「…なんか、人の気配がないよね」
私がポツリと呟くと、前方を走るヨシさんが「えぇっ!? そんなことないよ」とムキになって否定しました。
「そこの角を曲がったら賑わってるんだよ。ほら、そんな気配がしてきたでしょ」
「…え? ううん、全然」
「…」
2020年、最後となったこの日──。
私とヨシさんは連れ立って、千葉県南房総市のとある路地裏を走りながらそんな会話を交わしていました。
今年の走り納めツーリングは千葉にしようと決めた私達は、横浜から高速道路に乗ってアクアラインを抜け、午前中のうちに千葉県へと入りました。
前回、ヨシさんと一緒に千葉に来た時には土砂降りの雨でしたが、今回はどうやら天候に恵まれたようでした。
『雨雲を呼ぶ男』↓
https://qmomiji.hatenablog.com/entry/2020/07/28/064631
県内に入って早速、名所の切り通しトンネルをくぐり、はしゃぎながら写真を撮ります。
そしてヨシさんお勧めの、とある飲食店へと向かったのですが、その付近の路地が静まり返っていた為、冒頭の会話となった訳です。
「あぁ…。休業日かぁ」
閑散としているのもその筈で、お店は休業日のようでした。
店先の貼り紙を見ながら肩を落とすヨシさん。
「まぁこんなご時世だしねぇ」
どうやら新型コロナウィルスの影響で急遽お休みになったようでした。
目的地がダメになった時私達がいつも交わすように、「まぁ仕方がない。また来ようよ」と言い合い、そこを後にします。
そうして向かったのが『道の駅 保田小学校』。
かつて小学校だった校舎を、そのまま道の駅として再生させた施設なのだそうです。
中の飲食店街には、小学校の給食を彷彿とさせるメニューが並んでいます。
「美味し〜い」「懐かしいねぇ」と言い合いながら食べ進めました。
食べ終わりバイクの元へと戻るや、次なる目的地へと出発です。
田園の中を走り抜けます。
「長閑だね〜」
ヨシさんが同意しながら走り進めます。
その後ろを追いかけながら、ふと思い出しました。
「そういえば。ちょうど一年前なんだよね、ヨシさんとリアルで初めて会ったのは」
「あ、そういえばそうだね」
とあるお店で偶然ヨシさんとお会いしたのは、ちょうど一年前の大晦日のことでした。
『道志に集いし同士達』↓
https://qmomiji.hatenablog.com/entry/2020/01/02/091124
「あれから一年かぁ」
「あの頃はちうさんの走り、まだちょっとヨタヨタしてたよ」
「えっ、そうなの?」
「そうそう。カーブも危なげだったし。そう考えると今はだいぶ上達した」
「う〜ん…、そうなのかなぁ」
自分では、少しも上達した気がしません。
それどころか、林道で派手な転び方をして以来、すっかりダートやカーブへの恐怖心が出て、最近ではビクビク走るようになってしまっています。
高速道路だってようやく慣れたものの、まだまだ首都高は怖いですし、複雑に入り組み車線変更を繰り返させられる都内の下道すらも苦手です。
私がそう言うと、
「怖いと感じるのは悪いことではないんだよ。少しずつ克服していけばいいと思うよ」
と応えてくれました。
「うん、ありがとう」
目的地『清水渓流』へと到着します。
バイクを停めて、『亀岩の洞窟』へと歩きました。
時間帯によっては光が差し込み、幻想的な光景になるのだそうです。
美しい水の流れに癒されたあと、長い遊歩道を歩きます。
今日は今年一番の寒さとなりました。
朝は吐く息も白くなるくらいでしたが、この時間帯には、あたたかな陽射しを受け空気も柔らかくなっていました。
「安らぐなぁ」
私がこぼすと、ヨシさんも「そうだね」と頷いてくれました。
「いい時間だし、そろそろ帰ろうか」
バイクの元へ戻ると、ヨシさんが帰りの経路を確認しながらそう言いました。
「うん」
いつもならばツーリングを終えるにはまだ早い時間なのですが、今日は大晦日のため早めに切り上げることにしたのです。
給油を終え、再び田園地帯を走り抜けて高速道路に乗ります。
道の先にはハープ橋が聳えていました。
その前方からは、紅くなりかけた太陽が地上に光を注いでいます。
「綺麗…」
思わず声がこぼれました。
「うん、綺麗だね」
ヨシさんも魅了されているようでした。
──あぁ、そっか。
両側の東京湾は青く澄み、その向こうに広がる工業地帯や高層ビルも、全てを鮮やかに見渡すことが出来ました。
おそらく、冬だから空気が澄んでいるのでしょう。
ほんの少し陽射しが変わり、時間がずれ、交通量や空気の質感が違うだけで、全く違う顔となるのでしょう。
それはまさに『一期一会』。
──これが楽しむって言うことかぁ。
その瞬間にしか出逢えない、それらの景色に触れたくて、免許取り立ての私はヨタヨタしながらも懸命にバイクを走らせていたのでした。
『ただ、楽しめばいいんだと思いますよ』
数ヶ月前のヨシさんのセリフです。
当時、バイクを教えると言っていた人から急に突き放され、途方に暮れてヨシさんを頼り、相談したのです。
その時にそう言われました。
私は拍子抜けし、同時に『そういう事じゃなくて』と少し歯痒く思ったりもしました。
それまでの私は、ほぼ無茶とも言える課題を次々こなし、説教を受けては成長した気になっていたのです。ヨシさんからも同じように、どんどん課題を出して厳しい言葉をかけて欲しい、そうやってライダーとして成長する為の手助けをして欲しいと願っていました。
でも、今なら分かるような気がします。
『楽しむ』。
それはシンプルなようでいて、なんと素敵で大切なことなのでしょうか。
自身の健康、しっかりメンテナンスされたピカピカの愛車、無事故無違反の運転と、笑い合える仲間、ツーリング先で味わう美味しい食べ物。天候、陽射し、季節。
そして、伸びゆく魅惑的な道とその先に広がる絶景たち。
それらが合致して、始めて『楽しさ』を味わうことが出来るのです。
「ヨシさん、今年は本当にありがとう」
私がそう言うと、「いえいえ、こちらこそ」と軽快に応えてくれました。
友人関係、家庭のこと、仕事のこと、今年は本当に様々な方面で大きな転機がありました。
でも挫けそうになったその時も、ヨシさんの教えてくれたツーリングという『楽しさ』があったお陰で、なんとかやって来れたのです。
今も転職こそ決まりましたが、まだまだ大変な時期は続きそうです。
それでも──。
「来年仕事が落ち着いたら、またロンツーを企画してもいい?」
私がそう聞くと、
「うん、もちろん!」
と笑って返してくれました。
これを読んでくださっている皆様方。
もしかしたら今までのような頻度でツーリングは出来なくなるかもしれませんし、このブログの更新も滞るのかもしれません。
でも私なりに、今の現実ときちんと向き合い、乗り越えた上で愛車に跨りたいと思いました。
それは今までのような現実逃避としてではなく、確固とした日常の中で、バイクを、ツーリングを心から『楽しむ』為に──。
ここまで応援してくださってきた多くの方々には、感謝の念が堪えません。
愛車に跨る全ての皆様の、安全で快適なバイクライフを願って──。
本当にありがとうございました。