「やぁ~、気持ちいいなぁ」
風を感じながら私は、Oさんのセリフに同意しました。
オフ車とSSは確かに特性は違いますが、走る速度やツーリング形態を合わせればちゃんと一緒に楽しめるのだなぁと思い、嬉しくなります。
OさんのNinjaはカーブの度にバンクしながら軽快に走り抜けます。
「カッコイイですね~、そのNinja」
「そうっすか?」
Oさんが嬉しそうに応えます。
「俺のはボロいんですけどねぇ。新車で購入して、もう30年になります」
「30年!? へぇ~凄い!」
30年も同じバイクに乗っているって、逆に凄い事だと思いました。
「ま、あんま距離乗ってなかったからですよ。ずっとボッチだったんで、なんか走る気がしなくて」
「そうなんですか?」
「そうですよ~。普段からボッチなのにバイクでまで一人で走る気しないです」
温泉旅館に到着し、駐車場にバイクを停めます。
旅館前には小さくメニュー表が出ていましたが、ハンバーガーの看板は一切ありませんでした。
入り口でブーツを脱ぎ、受け付けに進みます。
完全に温泉旅館の受け付けなので、本当に? と思いながらも見ると、先程のメニュー表が台の上にありました。そこでハンバーガーを二つ注文し、奥の大広間へと案内されます。
やがてやって来たハンバーガー。
旅館の大広間へと運ばれて来たハンバーガーは、ちょっと奇異な光景ながらも、やっぱり美味しそうでした。
一口では上から下まで齧れないほど厚みがあります。
「美味しい!」
ビーフ100%のパティはやや硬めで弾力があり、じっくりローストされた玉ねぎとスライストマトとの相性は抜群でした。パンも柔らかく、特性ソースの味も馴染んでおりそれもまた美味しかったです。
空模様が怪しくなって来たのは、食べ終わってからでした。
文字通り、梅雨時らしく空が暗くなって来たのもありますが──。
私はOさんとのズレを感じ始めたのです。
「さて、この後ですけど」
バイクに戻って出発の準備をしながらOさんが言います。
「道志に行って、奥多摩へ向かいましょうか」
「…え?」
もう午後1時を過ぎていました。道志はともかくとして奥多摩まで行ってしまうと、帰りがかなり遅くなってしまいます。
今日の集合時間は11時と、ゆっくりめでした。なので一緒にランチをして、軽く走って解散するくらいの感覚でいたのです。
「いえ、私道志まで行ったら帰ります」
「なんで?」
…なんで?
「だって、帰りも遅くなっちゃいますし。それに空模様も怪しくないですか?」
Oさんが空を見上げた後、雨雲レーダーを調べて「え~? でも降らないみたいですよ?」と返しました。
とりあえず、道志まで行こうということに。
平日の道志みちは空いていて、伸び伸び走れて確かに気持ち良かったです。
道の駅どうしに着くとOさんは、
「なんか甘いものでも食べたいなぁ」
とこぼして食券を購入しました。白玉クリームパフェのボタンを押しています。
「はい、俺の奢りです」
「え、あ…」
つい先程大きなハンバーガーを食べたばかりなので、正直私はお腹がいっぱいでした。
ですが既に食券を買ってもらっているので、それを言える空気でもありません。
「ありがとうございます。でも出しますよ」
Oさんに小銭を渡し、出てきたパフェを無理矢理お腹へと押し込めます。
バイクに戻るとOさんが、
「じゃ、奥多摩行きますか」
ナビを奥多摩方面に合わせています。やはり一緒に行くつもりみたいです。
どうしよう、と困りました。
もう15時半です。今から奥多摩に向かってすぐ帰るのだとしても、帰りは完全に夜になってしまいます。
「あの、やっぱり私は帰ります」
Oさんは私の顔を凝視しました。
「お住まいはどの辺でしたっけ?」
私が住んでいる辺りを口にすると、
「じゃ、そっち方面走ることにするんで」
と返しました。
「いえ、い…」
いいです、と返そうとして思いとどまります。Oさんは何も、私を送って行くと言っている訳ではありません。
きっと、まだまだ走りたいのでしょう。せっかく走るなら一緒に走ろうと思い、私が帰る方向へとツーリング先を変更するだけなのかもしれません。
だとしたら私に、Oさんを止める権利はありません。
神奈川方面へと引き返して行きます。
「道が分かんないんで」
と言われ、私が先導する事になりました。
途中、
「あっち側行くと面白い自販機あるんですよ~。行ってみません?」
言われましたが、その地点まで片道一時間もかかる上、反対側へ戻ることになるので私は辞退しました。
「いえ、私は帰るので…」
お一人で行って下さい、というセリフはかろうじて呑み込みます。
Oさんは、「ちうさんが行かないのなら俺も行かなーい」と言っていました。
自宅近くになり、適当なコンビニに入ってバイクを停めます。
このままだと自宅にまで付いて来そうな勢いだったので、少し怖くなったのです。
「じゃあ、何処かいいお店知りません?」
Oさんが地図を検索しながら聞いてきました。
私もよく分からず地図で調べ始めます。ツーリング以外、日常ではほぼ外食をしないため、近隣のお店をほとんど知らないのです。まして、大型バイクで入りやすそうな店など、一切分かりませんでした。
私がそう言うと、
「あー全然いいっすよ、多少走った先とかでも。俺は今日、日付けが変わるくらいまでに帰れればいいので。ちうさんは何食べたいですか?」
えっ、私?
「いえ私は…」
もう帰るって、さっきから言っているのに…。
「そろそろ小腹が空いて来ません?」
もう17時過ぎですが、全然空いていませんでした。でも、問題はそこじゃありません。
「いえ。私、もう帰ります」
今日何度目か分からないセリフをまた口にしましたが、それだけではまた通じないかもしれないと思い、
「そろそろ家族が帰って来るんです。帰って、夕飯の支度をしなきゃいけません」
だから帰ります、と付け足しました。
そう。
私はナイトツーリングや泊まりツーリングもやりますし、帰りが夜になる事だって確かにあります。
でもそれは、事前に計画し下準備や根回しをしてようやく出来る事なのです。
当日急に帰りが遅くなるのは困ります。
「分かりました。ちうさんが帰るなら俺も帰りますね。俺、一人じゃ走れないんで」
Oさんがようやくそう言ってくれて、ホッとしました。
「あ、今日撮った写真送りたいんで、LINE教えて貰えます?」
LINEを交換し、ようやく別れて帰路に着きました。
セローの洗車を終え自宅に入ると、Oさんからメッセージが届いていました。
『今日はありがとうございました。めっちゃ楽しかったです! これから、休日のたび一緒に走りましょうね。泊まりロンツーも行きましょう!!』
携帯電話を放り、
「ああああぁぁぁぁ」
獣のような呻き声を上げてベッドに倒れ込みます。
疲れた、と思いました。
こんな近距離短時間のツーリングでここまで疲れたのは初めてでした。
そして改めて、バイク繋がりの難しさを実感しました。
マスツーリングは、価値観の擦り合わせで成り立っています。
運転の技量、走るスピード、走りたい道、食べたい物や食べる量、ツーリング開始時間や帰り時間。
皆それぞれ違います。
思えば、生活様式の違う人達が時間を共にし、何時間も一緒に走るのです。
『ツーリングはこうあるべき』は、人それぞれ違うため、お互いの気遣いや多少の衝突は当然なのかもしれません。
今日は、その擦り合わせが全然うまく行きませんでした。
それでも私はバイク仲間の繋がりを広げたいか──?
自問します。
広げたい、と思いました。
各車種の乗り方があるように。
色んな人達の色んなツーリングの在り方や、色んな価値観を見て、もっともっと成長していきたい。
「あぁ、やっぱり…」
私は、バイクが好きなんだなぁ。
疲れた頭で、しみじみとそう実感しました。