あれ──?
あれってもしや、よねさん?
関越自動車道の下り線を走っていた私は、前方のオフロードバイクを見つめながら自信なさげに首を傾げました。
前方にバイクが車線変更して来たのは認識していたのですが、それが私と同じセローである事に気付いたのは数分後、そしてそのセローに跨るライダーさんが、今日一緒に走る予定のよねってぃさんかもしれない、と思い始めたのは更に数分後の事でした。
集合場所へ向かうインターで下りる時も、前方のセローも同じ方向へと進みます。
やっぱり──。
信号で停止した時、横並びになってヘルメットのシールドを上げます。
「よねさん、おはようございます!」
私が言うと、
「おはようございます」
よねってぃさんもシールドを上げて挨拶を返してくれました。
その後は二人で一緒に集合場所へと向かいます。
ヨシさんは既に到着していて、私とよねってぃさんの姿を見つけると手を振ってくれました。私には「おはよ~」と軽く声を掛け、よねってぃさんの方に向き直ると、
「初めまして、ヨシです。今日はよろしくお願いします」
とお辞儀します。
「よねってぃです。こちらこそよろしくお願いします」
ヨシさんとよねってぃさんとが挨拶を交わしました。
「よねさん、高速でずっと一緒だったんですね~」
私が会話に加わります。
「途中まで全然気付きませんでした」
「あ、はい。走ってたら姿が見えたんで、前に入って行ったんです」
「なるほど、そうだったんですか」
「ちうさん、後ろから煽らなかった?」
「煽るかっ」
ヨシさんに突っ込みを入れたところで、3人でインカムを繋ぎます。
「では、出発します」
よねってぃさんのセリフに、私とヨシさんが「はーい」と応えます。
7月第2週目の平日のこと──。
御荷鉾山へのツーリングが急遽決まったのは昨夜のことでした。
まだオフロードに不慣れな私と、林道を走りたいと言うヨシさん。御荷鉾山を案内してくれると言うよねってぃさんからの申し出は、とても有難いことでした。
「最初の目的地は、『道の駅 上州おにし』です」
「はーい」
街中を軽快に走り抜け、やがて道の駅へと到着します。
「ではここでトイレ休憩にしま…」
よねってぃさんの言葉は、ヨシさんの
「あ! やってしまった」
という大きな声によって遮られます。
「ん? ヨシさんどうかしたの?」
「ない! 携帯がない!」
ヨシさんがポケットやリュックの中をまさぐりながら言います。
「え、でもインカム繋ぐ時には持ってたよね?」
インカムの接続をアプリで管理している為、3人で繋げる時、確かに携帯電話を操作していたのです。
「俺も見ましたよ。集合した時、ヨシさん手に持ってました」
よねってぃさんも言います。
「あ、じゃあさっきの集合場所ですかね? 俺、ちょっと取りに行ってきます」
すぐにでも引き返しそうな勢いでした。
するとよねってぃさんが携帯電話を取り出し、集合場所の店舗へと電話を掛けて下さいます。
「もしもし。先程寄らせていただいた者なんですが、携帯電話の落し物はなかったでしょうか? はい…はい。え? ありましたか?」
ヨシさんの携帯電話はお店の方が預かって下さっているとの事でした。
「すみません、ありがとうございます! 急いで取りに行って来るので」
「いやいや、ゆっくりどうぞ~」
「そうそう。事故だけは起こさないようにね」
ヨシさんを送り出します。
ヨシさんの姿が見えなくなると、よねってぃさんに向き直ります。
「よねさん、ありがとうございました」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ~」
「店舗に電話を掛けるって発想、私には思いつかなかったです」
声を出して笑われてしまいます。
「携帯電話って本体自体が高価ですから。変な人に拾われていたら大変でしたね」
無事、携帯電話を回収したヨシさんが戻って来たのは30分後のことでした。
「お待たせしました! じゃあ行きましょうか」
私達を急かすようにそう言ってきましたが、
「いや、ヨシさん全然休憩取ってないじゃん…。水分補給くらいした方がいいよ」
「すみません、俺もタバコをもう一本吸いたいんで…」
「え、あ、どうぞどうぞ!」
私とよねってぃさんとの言葉を受け、ようやくヨシさんもバイクを停めて休憩します。
出発すると、下久保ダムの脇を抜け、十石街道を上って行きました。
「あ、ここで写真撮りたいです」
私が言い、3台のセローを撮ります。
「あっ。この角度がいい」
ヨシさんが寝転んで写真を撮り始めました。
「ヨシさん…。車来たら轢かれちゃうから…」
その様子を見たよねってぃさんが笑っていました。
御荷鉾山を軽快なリズムで上っていきます。
「あ~これは楽しい道ですね」
「だよね! 私もここの道大好き」
先導しているよねってぃさんも頷いています。
少しだけカーブは多く道も細いのですが、対向車も少なく勾配もそれほどキツくないため、軽快に走ることが出来ます。
「初心者の峠道の練習にちょうどいいかもしれませんね」
ヨシさんが言います。
ですが更に上がっていくと、拳大の落石や倒木、落ち葉などが目立つようになって来ました。
「…やっぱりここ、初心者向けじゃないかもしれませんね。オフ車じゃないとちょっと怖いです」
「あれ~? 前回あきにゃんさんと来た時はここまで荒れてなかったんだけどなぁ?」
私が言うとよねってぃさんも、
「昨日までの、大雨の影響でしょうね」
と頷きながら応えました。
今年の梅雨は、6月まではさほどの雨が降らず「本当に梅雨なのか」と首を傾げるほどでしたが、7月に入り一気に降雨量が増しました。
特にここ2、3日の大雨は凄まじく、東海地域では避難指示が発令された上、熱海で土石流災害が起きたほどです。
「関東内陸部はそこまでの大雨じゃなかったとは聞いたんですけど…。この感じだとここも結構降ったんでしょうね」
「梅雨時だからねぇ」
私が心配していたのは、舗装路よりもダートの状態でした。
私は雨上がりの御荷鉾山を走ったことがありません。
有り得ないくらいの難所になっていたどうしよう?
不安が立ち込めます。
「では、ここからダートです」
よねってぃさんがダート入口付近で停車しました。
エアゲージを取り出しタイヤの空気を抜きます。
「ちうさん、後で俺にもそれ貸して」
「うん、いいよ~」
「今回は俺もちゃんと空気を抜くぞ~」
笑ってしまいました。
ヨシさんは前回の千葉林道ツーリングでタイヤの空気を抜かなかったことにより、タイヤがかなり滑ってしまっていたのです。
「はい、ヨシさん」
「ありがとう」
エアゲージを手渡します。
「あぁっ! しまった抜きすぎた」
ヨシさんが一人そう騒ぎながらも、何とかダート走行に適した空気圧にしていました。
「では、いいですか?」
よねってぃさんの呼びかけに、私もヨシさんも
「はーい」
と応えました。
この瞬間はいつも緊張する──。
深呼吸するとアクセルを回し、御荷鉾山ダートの中へと進んで行きます。