御荷鉾山のダートは、私がよく知るいつものそれでした。
「おぉっ。走りやすい」
ヨシさんが言うように、御荷鉾山の砂利道は初心者にも優しいフラットなのです。
懸念していた雨によるぬかるみも、大きな陥没もありません。
時々水溜まりはありますが、バイクで避けて通れる程度の大きさでした。
「良かったです、ここが雨の影響をあまり受けてなくて」
ホッとしながら私が言います。
もちろん山の中なのでまだまだ油断は出来ませんが、それでもいつもの顔を見せてくれたことに、取り敢えずは安心しました。
「タイヤの空気を抜いて正解だったよ。食い付きが全然違う」
「初回から抜かずに走るだなんて、ホントにチャレンジャーだよね」
「いやぁ、こんなに違うと思わなくて」
次回からはちゃんと抜くぞと、ヨシさんが言います。
「この先の管理棟に行きますね。先に行って撮影してるので、お二人はゆっくり来て下さい」
「あ、はーい」
よねってぃさんが先に行ってしまいました。
「よねさん、上手いなぁ」
走り去るよねってぃさんの後ろ姿を目で追いながら私が言います。
フラットとはいえ、一定以上のスピードを上げることが私には出来ません。
「よねってぃさんはオフ歴長いの?」
「えっと…いや。あっ!」
「…あ?」
すっかり忘れていましたが、私とよねってぃさんとは全く同じ日に林道デビューしたのでした。
↓ 『林道日和~初林道ツーリング』
https://qmomiji.hatenablog.com/entry/2020/04/09/201003
管理棟の手前で、先に着いたよねってぃさんがカメラを構えて待っていました。
私とヨシさんもよねってぃさんのセローに横付けし、降車して水分補給します。
「走りやすい道で良かったです」
ヨシさんが言い、よねってぃさんが応えます。
「そうですね。でも、この先もそうなのかは分かりませんよ」
「あれ? あとどのくらいあるんですか?」
「ここからですか? ここまではまだ導入部くらいですよ。むしろ、本番はこれからです。全体の長さで言うと、まだ5分の1くらいですかね」
よねってぃさんの言葉に、ヨシさんがたじろぎます。
「えっ? そんなに…?」
「大丈夫だよヨシさん」
私が言います。
「私ですら完走出来たくらいなんだから。途中、座って運転出来るくらいのフラットもたくさんあるから、休み休み運転して行こう」
御荷鉾山のダートは全長約15km以上もあります。
それでも走っていて長く感じないのは、安心して走れるくらいのフラットな箇所が多いからでしょう。
途中少しだけ轍や水溜まり、砂利が大きい所はありますが、車体がふらつく程ではありませんでした。
「あぁ~、やっぱり御荷鉾山大好きだわぁ。いつ来ても私を歓迎してくれる~」
私のセリフにお二人が吹き出します。
「そう言えば」
よねってぃさんの後ろ姿を見つめながら、つい先程思い出したことを口にします。
「よねさんて、私と同じ日に林道デビューしたんでしたね~。もうすっかり先輩オフライダーとして見てました」
「いえ、自分の場合オフロードの仲間に恵まれたんですよ」
「良き仲間ですかぁ。それは素敵なことです」
応えましたが、でもそれだけではないのだろうと思いました。
よねってぃさんは件の初心者向け林道ツーリングに参加した後も、積極的にオフロード企画に顔を出していき、着々と経験値を積んでいきました。
その姿勢により運転技術も向上し、かついい仲間に巡り逢えたのだろうと私は思います。
ダートを抜ける時、よねってぃさんが
「ここで写真撮りますか?」
と聞いてくれました。
どんな所かを知っている私は、
「はい、是非!」
と答えます。
ヨシさんが「何かあるんですか?」と聞きながらも付いて来ました。
そうして、そこに広がる景色を前にして感嘆の声を洩らします。
「わぁ~凄い! めっちゃ綺麗です、ホントに凄い…」
その声が、少しだけ震えていました。
ヨシさんが本当に感動しているのが伝わって来ます。
「ありがとうございます」
ここまで連れて来てくれたよねってぃさんに、ヨシさんは何度もお礼を言っていました。
展望台でお昼ご飯を食べ、もう一度同じダートを反対側から走って行きます。
そこより少しだけレベルの高い、別の林道にも行ってみるかと聞かれましたが、まだ自分のレベルに自信がないので辞めておきました。
「次に来た時までに運転技術と自信が付いていたら、そちらにも是非行ってみたいです」
とりあえずの目標をそこにしよう、と思いながら応えました。
途中雨がパラつきましたが、
「この程度で済んで良かった」
と言い合いながら走ります。
御荷鉾山を下る時には少しだけ雨足が強くなったので、上下のカッパを着こみました。
街に戻り、トイレ休憩をしていると地元の女性が気さくに話し掛けて下さり、
「自家栽培なのよ~」
3人で分けてね、と胡瓜を下さいました。
「わぁ~、ありがとうございます!」
「いえいえ、貰ってくれて私も嬉しいわ」
女性の笑顔は溢れんばかりでした。
いただいた胡瓜を3人で分け、それぞれのバイクに積載します。
そこからは流れ解散となりました。
まずヨシさんと手を振って別れ、その後よねってぃさんとも手を振り合い別々の道を行きます。
雨は本降りになりました。
高速の走行で雨に当たる痛みを感じながらも、じんわりと嬉しさが込み上げて来ます。
あぁ、やっぱりバイクっていいなぁ。
人と人との出逢い、汗だくで走り抜けた先に広がる景色、人からの思いがけない優しさ──。
土砂降りだけど、今日もちゃんと洗車しよう。
相棒をそっとひと撫でし、
「セロー、いつもホントにありがとう」
と、そっと呟いたのでした。