狭い階段道の道端には、店屋が立ち並んでいます。
「お団子美味しいですよ~。食べて行きませんか」
「お飲み物だけでもどうですか~?」
各店の店員さんから呼びかけられますが、私達は曖昧な笑みを浮かべてそこを通り過ぎていきます。
階段の踊り場からは海が見えました。
「う~ん。綺麗な景色なのに、写真では中々上手く撮れないんですよね」
言いながら、その景色を目に焼き付けておこうと眺めます。
階段を降りて行くほどに、海が近付いて来ます。
「あ、釣りしてる人がいる~」
雪さんの言葉に見渡すと、確かに岩場で釣りをしている人が沢山いました。
「ホントだ。ここまで釣り道具を持って来るだけで大変そうですけど、結構釣れるんですかね?」
「どうなんだろう?」
雪さんも首を傾げます。
私も雪さんも。釣りという趣味を持ったことがないのでよく分かりませんでした。
やがて江ノ島岩屋に辿り着きました。
波の侵食によって出来た天然の洞窟なのですが、入洞料がかかるのでその手前で引き返します。
釣り人達のいる岩場近くまで歩くと、江ノ島の入口まで運んでもらえる有料の定期船が出ていました。
ですが雪さんはくるりと振り返り、
「さて、では引き返しますか」
と言いました。
おぉ…マジですか。と内心驚きつつ、私も来た道を引き返します。
先程まで長らく下ってきた階段を、今度は延々と登らなければなりません。
思えば、過去に江ノ島に来た時には『エスカー』と呼ばれる展望灯までの有料エスカレーターを利用し、その後の長い階段を降りて来たらこの定期船に乗船して入り口付近にまで戻っていました。
江ノ島全ての行程を自らの脚で歩むのは初めての事かもしれません。
登り階段では半端ないくらいに息切れしました。心臓が口から飛び出しそうです。
「ちょっと…休憩しますか」
「で、ですね…」
私達は階段途中の平坦な木陰で、手摺に凭れて乱れた呼吸を整えました。
と、背後からカサカサっと、音が聞こえます。
「あっ、リスですよ」
雪さんが背後の雑木林を指差しました。
「ホントだ…」
一匹のリスが、木の枝をするすると移動しています。やがてその姿が見えなくなると、更に別のリスが現れました。
「野生のリス…ですかね?」
私が問うと、
「そうなんじゃないですかね? ここ、餌がいっぱいあるのかも。あっ、またいた」
「ホントだ、一体何匹いるんだろう?」
リスは生き生きと、枝から枝へと飛び回っています。結局、全部で約5、6匹のリスを見ることが出来ました。
その事に、私は妙に深い感慨を抱きました。
疲労を感じ、歩みを止めたからこそ目にする事の出来た光景。
それは人生においてもままある事なのかもしれません。
私と雪さんはそうやって、休み休みに長い階段を登りきり、また広場に戻って来ました。
「何か飲みません?」
雪さんの言葉に同意します。
長い登り階段に、結構汗もかいたのです。
それぞれ自販機で飲み物を買うと、売店でたこせんべいも購入しました。
2枚入りだったので、2人で分けて食べます。焼き立てのたこせんべいはまだホクホクで、そして風で折れそうなくらいに儚げでした。
「そうそう! 雪さん、SSTRはどうでしたか?」
食べながら、ずっと気になっていた事を訊ねます。
SSTRとは、日の出と同時に太平洋側を出発し、日の入りまでに日本海側の千里浜なぎさドライブウェイをゴール地点とする、ライダー人気の一大イベントなのです。
雪さんがそれに参加し、無事ゴールした事はSNSの発信で把握していましたが、詳しい話はまだ聞けずにいました。
「うん。楽しかったよ~」
「出発日、結構な雨みたいでしたが大丈夫でした?」
「あぁ、そうそう! 出る時は小雨程度だったんだけど、段々雨が強くなって来て。しかも、結構寒い日だったから大変で」
雪さんが思い出を語ります。
それでも、天候が少しずつ回復して来てくれた事、太平洋側から日本海側まで一日で走り抜けられた事、無事ゴールが出来た感動。
全てがいい思い出となったと楽しそうに語ってくれました。
さてバイクに戻ろうか、と歩みを進めると、また先程の猫が歩いていました。
「あ」
周囲の子供達が触りたそうにうずうずしているので、また逃げちゃうかなぁと眺めていたら、立ち止まってくれました。
そっと近付いて写真を撮らせてもらいます。
「いい写真が撮れました」
私がほくほくしながら笑うと、「良かった、目的が達成出来ましたね」と雪さんも微笑みかけてくれました。
雪さんのセローのエンジンが無事かかるのか、心配していましたが問題なくかかってくれました。
江ノ島までに数十分走った事と、太陽の熱を浴びて温まってくれた事も良かったのでしょう。
その後はレストランに入ってゆっくりランチを楽しみます。
パスタやグラタン、スープを味わいながらバイク談義に花を咲かせます。
そしてデザートに、注文していたダブルソフトクリームが届きました。
「すごいすごい! 美味しそうですね~」
「やっぱり、ツーリングと言えばソフトクリームですよね」
「え、そうなんですか?」
雪さんの言葉に、キョトンと聞き返します。
「そうですよ~。ソフトクリームはライダーの義務です」
「ぎ、義務ですか。バイク歴4年でそれ、初めて知りましたよ」
確かに、ご当地ソフトクリームが各SAや道の駅で販売されています。それを味わうのもツーリングの醍醐味なのかもしれません。
笑い合いながら、そのソフトクリームもペロリと平らげました。
「では、今日はありがとうございました」
「こちらこそ、気を付けて帰ってね~。また会いましょ」
「はい、是非~」
手を振り合って別れます。
ニーグリップした時に。
脚全体のダル重さを感じながら、あぁ、明日はきっと筋肉痛なんだろうなぁ。と、どこか楽しく感じながら帰って行ったのでした。