アクセルグリップ握りしめ

オフロードバイク、セローと共に成長していく、初心者ライダー奮闘記

星々の誓い〜千葉ロングツーリング④

最初のうちは、なだらかなワインディングロードでした。

景色も穏やかな山道のそれで、木々に葉こそ茂っていないものの、風に揺れる枝のざわめきが心を落ち着かせます。

ですが、次第に山を登っていきます。

道幅が細くなり、急カーブも連続しました。

凍結防止剤が散布されているらしく、路面が白くなっていました。

念の為、路面が濡れている箇所では可能な限り減速して走行します。

つづら折りを進んでいるさなか、ふと見やると、街の景色がはるか下の方に広がっていました。結構登って来たようです。

やがて下りになり、同じようにカーブの続く山道を抜けるや、次は田園風景の中を突っ切ります。

農作業中らしき軽トラックが、ノロノロと走っていくのを、珍しく追い抜きました。

遥か向こうまで一直線の道、しかも対向車線には一台の車もなかったからです。

 

色んな道を走りました。

見通しのいいのどかな直線を走ったかと思うと、急激に道幅が狭まりカーブが続きます。

日当たりのいい穏やかな道を走っていたつもりが、次の瞬間には両側に木が生い茂る不気味な道に入ります。

『落石注意』『動物注意』の標識がある道を警戒しながら進み、小川のほとり、キラキラ光る池のそばを深呼吸しながら走り抜け、暗く狭いトンネルを目を凝らしながら走行し、穏やかな田園風景の中を含み笑いしながら突っ切りました。

どの道も個性豊かで魅力的で、私の気分を高揚させ続けてくれたのです。

新しい道との出逢いは新鮮で、くるくる表情の変わる楽しい友人との語らいに、つい時間を忘れてしまうような、そんな感覚でした。

セローの走りも、いつもよりのびやかで軽快です。

 

迷うことも、途中でセローを停めて地図を確認するだろうことも覚悟していましたが、結局その必要はありませんでした。

まずは君津市方面への標識を見ながら進み、それを過ぎると袖ケ浦市方面を目指して進みます。

標識は有難いものです。最近それを実感するようになりました。標識さえ見て進めば何とかなるということが分かりました。

多少の方向のズレは気にしないつもりでした。

今日中に帰れればいいと思ったのです。

 

途中、アクアラインの標識が出ました。

私はチラリとその標識を見て、『そこを走れば2時間は短縮されるんだったな』と思います。

でも、それだけでした。

走りたいとも、それを我慢しなきゃとも思いませんでした。

Sさんからの課題は『下道で千葉に』でしたが、別に帰り道にまで制限はありません。アクアラインで帰りたければ、帰っても良かったのだろうとは思います。

でも、とにかく私は今走っている道に夢中でした。

 

 

やがて国道16号線の標識が出ます。

市原市で16号線に入るや、一気に交通量が増えました。片側3車線のバイパスです。

船橋市方面の標識が出てきた辺りで休憩を取りました。

 

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コンビニのイートインスペースであたたかい飲み物を飲みながら、帰りルートのおさらいです。

 

16号線まで来たので、あとは朝と同じルートを辿れば帰れる筈です。

ところが、時刻は16時過ぎ。

往路での早朝5時とは違い、都内の道路が混雑している時間です。

予定していた第一京浜国道1号線どちらの道も、Googleマップは真っ赤に染まり、渋滞していることを指し示していました。

ある程度の混雑は覚悟していました。でも、さすがにここから何時間もの渋滞に巻き込まれるのは、体力的にも厳しいのではないかと考えます。

 

そこで私は、思い切ってルートを変えることにしました。

さすがに都内の混雑している道で間違えるのは怖いので、今度こそルートをよく覚えておきます。

 

湾岸道路で新木場方面に向かい、そこから先を第一京浜ではなく、国道131号線の産業道路へと進みます。大黒ふ頭より357号線に乗り、横浜市内を抜けて帰るというルートです。

途中からのルートは前回の大都会ツーリングで通っています。一度通っただけとはいえ、それだけでだいぶ心強く思えました。

 

 

身体も休まったので、出発です。

冬の日は短いです。既に日が沈みかけていました。

湾岸道路を走りながら沈みゆく太陽を眺め、渋滞を抜けた先で左折します。その頃には薄暗くなっており、街灯と建ち並ぶ高層ビルの明かりとが路面を照らし出していました。

 

東京ゲートブリッジを渡る頃にはすっかり日も落ちており、都内のネオンが煌びやかに輝いて見えました。

朝、ここを渡った時には朝焼けの街並みが見えました。でも今は夜景の美しさが目を楽しませてくれています。向こう側にはレインボーブリッジが明るく照らされていました。

 

川崎の工業地帯の、オレンジの明かりが気分をウキウキさせてくれます。

357号線に入り横浜ベイブリッジの下を走るや、今度は横浜の夜景が目に飛び込んで来ました。

よこはまコスモワールドの観覧車や、インターコンチネンタルホテルが光を放ち、遠くからでもはっきり目にすることが出来ました。

 

これまでだって、ネオンを見に行ったり、夜景の見えるレストランで食事をしたことがあります。

でも夜景を美しいと思い、そしてそれに感動したのは今日が初めてでした。

 

 

無事にマンションの駐車場に帰り着きました。

身体も冷えているし、当然疲れも感じています。

私はあたたかいリビングのソファーに身を投げ出したい欲求をグッと堪え、バケツに水を汲むやセローの洗車をし始めます。

今日は海沿いも凍結防止剤の撒かれた山道も走りました。このままでは錆びてしまいます。

 

今日は色んな道を走りました。

大型トラックの飛ばす国道、朝焼けの東京ゲートブリッジ、混雑したバイパス、のびやかな田園風景、海沿いののどかな道、入り組んだ山道、そして夜景を見ながらの走行。

 

思い返しながら、色んなバイクも見たなぁと思いました。

前を走る大型バイクに追随しようとして、とてもスピードが追いつけなかったこともありました。大型トラック同士の間を器用にすり抜けしていく小型バイクも、いくつも見ました。

でも、やっぱり私にはセローが最高です。

パワーやスピード、小回りではもっと利便性の高いバイクは沢山あるのでしょう。

それでも私にとって、セローが一番なのです。

それは倒されても倒されても前に進んでくれる健気さがあるからでしょうか。どんな難所でも走り抜けてくれる、機能性があるからでしょうか。

答えはイエスであり、ノーでもあります。もはや理屈じゃなくなってきているのかもしれません。

乗っていくほどに好きになっていっています。

私だけの癖、私だけの軌跡が刻まれた、世界にただ一台のバイクです。

 

ホイールを拭いながら、はたと思いました。

私にとって、セローは最高の相棒ですが、セローにとって私はどうなんだろう、と。

私は今日つけてしまったキズをそっと撫でます。

最高のライダーになろうと思いました。例え誰がそうは思わなくても、セローからそう思って貰えるように。セローがこの持ち主に買って貰えて幸せだったと、このライダーを跨らせることが誇りなのだと、そう思って貰えるような、そんなライダーを目指そうと思いました。

 

その時、セローの特性を最大限に活かす走りをしようと決めたのです。スピードも小回りも、セローの得意とするものではありません。

 

今日千葉の中心地を横断した時の、セローののびやかな走りを思い出しました。

この子も色んな道を走りたがっている。そう感じたのです。

もっと色んな道へ連れて行きたいと思いました。色んな道、色んな景色、色んな冒険を一緒に楽しみたいと。

せっかく林道を走れるバイクなのだから、いつかそこも走りたいと思ったのです。

 

道はまだまだたくさんあります。

 

私は油汚れで黒ずんだ掌を握り込むと、拳をコツンとセローのハンドルグリップにぶつけました。

「よろしく」

 

一台のバイクと、未熟なライダーとの奇妙なハイタッチを、冬空にまたたく星々だけが見守っていました。