「なぁ、明日雨降らないみたいだし、バーガー食いに行かない?」
不意に聞こえてきた知人男性の呼びかけは、彼の隣にいる、別の男性へと向けられたものでした。
「お、そうなの?」
「そう。予報だと、夕方まで天気持つみたいだよ。行く?」
「いいねぇ。行く行く」
「んじゃ、決まり。名付けて『バーガーツーリング』かな」
それまで知人男性二人の会話を漫然と聞き流していた私ですが、『ツーリング』という単語にピクリと耳が反応します。
そう言えばこのお二人はバイク乗りなんだっけ、と思い出しました。
私がセローに乗っている事も、彼らにお話しした事があります。
「で、行き先はどこにする?」
更に聞き耳を立てていると、お二人は関東圏での有名なライダーズカフェをいくつか候補に挙げ、最後に神奈川県内の温泉地を口にし、
「やっぱ、バーガーと言えばあそこかな」
と言い放ちました。
え、温泉地でハンバーガー…?
その温泉でしたら私も行ったことがありますが、あくまで温泉に浸かりに行っただけで、ハンバーガーのイメージなど全くありませんでした。
「あの、すみません…。あそこの温泉街にハンバーガーの名店があるんですか?」
たまらず私が会話に入っていくと、
「あぁいえ、温泉街っていうか…。あそこの温泉旅館に旨いハンバーガー出すとこがあるんですよ」
これがまた絶品で、と知人男性Oさんが破顔します。
え、温泉旅館でハンバーガー…?
ますます訳が分からず首を傾げていると、Oさんが携帯電話の画像を開いて写真を見せてくれました。
そこには肉汁したたる分厚いパティとたっぷりお野菜とが香ばしそうなパンに挟まれた、ボリュームたっぷりなハンバーガーが写し出されていたのです。
「お、美味しそうです…」
ヨダレを垂らさんばかりの勢いで私が見入っていると、
「はい! じゃあちうさんも参加決定ね~」
Oさんに言い放たれます。
「えっ、いいんですか?」
「勿論ですよ~」
「では、よろしくお願いします!」
そんな経緯で。
急遽マスツーリングの運びとなりました。
6月下旬の梅雨時真っ只中──。
ライダー達の多くは走りに出たくてウズウズしながらも、連日の悪天候によりツーリングを断念せざるを得ない日々が続いておりました。
そんな梅雨シーズンでも、明日は何とか天候が安定し、夕方までは降らない予報です。
ライダーならば確かに、走り出さずにはいられません。
そして私は、初めて走る人達とのツーリングにどこかワクワクしていました。
あれ? そう言えば…
はたと気づきます。
彼等の車種はなんだったっけ…?
当日の朝。
『メンバーがもう一人増えた』との連絡を受けました。合計4人でのツーリングとなるようです。
セローに跨り、待ち合わせ場所へと赴きます。
到着するや、すぐにOさんの姿を見つけて挨拶しに行きます。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「あ、おはようございます~。はい、晴れて良かったですね」
「あの…」
空を見上げるOさんに、私はおずおずと切り出します。
「私、もしかしたらOさん達より走るの遅いかもしれませんよ?」
そう。
何も考えずウキウキでお誘いに乗ってしまいましたが、見ればOさんのバイクはKAWASAKIの『Ninja』だったのです。
Ninjaと言えば、私のようにどんなに他車種のバイクに疎い人間でも、ライダーならば必ず知っているくらい知名度の高いバイクです。
そしてデザイン性や快適な乗り心地はさることながら、スポーツバイクならではの高速スピードが出せることでも有名でした。
私のセローは高速道路の走行が出来るくらいにスピードは出せますが、スポーツバイクと並んで走れる程ではありません。
まして、私の力量では。
「大丈夫です」
Oさんが手を振りながら応えます。
「今日はあくまでバーガーを食べに行くツーリングなので。ゆっくり走りましょ」
ですが、その後合流したお二人は違ったようでした。
「ごめん! やっぱ俺、今日は奥多摩走りたいんだわ」
もう一人の男性も頷いていました。
奥多摩とは、東京都にある奥多摩周遊道路を指します。滑らかなワインディングが続く為、首都圏ライダーに人気の道なのです。
ただしそのアクセスの良さや走りやすさから、そこを走るバイク達が結構なスピードを出すことでも有名でした。
「あ、じゃあ私はいいですよ~」
私は今日のマスツーリングを辞退し、このまま軽くソロツーリングでもして家に帰ろうと思いました。
見れば、合流したお二人のバイクもOさんと同じ、スポーツバイク。私のセローが付いて行けるとは到底思えませんでした。
梅雨時の休日、せっかく天候に恵まれたのですから、好きな道を伸び伸びと走りたいでしょう。
私に気兼ねせず存分に楽しんで貰いたいですし、私自身、無理して付いていって怖い思いをしたくはありませんでした。
「あ~…、じゃあ」
Oさんが手を打ちます。
「今日は別行動にしましょうか。俺は今日はバーガー気分だから」
Oさんが提案した事で、別れる事になりました。
「ちうさんごめんね~。次は一緒に走りましょ!」
手を振って走り去る知人男性に私は、笑いながら手を振り返して見送ります。
2台のスポーツバイクが生き生きと遠ざかる姿を目にして、なんだかこちらまで嬉しくなりました。
彼らは彼らなりの走りで、今日のツーリングを楽しむのでしょう。
「さて、じゃあ俺らも行きますか」
準備を始めるOさんに、
「あ、インカム繋げます?」
私が聞きます。
「いや、俺の中華製なんすよ~。多分繋げられないかと」
聞けば、過去一度も誰かと繋いで走ったことはないのだとか。
「一応、やってみましょうか」
数分後。
「すごい! 繋がった!」
Oさんのはしゃぐ声を、私のヘルメット内にあるインカムのスピーカーが拾いました。
「じゃ、出発しまーす」
「はーい」
出発したOさんのNinjaを、私のセローが追いかけます。
初めてインカムを繋いだOさんと、初めてスポーツバイクと一緒に走る私──。
梅雨時の空模様のように、先行きの分からないツーリングです。
ですが不思議と、不安感はありません。
さて、今日は一体どんな景色に出会えるんだろう?
ワクワクしながら私は、セローのギアをゆっくりと上げていったのでした。