その後は渋滞も抜け、爽快な走りになります。
と、赤信号で停止した際、給油パネルが点灯していることに気付きました。
「ねぇねぇ、給油だって! ランプ付いてる」
敵兵の来襲を発見した兵士さながら、隣のSさんに報告します。
「じゃあ、次のガソリンスタンドで給油しますか」
ほどなくしてガソリンスタンドがありました。
そこはセルフのガソリンスタンドだったので、タッチパネルの操作方法から何からSさんに教えて貰いました。
そして、いよいよ給油となったのですが…。
ホースを逆さまにしただけでガソリンがこぼれ、気を取り直しタンクの入口に注ぐも、勢い余ってガソリンをぶちまけてしまいました。
「えっ? なんでなんで?」
「あー…。代わります」
結局それもSさんからやってもらうことになりました。
給油を終えたSさんが、やり方を教えてくれます。
給油ランプが点いてから給油すると、何リットルくらい入ることになるのか、今のを見て覚えておくようにと。
そして、セローはタンクの注ぎ口が狭くてこぼれやすいから、もう少し奥まで入れて注ぎ込み、上まで来たら勢いを緩めるようにとまで助言されました。
Sさんのバイクも給油を済ませ、いざ出発です。
ガソリンスタンドから車道に出たSさんを追い、私も出ようとしたのですが…。
その時直進の車が来てしまいました。私はその車の後から出ます。
当然、Sさんのバイクは車に阻まれ、姿が見えません。そのことが、無性に不安でした。このまま姿が見えないのなら、この先走れないのではないかとすら思ったくらいです。
Sさんがすぐに気付き、左端に寄って待っていてくれたのですが、ほんの数メートルの出来事なのにここまで心細くなるとはと、自分でも驚きでした。
やがてバイクを進め、三浦半島の三崎港へ。
バイクを駐輪し、お昼ご飯にすることにしました。
三崎漁港は全国有数のマグロ水揚げ量を誇ります。マグロの美味しい飲食店が軒を連ねるため、当然私とSさんはマグロの美味しいお店を求めて歩きまわりました。
やがて決めた1軒の列に並びます。
カウンター席に通され注文を済ませると、ホッと一息つきます。時刻は15時。空腹も感じていました。
私とSさんがマグロの丼を一つずつと、マグロのカマ肉のサイコロステーキ、ふぐの唐揚げを頼みます。
そしてドリンクメニューを手に取ると…。
「ビールは飲んじゃダメですよ」
「いや飲まないよっ!」
いつも一緒にご飯を食べる時、私が真っ先にビールを頼むからか、Sさんからたしなめられました。勿論、飲酒運転をするつもりはありません。
「なんか、すごく喉が乾いたから。ソフトドリンクでも頼もうと思って」
「珍しいですね」
そう。いつもそこまで水分を欲しがらないのに、先のコンビニ休憩でもペットボトル一本を飲み干していたのです。いつもタンデムツーリングでは、Sさんがコンビニ休憩のたびにそのくらいの量を飲むので「よくそんなに飲めるねぇ」と言っていたのですが、今日の私がまさにその状態でした。
「バイクの運転ってもしや、喉が渇く?」
「風が当たりますからね」
なるほど、そういうこともあるのかと一つ勉強になります。タンデムではそういう感覚はありませんでした。そして、お茶とカルピスも注文します。
運ばれてきた料理はどれも美味しそうでした。
まず、サイコロステーキを一口食べます。
「美味しい…」
語尾が震えました。
とんでもなく美味だったのです。ソースの絡んだステーキは、噛むほどにマグロの旨みが広がります。マグロ丼もです。厚切りのマグロは新鮮で脂も乗っており、口に入れると蕩けていきました。
とにかく、何もかもが美味でした。
首を傾げます。
私は海近くの出身で、獲れたての海産物を口にすることも珍しくありませんでした。大トロを食べたことだって勿論あります。
ドレスコードのいるフルコースや、料亭、ジューシーな肉料理も新鮮な海産物も。ここ数年で色んな「美味」を堪能しました。ですが、
「ここ数年で一番、美味しさに感動した…」
そう、この時の食べた料理の美味しさは心を震わせました。
「自分の運転で食う飯は旨いでしょ?」
Sさんの言葉にハッとしました。確かに、そういうことだったのかもしれません。
食の美味さは食べる側の、心と状態にも左右される。そのことを改めて実感しました。
バイク置き場に戻ると、この時もやはり頭から入れて駐輪していたので、また引いて出さなければいけません。
「やってみますか?」と、Sさんがセローの右側に立ってくれたので、挑戦してみます。
スタンドを外し引いてみると、スムーズに動きました。バックさせ、方向転換させます。
案外軽かったのです。すんなりと思う方向に運べました。
CBだと、車体が少し斜めになっただけで身体が持っていかれそうな重圧がありましたが、セローの重さでしたら私でも無理なく運べました。
自分の力で運べる。
それを実感した途端、今までセローに感じていた威圧感が軽減されました。
走り出した先には面白い道が続きました。
軽自動車ですら一台通るのがやっとの幅を、軽快に走り抜けます。途中、道路が陥没していたりひび割れていたりと凸凹していましたが、腰を少しだけ浮かせて通り抜けました。でも、そこはさすがオフロードバイク、ほとんど衝撃が伝わって来ませんでした。
ここで私の中に変化が生まれます。
セローの、「声」が聞こえるようになってきたのです。
低速ギアのままスピードを出し続けると苦しげな音になるので、シフトアップします。
登りに差し掛かると、やはり切なげな音になるので、ギアを下げてパワーを持たせます。ギアチェンジのタイミングを、セローの音で判断するようになったのです。
セローを気持ち良く走らせたい。
そんな思いが芽生え始めました。
そして、そんな私の思いにセローも全力で応えてくれているような気がしました。
──そうか、私は相棒を得たんだ。
太陽も紅く染まり始めたその頃になり、ようやく私はそのことを実感したのです。
初心者の私と新車のセロー。どちらも青く堅い実でした。ガチガチの状態でうまく連携が取れていなかったのです。
とても素直ないい子なのに、ごめんね。
心の中で謝り、そしてこれから宜しくね、とそっとグリップを握りこみました。
対面した時でも跨った時でもなく、細く入り組んだ道を走行しながら、ようやく私とセローは『相棒』としての対面を果たしたのでした。