神奈川県と千葉県とを結ぶアクアラインの途上にあるパーキングエリア、『海ほたる』。
そこにセロー2台を並べて駐輪し、軽く休憩を取ることにします。
まだ朝早い時間の為、営業しているお店は殆どありません。
「ちうさん、どうしたの?」
ショップガイドに見入ったまま動きを止めている私に、後方からヨシさんがそう声を掛けてきました。
「あ、うん」
唯一営業しているらしき一店舗の案内図を指差しながら、私が答えます。
「アレ、食べたいなぁと思って」
「お、いいねぇ。じゃあ食べよっか」
そこには、『あさりまん』と書かれた商品がありました。
あさりまんの中には具がたっぷり入っており、大きく食べ応えもありました。ヨシさんと二人、ハフハフしながら頬張ります。
「この後なんだけど。このまま真っ直ぐ林道に向かうんでいいかな?」
ヨシさんの問い掛けに、
「うん、もちろん」
食べながら、応えます。
「あぁ~でも私大丈夫かなぁ? 緊張する~」
私が言うと、
「まぁ、フラットらしいから大丈夫でしょ。無理そうだったら引き返そう」
笑いながら鼓舞してくれます。
あさりまんに齧り付きながら私は、本来だったら私とヨシさんとのやり取りは逆なんだよなぁ、とちょっと情けなく感じました。
今日林道デビューするのはヨシさんの方で、私はほんの少しだけ、オフロードの先輩なのですから。
セローを購入し、1500km以上の慣らし走行を終えたヨシさんが、
「林道に行きたい」
と言い出したのは半月以上前の事でした。
それからすぐに梅雨入りし、企画を立てるも中々実現出来ずにいたのです。
6月最終日となった今日、ようやくそれが実現出来る運びとなったのでした。
お互いのセローに跨り、海ほたるを後にします。
「ヨシさん、すっかりオフ車乗りだよね~」
前方を走るヨシさんの装備を眺めながら、私がそう言います。
ちょっと前まで、アメリカンスタイルを崩さなかったヨシさん。「俺、形から入るタイプだから」と自分で言うように、セロー購入後すぐに、オフロードブーツとプロテクター付きのウエアも購入していました。
「そお?」
「うんうん」
その姿はすっかり、オフ車乗りのそれでした。
「オフ車スタイルも、よく似合ってるよ」
「ありがとう」
千葉県内の下道に入ると、小雨が降ってきました。
「あーやっぱ来たね」
季節は梅雨シーズン真っ只中。多少の雨は覚悟の上で来ています。
「カッパ着る?」
ヨシさんの問い掛けに、
「うん、そうしよっか」
と答えました。
「ヨシさんと初めて千葉に来た時、この道で土砂降りに遭ったことだしね~」
『雨雲を呼ぶ男~勝浦、雷雨ツーリング』↓
https://qmomiji.hatenablog.com/entry/2020/07/28/064631
私のセリフにヨシさんが「あはは」と笑い、
「あ、あそこにバイク停めてカッパ着よう」
と駐車場へと入ります。
上下のカッパを着込んで走り出します。
国道127号線を、海を眺めながら気持ちよく走り進めました。
「海きれーい」
「気持ちいいねぇ」
「ねー。でも、あつーい」
私が言います。
「確かに。カッパって風通さないから暑いよね」
と同意した後、
「あっ! ここだ」
トンネルの手前を曲がっていきます。
目的の林道の始まりでした。
そこで一旦バイクを停めます。
結局。
二人とも、そこでカッパを脱ぎました。
結果的にその選択は正解でした。その後雨は本降りにならなかったですし、林道を走るのは体力を使うためか、とても暑くなったからです。
ただ、ヨシさんはこの時、一つだけ選択ミスをしたのです。
「私、タイヤの空気抜くね~」
「うん、どうぞどうぞ」
前輪後輪の空気を抜いた後、
「ヨシさんも抜く?」
エアゲージを差し出しながら聞きますが、
「俺は、まぁいいや」
その答えに、私も強くは勧めませんでした。
この林道の情報を調べたのはヨシさんで、大体の長さや路面状態なども把握しているようでした。
アスファルトとダートを繰り返すような軽めの林道だと言っていたので、ヨシさんにはエアを抜く必要性が感じられなかったのかもしれません。
それと、ヨシさんのこれまでのバイク経験も私の頭にはありました。
ヨシさんは車重300kgもの大きなアメリカンバイク『fury』に跨りながら、気になる細道へと入り込み、砂利道だろうが急勾配だろうが走り抜けちゃうような人なのです。
その話を聞いた私は、
「変態だね」
と笑いながら言い、
「そんなヨシさんにこそ、オフ車がオススメなのに」
と口を尖らせていたものでした。
そんな大きく重い車体で器用にUターンしている所も何度も目にしました。
まして今日は軽くて小回りの利くオフ車セローなのです。ヨシさんにとっては、操作も訳ない事なのかもしれない、と思ったのです。
オフロード初心者が、たった二人で林道に入ることに不安感があまりなかったのも、ヨシさんにそんな経験値があったからでした。
それに、親しい者と走るのならば、『怖い』『無理』とも言いやすく、引き返すという選択肢も提示しやすいだろうと思ったのです。
実際ヨシさんとは、「無理そうだったら引き返そうね」と言い合っていました。
「あっ、車来たよ」
不意に、これから走ろうとしている細い林道から、一台の乗用車が出て来ます。
その車は私達の脇を通り抜けて行きました。
ですがそのすぐ先で停車し、中から何人か降りてきました。
まさか私達、絡まれる!?
警戒しましたが、どうやら違うようでした。
「うっわ、マジかよ!」
「あはははは! 車めっちゃ泥だらけじゃん」
「信じらんねー! ガタガタだったしよぉ。あぁ~、めっちゃ怖かった」
降りてきた若者達は、口々にそう言い、最後には大声で笑い合っていました。
私とヨシさんは目を合わせます。
──それって、私達がこれから走る林道の事だよね?
少しだけ不安になります。
「よし、行こう!」
ヨシさんが決意を込めて高らかに宣言します。
「う、うん」
私も覚悟を決めました。
2台のセローは走り出します。
そうして、未知なる林道へと入り込んでいったのでした。