晴れて卒業検定に合格したその三日後、仕事の半休を取り、県の免許センターへと向かいました。
神奈川県の場合、平日朝8時から8時半、午後13時から13時半までの30分ずつしか受け付けておりません。午後の受付に遅れないよう、急いで向かいます。
時間を狭めているだけあって段取りもよく、受付の1時間半後には普通二輪免許の記載された、新しい免許証が交付されました。
流れ作業的に写真を撮られたので変な顔写真になり、多少そこには落ち込みましたが…。
ともあれこれで、名実共に私もバイク乗りの仲間入りです。
新しくなった免許証を手に、自宅の最寄り駅まで帰ると、そのままお金を下ろしてバイク屋さんに向かいます。
「こんにちは!」
店の扉を開くと店内には、初めて見る男性と、Yさんがいらっしゃいました。初めて見る男性の方は、何度も話題にのぼってきた、Yさんのお父様でしよう。
「あ、免許取れました?」
Yさん、すぐに察して下さいました。
「はい! さっき新しい免許証を交付してもらって、その足でここに来ました」
「おぉ、それはすごい行動力」
お二人から感心されます。
早速、念願のバイクを注文です。
先にも書いたように、このバイク屋さんには現物がありません。注文し、支払いを済ませてから取り寄せという形となります。
セローを買うことは決めていましたが、普通のセローにするかツーリングセローにするかを、ここ数日迷っていました。悩んだ末に、ツーリングセローを買うことに決めました。
ツーリングセローとは、普通のセローに4つの装備をプラスしたアクセサリーパッケージです。
風除けになるスクリーン、転倒時の操作ボタンを守るハンドルガード、荷物が積めるリアキャリア、そして小石などの衝撃からエンジンを守るエンジンガードです。
当初私は、なるべく安く買って、徐々に揃えていけばいいと思ったのですが、いずれ買うのでしょうし、ならば車体とセットになっているこちらで買う方が断然お得だと気付いたのです。
「やっぱりツーリングセローを買うことにしました」
「それは素晴らしい!」
身を乗り出したのはお父様でした。
そういえばお父様はセロー乗りで、よく林道を走るのだとYさんからも聞いていたのでした。
「セローはホントにいいバイクだよ。長年バイクに乗っているが、こんなに愛着を持ったバイクは初めてと言えるくらいだ」
そしてお父様も語り始めます。
ちょっと転倒したくらいでは壊れない頑丈さ。林道を走る楽しさ、坂道での粘り強さ、燃費もいいので高速道路でそこまでスピードを出さなくても、給油回数が少ない分時間が節約出来る等々。
そしてご自身がよくやるオフロードツーリングの話も具体的に話して聞かせてくれました。
早く私もそういうツーリングをやりたいなぁと胸躍らせながら聞き入ります。
この日も、バイクを買いに行ったのにほぼお話を聞いてくることになりましたが、どのお話も聞いていて楽しかったです。
そして聞くほどに、私に合っているバイクだなぁと思ったのです。正直、スピードやデザインではもっと上のバイクはたくさんあります。でもセローは、私の求める機能性がことごとく当てはまりました。
「ところで、車はずっと運転されてたんですか?」
Yさんが聞いてきます。
「いいえ? ずっとペーパードライバーですよ」
「えっ? あぁ、じゃあスクーターとか運転してましたか?」
「いえ、スクーターは運転したことないです」
「えっ!?」
「えっ?」
二人の間に沈黙が降ります。
「…納車の日、ちょっと一緒に海沿いを走ってみましょうか。僕、前走るんで」
えっと、これはもしかしなくても、無茶苦茶心配されているのでは…?
でも、ここまで気にかけてくれるバイク屋さんなんて稀有なのではないでしょうか。私はYさんのご好意に感謝の言葉を口にします。その上で、
「でも、それは友達にお願いしようと思うんです」
とお断りしました。
そう。記念すべきその日、彼以外の後ろを走るだなんて選択肢は、私にはありませんでした。
さて、ここで一悶着ありました。
私はツーリングの伝道師である友人Sさんに、上記納車日の立ち合いと一緒の初走行をお願いしたのです。
ところが、Sさんは快諾してくれたものの、当日は私の後ろを走ると言います。
「引っ張ってもらってたらやっぱり楽でしょうしね」と言われ、私は想像以上のショックを受け、ならば前を走れるくらいに成長するまでは一人で走るからいい、と答えました。
一つには、初めてのバイクで公道に出る不安感がありました。いくら扱いやすいと言われているセローでも、初心者の私が操作に手間取らない自信はありません。
次に、そのオタオタした様子を知り合いが後ろから見ることに対するプレッシャーです。私が操作に手間取ったからと言って、嘲笑うような人でないことは知っていましたが、それでも余計な緊張感がプラスされてしまいます。
三つ目。一つ目に述べた私の不安感を、彼が先を走ってくれることにより払拭しようとしていた私自身の甘えに気付き、頬を張られたようなショックを受けたのです。
免許を取った多くの人達は、その不安を抱えながらも一人で公道に出て克服していっています。
なのに私はSさんの後ろを走ることで楽をしようとしていました。
そして、こうやってバイク乗りの道をステップアップしていくブログを書きながら、そんな心持ちでいたことがひどく恥ずかしく思えました。
最後に。私は、彼の仲間たり得ないということへの焦燥感です。
『初めてのバイク〜実走編⑤』でも述べましたが、最終的にバイク乗りになる決断をしたのは彼の人柄によるものでした。
そんなSさんと走るには、当たり前ですがまだまだ技術が拙いのです。ゆえに、「一緒に走ろう」と誘うのは、畢竟(ひっきよう)、私のお守り役をお願いしているようなものだということに気付いたのです。
上記のことを瞬時に考え、しばらく一人でバイク乗りの練習をした方がいいと結論付けました。
ですが、Sさんが後ろを走ると言ったのは、後ろから撮影してくれるつもりだったからでした。後ろから私の走りをチェックしてくれるつもりもあったようです。
免許取り立てなんだから甘えでも何でもないと言ってくれた上で、「走りが上手くなりたいのなら、上手いやつの走りをよく見て真似した方が上達は早いですよ」と言われました。私にとって、その言葉が決定打となりました。
ですが気がかりが。
「でも、後ろを走られたら見えないじゃん」
そう、そこなのです。
「…じゃあ、前を走るから後ろ走ってるところを撮影します」
そういう訳で、Sさんとの仲違い(?)は解決し、希望通り納車に立ち合ってもらえることとなったのです。