11月下旬。
朝晩が冷え込むようになりました。
目覚める時刻になっても、それまで身体をぬくぬくとあたためてくれていたお布団から抜け出すのには、中々の気合いを要する季節となります。
でも、今日の朝は違いました。
アラームの鳴る前からスッキリと目が覚め、起き上がるやシャッとカーテンを開きます。
窓ガラス越しに朝ぼらけの冷気を感じ取っても、気持ちは高鳴るばかりでした。
朝食と掃除等、朝のルーティンワークを終えると、そそくさとバイク装備を身に着けます。
秋用の薄手のジャケットにしようか、真冬用のそれにしようか、ギリギリまで迷いましたが、結局真冬用のを装備することにしました。暑ければ脱げばいいけれど、寒さは調整出来ないからです。
ヘルメットを装着し、セローのカバーを外すやエンジンを始動させます。
「おはようございまーす!」
集合場所に、雪さんのセローが滑り込んできます。「今日はよろしくお願いします」と続けようとしましたが、雪さんはヘルメットのシールドを開けるや、
「ちうさん、ごめーん。今朝この子、エンジンの掛かりが悪くて…。エンジン切っちゃったらまた掛からないかもなの。このまま出発でもいい?」
申し訳なさそうに言いました。
「え、それは大変! はい、じゃすぐに出発しましょう」
気温が低くなるとよくある事ですよね~と言い合いながら、そそくさと準備し、慌ただしく発進しました。
雪さんの先導で、街中を走り抜けていきます。
今日はバイク女子仲間、雪さんとのデートツーリングです。
雪さんとはランチ会をしたり自宅に遊びに来てもらったり、お裾分けを渡し合ったりと、交流を続けてきていました。
でもバイク絡みではなかったので、このブログに登場する機会は中々なかったのです。
今回久々に一緒にツーリングが出来て、嬉しく思います。
インカムを繋げられないので、赤信号で隣合うたびに、シールドを上げて会話し合いました。
なんだかそれも新鮮に感じます。
その都度頬に冷気を感じたので、冬用のジャケットを着てきて良かった、と思いました。
国道134号線に入るやのびのびと走り抜け、『江ノ島入口』交差点を折れていきます。
そう。
今日の目的地は江ノ島なのです。
江ノ島は有名な観光地であり、ライダーにとっても人気のツーリングスポットではありますが、神奈川県内に住んでいるライダーはそう滅多に行かなくなってしまいます。
近すぎるからという理由もあるのでしょうが、そこまでの道のりが渋滞していて、のびやかな走りが中々出来ないから、というのが大きいのかと思います。
それでも、今日のツーリング先に私達が江ノ島を選んだのには理由があったのです。
駐輪場にお互いのセローを停めて、ヘルメットを脱ぐや、ようやくゆっくりと挨拶が出来ます。
歩くとなると今度は暑すぎるので、バイク用のジャケットは脱いで行く事にしました。
「ちうさんと初めて会った時も江ノ島でしたよね~」
歩きながら、雪さんが言ってきました。
「そうでしたね。いやぁ、あの時は酷い土砂降りでした」
懐かしく思い出しながら目を細めます。
「あの時、あまりにも雨が降って来たんでヨシローさんと3人で、ヘルメット被って江ノ島内を歩きましたよね」
「そうそう! あれ、見た人はギョッとしたでしょうね」
笑い合います。
「いるかなぁ?」
足元をキョロキョロしながら私が言うと、
「とりあえず、登っていきましょう」
と雪さんが階段を指差します。
江ノ島神社への階段を登り、そのまま広場を目指して歩き進めていきます。
遠足なのか修学旅行生なのか。小学生くらいのリュックを背負った子供達が、歓声を上げながら私達を追い抜いて行きました。
「今日はなんだか賑やかですねぇ。もしかしたら、そのせいで出て来てくれないかもしれませんね」
私が言うと、
「まぁ、とりあえず歩いてみましょ」
と雪さんが応えました。
私達が何を探しているかと言うと…。
江ノ島と言えば、江ノ島神社にたこせんべい、展望灯台に江ノ島岩屋等、様々なイメージがあるかと思います。
ですが、地元民での江ノ島のイメージは『猫』なのです。江ノ島は別名『猫島』と呼ばれるほどに猫がたくさんいます。
江ノ島に猫が多い理由は、江ノ島の猫を島民が地域猫として保護し、共存が始まったからなのだそう。
江ノ島の路地裏に入ると猫が日向ぼっこしている光景も珍しくありません。恐る恐る近付いても人馴れしているのか、猫は動じることなく撫で撫でさせてくれる事が多々ありました。
今日は、その猫に癒されたいという目的でやって来たのです。
サムエル・コッキング苑の広場に辿り着くと、あちこちでイルミネーションの取り付け作業をしていました。
「わぁ~すごい。これ、夜に見たらさぞ綺麗なんでしょうね」
試運転なのか、あちこちのライトが点灯されていましたが、昼日中に見てもやはり太陽の光に負けてしまっていました。
「ちうさん、これ登ってみます?」
「いやいや、無理っす」
見上げるほどの螺旋階段に尻込みしてしまいます。
結局少しだけ階段を上がり、テラス席を一周歩いて下りました。
やがて店屋の並ぶお岩屋道通りを歩きます。
「あっ」
私と雪さんが声を揃えました。
黒と白模様の猫ちゃんが、優雅に歩いていたのです。
「わぁ~いたいた」
私が嬉しくなって声をあげます。
「猫だ! わぁ~可愛い、おいで~」
小学生の女の子達がわらわら駆け寄っていくと、その猫は建物の隙間から逃げて行ってしまいました。
「あ~行っちゃいました」
私が残念そうな声を出すも、
「まぁ、見れて良かったじゃない」
と雪さんが笑いました。
そうですね、と私も笑います。
陽射しもあたたか。
車通りのない長閑な階段道。
親しいバイク女子さんとこうして並んで歩け、癒される存在に出逢えただけで、私は幸運なのかもしれません。
素直にそう思えました。