バイクに関する知識が皆無のため、メンテナンスを任せられる所があった方がいいと思いました。ネットで色々調べ、小さいけれどメンテナンスの腕が評判のバイク屋さんを発見。
実はそのお店、私の家から近所のため、何度も店の前を通っていました。今までは、バイクに興味を持っていなかったので前を素通りするだけだったそのお店。バイクに興味を持って以降、何となく気になってはいましたが、メンテナンスの腕もいいとあらば俄然そそられてしまいます。
ある時通り過ぎざまに店内を覗き込んだら、セローが見えました。ならばきっと、色々お話が聞ける。そう思ったのです。
これは、教習所に通い始めて間もなくのこと。
とある休日。
天気は雨予報でしたが、その時間は曇り空だったので、今のうちにと訪れました。
「こんにちは〜」
と店内を覗き込むと、業務用の掃除機で床掃除をしている男性が「はい、いらっしゃい」と朗らかに応えてくれました。
バイクに乗ってきたわけでもない女が一人、しかも初対面。少しだけ不思議そうな顔をしましたが、怪訝な面持ちになるわけでもなく、明るく応じてくれたことに、幾分ホッとします。
私は来意をなんと説明すべきか、やにわに黙考し、現在二輪免許を取得するため教習所に通っていること、免許を取った暁にはオフロードバイクが欲しいこと、店頭のセローが見えたので気になっていたことを伝えます。
店主(Yさんとします)は、「そうなんですかぁ」と破顔し、掃除途中であろうに掃除機を無造作に放り出すや、私と向き合ってくれました。
そして、色々なことを語ってくれました。
なんと店頭に並んでいるバイクは商品ではありませんでした。そこのバイク屋はYさんと、Yさんのお父様とお二人で営んでいるそうなのですが、並んでいる4台のバイクはそのお二人の私物なのだそうです。
Yさんはレース、お父様はオフロードだそうで、気になっていたセローはお父様のものでした。
「では、店内には売り物のバイクはないんですか?」
「あ、店先に出てる何台かは売り物ですよ。でも基本的にうちは、店頭に並べて価格を提示し、お客様がこれ下さいと言って買っていただくような、そういう方式ではないんです。お客様のご用途、好み、ご予算などをこと細かにお聞きして、一緒に相談した上で購入するバイクを決め、取り寄せる形となってます」
その時の私は、当然中古を買う予定だったので、中古も取り寄せて貰えるか聞いたら、勿論それも承っていると答えた上で、Yさんの歯切れが少し悪くなりました。
「ですが…。オフロードでの中古はあまりお勧め出来ません。やはり用途が用途なので、前の持ち主の方がどういった使い方をしていたか分かりませんので…。女性ですし、万一山の中で何かあったら大変ですよ」
なるほど、安全性という面では確かにそうかもしれないと感じました。でもこの時はまだ、初めてのバイクだし、少しでも安く買いたいという思いの方が強かったのです。
その後もYさんと話し込み、ふと外を見やると雨がポツポツ降ってきていましたが、切り上げて帰ろうとは思いませんでした。お話を聞くのが楽しかったのです。
結局帰る頃には本降りになっており、雨具の用意もして来ていなかった私は、しとどに濡れて帰った訳ですが。どこか気分は高揚していました。
これはもしや、新たな出逢いを果たしたのかもしれない、と。
数日後、再び訪れた私は、やはりYさんに「こんにちは〜」と声をかけます。
Yさん、今回はすぐにこやかに対応して下さり、教習の進捗具合を聞いてくれます。その頃、教習ではまだ第一段階の終わり辺りで一本橋に苦戦していました。
私がなぜ教習段階からバイク屋巡りしていたかと言いますと、免許取得からバイク購入までの期間をなるべく空けたくなかったからです。
その旨をYさんに伝えた上で、取寄せた場合にかかる日数や中古で買う場合の費用を聞きました。
そしてまたも語り始めます。
今回はメンテナンスの重要性についてです。
「バイクを運転する上での上手い下手って、多くの人が運転技術だけだと思いがちですが、メンテナンスもすごく重要なんですね。それにより操作性が全然違ってきちゃうんです」
そして、バイクの部品一つ一つのケアの仕方やその重要性について事細かに語ってくれます。
そこには、バイクに対する深い愛情とバイクメンテナンスにかける熱い思いが溢れていました。
「時に、初めてバイクを持たれるんですよね? でしたら、尚のこと新車に乗って欲しいです 」
「でも、初心者のうちはどうしても転倒しちゃうでしょうし、最初から真新しいバイクに乗るのは勿体ないかなと」
「その気持ちはわかります」
と頷いた上で、Yさんが続けます。
「ですが、初心者の方だとバイクの異変に気付けないんです。僕ら整備をやる人間も万能じゃないので、ポンと持ってこられても、どこにどういう不調があるのか分からないことも多い。 なので乗られてるお客様ご自身が、音ですとか感触ですとか、『正しい在り方とは違う状態』、異変に気付いて申告してもらわないと、整備も出来ないわけです」
なるほど、そういうこともあるかもしれない。
私は妙に納得しました。
「勿論、それぞれの経済事情もあるでしょうし、中古が欲しいということでしたらお取り寄せ致しますが…。
でも、ぶっちゃけセローって、中古でもそこまで価格が下がらなくないですか?」
確かにそうなんです。ネットで調べても、新車と10万〜15万くらいしか価格が違いません。
その金額を少額と見なすほど裕福ではありませんが、先にも述べたように、オフロードバイクにとって、中古か新車かには大幅な違いがあります。
転倒を繰り返しながら道無き道を突き進むオフロードバイク。中古である限り、たとえ走行距離が少なめでも、どんな損傷を受けているかは賭けになるのです。
「うちから出すバイクはお客様の身の安全を保証する為にも、万全の状態で出したいんですよ。だから中古でも、しっかり整備してお渡ししてます。ですがセローでそれをやると、新車と同じか、場合によっては新車より高くなっちゃうこともあるんですよね。
それに、前の持ち主の癖も受け継いでしまってますので」
Yさんは一旦言葉を区切り、そばにあるセローのシートを撫でました。
「 自分の癖だけを、自分のバイクに刻んでいった方が、愛着も湧くし絆も深まるんじゃないかと思うんですよ」
ハッとしました。
私だけの癖、私だけの軌跡。それを相棒と共に歩み、刻んでいくことの重要性。
そして10万円の差額で得られるものがあまりに大きいのではないかと、そこでようやく考え始めたのです。
しかも、そのお店で新車で買えば、こまめにメンテナンスをしてもらえるそうです。それこそツーリングのたび、前後に立ち寄ってくれても構わないとまで言ってくれます。もちろんお代は受け取らないとのこと。
「僕らにとって、うちから出すバイクは我が子同然なんです。お客様がこまめに子供の顔見せに来てくれるとそれだけで嬉しいんです」
と朗らかに笑いました。
もちろん商売人なので、少しでも高いものを買ってもらおうとの意図がなかったと言えば嘘になるでしょう。でも、お金以上のものがあるのを感じました。
この日は奥から椅子まで出してきて、また、たくさんお話を聞けました。
初めて持つバイク。
何をどうすればいいか分からない私にとって、私のバイクを親身に気にかけてくれる存在があるだけで心強いと感じました。
恐らくその心強さはプライスレスなのではないでしょうか。
バイクの愛し方は人それぞれ。
乗って走るのが好きな人、種類やデザインを見るのが好きな人、バイクの新商品を開発し、製造することに誇りを持っている人。
そしてメンテナンスを施し、こまめにケアし続けることで、バイクをベストなコンディションに持っていくことに熱き思いを抱いている、Yさんのような人もいるのだと勉強になりました。