トイレ休憩のようです。
バイクを停めて降車すると、自分の手足が震えているのが分かりました。
『気楽に』とKさんから言われていたにも関わらず、どうしても恐怖心を抱いてしまうようでした。
どうして──。
手の震えを抑えながらヘルメットを脱ぎ、思いました。
どうして私は、こんなにも怖がっているというのに毎回オフロードに来たがるんだろう?
誰からも強制された訳でもない、明確な目標がある訳でもない、いつもいつも恐怖心に打ち震えてしまっているというのに。
カン、と鐘が鳴りました。
「あーあ、早速鳴らしちゃってるよ」
総監督が苦笑しながら勾配を歩いて行きます。
私も付いて行きました。
カッコイイなぁ。
総監督の後ろ姿を見ながら思いました。
オフロードを颯爽と走り抜けるだけでも同じ女性として憧れるのに、あの細道でのUターンも瞬く間に行っていました。
色んな経験値を積んだからであろう、落ち着きも感じられます。
「あの、オフロード歴はどのくらいなんですか?」
私が聞くと、
「ん~、10年くらいですかね」
「おぉ、長いですね」
私もそれくらい乗れば彼女のようになれるのでしょうか。
開けた丘の上には『友情の鐘』が設えてあり、先程の鐘は誰かがこれを鳴らした音のようでした。
丘の上には広く円形にベンチがあり、各々がそこに腰掛け休憩を取っています。
「おぅ、おつかれ~」
Kさんが手を挙げ声を掛けてくれたので、会釈をして応えました。
「わぁ~」
丘の向こう側には海が広がっていました。
青空を受け水面がキラキラしています。その手前に連なる街並みも、まるでビーズを転がしたように輝いているのです。
「綺麗ですね…」
誰にともなくそう呟くと、
「そう、ここ景色いいんだよ」
とKさんが答えてくれました。
心地よい風を肌に受けながら思いました。
この景色に出逢う為には、あのダートを抜けて来なければいけません。
だから私は走りたいのかもしれない。
電車でもなく、徒歩でもなく。バイクで来たからこそ得られる感動。
度胸試しがしたい訳でも、技量を競いたい訳でもありません。
ですが、ともすれば矮小になりがちな私の世界をぐんぐん広げてくれる相棒、オフロードバイクを得たのです。
──セローが行ける道なら私も共に走りたい。
ただただ私はそう願い、走り続けて来ただけなのかもしれません。