バイク購入手続きを終えたわずか2日後に、バイク屋さんから注文のセローが店に届いたとの連絡がありました。
ナンバーの登録手続きと、アクセサリーパーツの取り付け等があるため、更に2日後、バイクを受け取りに行くことにしたのです。
それは卒検から一週間後の日曜日のこと。ついに私は相棒と対面出来る運びとなったのです。
先の記事でも書きましたが、伝道師Sさんに納車の立ち合いと初走行をお願いし、その際一悶着ありました。
ですがそれも落ち着き、無事、その記念すべき日に一緒に走ってもらえることになりました。
当日の朝、私の家の近くでSさんと待ち合わせます。
バイクでやって来たSさんは、メットを脱ぐなり、
「絶好の納車日和じゃないですか」
と空を見上げます。
そう、その日は快晴でした。明るい日差しに心も弾みます。
バイク屋の開店時間前に到着した私とSさんに、店主のYさんは謝りながら急いでオープン準備をしてくれます。申し訳ないことをしました。
そして、運ばれてきた私のセロー。
CBよりは軽いと言われていましたが、どっしりとしていて迫力がありました。でも正直、この段階では威圧感しか感じられませんでした。目の前に置かれると、とにかく想像以上に大きかったのです。
Yさんから促され、跨ってみます。跨った感覚では、やはり少しだけ高かったのですが、ノーマルシートでも足が届かないということはありませんでした。
ローシートに変えなくても大丈夫そうだと伝えると、操作方法や日々のケア方法などをYさんが事細かにレクチャーしてくれます。この時間、なんと一時間以上かかりましたが、Sさんは一緒に聞いて待ってくれていました。
やがて。
「では、行ってらっしゃい。お気を付けて」
と手を振るYさんのお見送りを受け、いよいよ出発です。
前を走るSさんに続き、私もセローのアクセルを回します。
走り出しはスムーズで、静かにスライドするように推進します。そして、シフトアップが驚くほど軽やかでした。
教習所のCBは色んな人の乗り癖がついてしまったのか、はたまた元々の仕様なのか、ギアチェンジの度に引っ掛かりがありました。レバーに足の甲を潜らせると、「えいっ」と力を込めて持ち上げないとシフトアップ出来なかったのです。
でもこのセローは、ポンッと簡単に持ち上がります。
ギアチェンジに手間取らないということは、カーブでも右左折でも、スムーズに走行出来るということ。その滑らかな走りは爽快でした。
ですが、クラッチの感覚が掴めません。教習所のCBでもそうでしたが、クラッチから半クラッチに切り替わる位置、クラッチが完全に開く位置というのは車体差があります。
このセローはクラッチ操作も柔らかく、すんなり開いていけるのですが、どうにも半クラッチの位置が掴めずエンストさせてしまいます。
ブレーキの感覚も違いました。新車のうちは効きが悪いとYさんから説明を受けていましたが、本当にその通りでした。フットとハンドとの両方でブレーキをかけても、だいぶ進んでしまいます。
赤信号で停止すると、Sさんが手招きして横に並ぶように促します。
この日一日、停止するたびにこうして横並びになり会話したのですが、この時がその最初のやり取りでした。私はインカムを持っていないので、こうする以外に会話する術がなかったのです。
「力、抜いていきましょうか」
「…へ?」
Sさんを見やると、両肩を持ち上げてみせます。
気付くと確かに、私は両肩をいからせていました。両腕にも力を込めすぎていたのか、既に前腕が筋肉痛です。
肩を下ろすと深呼吸し、青信号と共に再出発です。
やがて、海沿いの道路に出ました。
青い空と、海のキラキラ光る水面とを横に感じながも、私は景色どころではなく操作にいっぱいいっぱいでした。
そして案の定、渋滞です。この道は年中渋滞しているのです。いつものSさんでしたら、すり抜けをするのでしょうが、初心者の私がいたので車の後ろに並びました。
進むのか止まるのか、微妙な速度での走行が続きます。正直、ここでの運転がこの日一番大変でした。いつ止まるとも分からないのでギアも上げられませんし、ローギアだとちょっとのアクセルで急進してしまう怖さがあります。そして速度も出ていないのでバランスも取りにくいのです。なにより、
「暑いですね」
停止すると、Sさんがそう話しかけてきます。
そうなんです。寒さ対策はバッチリで出てきたのですが、バイクが止まると風もやみ、日差しが照りつけてきます。
その日、朝は気温が10℃を下回っていたにも関わらず、日中は20℃近くまで上がりました。
その後もノロノロ運転で進み続け、コンビニに入って休憩することにしました。
ですが、降りる際キャリアに引っかかり、倒れそうになります。
セローは高さもそこそこあり、しかもリアキャリアも幅が広いので、いつものやり方で乗り降りすると、どうしても引っかかってしまうのです。
今まではハンドルを両手で掴んでスタンドを上げて跨っていたのですが、それをセローでやろうとするとバイクごと転倒してしまう恐れがあります。
そこでSさんがコンビニの駐車場で、乗り降りの仕方をレクチャーしてくれました。
まず、ハンドルを両手で掴むと、左足のステップに全体重をかけて身体を持ち上げます。その姿勢から跨るのです。地上から跨るよりも、ステップから跨った方が当然高さも要らないので転倒のリスクも下がります。あとは、シートに腰掛けた状態でスタンドを上げればいいのです。
「ところで」
乗り降りの練習も終わり、私は並んで駐輪されているバイクを指さしました。
「こういった場合はどうやって出すの?」
バイクは頭から突っ込んで駐輪されています。
そう。バイクにはバックという機能がないので、走行しながらターンするか、降りた状態で後ろに引いて動かすかしかありません。
この場合、ターンするスペースはなさそうなので引くしかないのですが…。
「それは、やったことがなくて」
教習所では、引いて前に歩いたことはあっても、後ろに下がったことがありませんでした。それが不安だったのです。
「あ、やりますよ」
「いやいや、自分で出来るようにならなきゃ」
「徐々にでいいんじゃないです?」
結局、Sさんが出口まで移動してくれました。
セローは133kg。中型バイクとしては比較的軽量です。それでも、引いて歩くとなると重さは感じます。
そこにも慣れていかなければいけないのだと思いました。
高さがあるのに軽量なこのバイクとの付き合い方や接し方が、この時の私はまだまだ手探り状態だったのです。