ガソリンスタンドを後にし、国道152号線を走り進んで行きます。
国道ですが、山道でした。当然片側一車線です。急勾配とカーブも続きます。
私は時々景色を見ながらセローに無理のない速度で登って行ったので、後続車が来たら道を譲るようにしていました。
ツーリング中らしきバイクも多かったです。ヤエーしてくれる人もいて、喜んで手を振り返します。
峠道にありがちな、暗くじめじめとした空気は全くありません。明るい陽射しの入り込む、のどかないい道でした。
結構登ってきたらしく、見下ろすと街が小さく見えます。
やがて県道210号線に入りました。
「おぉっ」
そこは県道ではあるものの、そこそこ難易度の高い林道でした。
『林道新山線』というらしいです。
細く暗い、激しい急勾配と急カーブが続く道です。
車一台が何とか通れるくらいの道幅でしたが、幸いなことに対向車はほとんど来ないようでした。後続車もいません。
かろうじて舗装路ではあるものの、道はガタガタで所々砂利も散らばっています。それは一番滑りやすい路面状態なのです。
気を引き締めます。
ここで転倒したら、自分一人ではバイクを引き起こせないんだろうなぁ。
急勾配と足場の悪そうな路面を見やり、苦笑しながらそう思います。
それでも、怖さは感じませんでした。
むしろ先々の予測が着かない道の展開に、ワクワクします。
最近林道仲間から林道ツーリングに連れて行ってもらっているからでしょう。
このような道の運転にも、だいぶ慣れてきているのかもしれません。
…と。
ポトン、と何かがヘルメットにぶつかります。
なんだろう? 木の実とかかな。
さほど気にせず進んで行きます。
両側に木が生い茂る細い道です。木々のトンネルをくぐりながら走っていました。
ポトン、とまた腕に何かがぶつかって落ちます。
なんかよく落ちてくるなぁ、と深く考えずに進み、その後も何度かぶつかる感覚がありました。
そのうちの一つが、腿の上に落ちて止まったので、チラリと見ます。
それは毛虫でした。
木から毛虫が落ちてきているようです。
「よっと」
私は足を動かし、腿の上の毛虫を地へと帰しました。
セローの後輪で踏みつけなきゃいいけど。
それだけが気がかりでしたが、停まることなくツーリングを続行します。
道を横切るように、大きな枝が落ちていました。
ハンドルを切って避けるより、踏んでしまった方が安全そうです。そう判断し、そのまま直進します。
ところが、乗り上げる直前、その「枝」がうねったのです。
蛇でした。
一瞬、急ハンドルか急ブレーキを掛けて避けるべきか迷いましたが、それは危険だと判断し、結局そのまま乗り上げることに。
「あぁ〜、ごめんなさいっ」
ミラーで確認すると、蛇はまだうねっていました。
それは元気な証なのか、断末魔の身のよじりなのか。
私には判断が付きませんでした。
虫も爬虫類も、大量発生したり攻撃して来ない限りは大好きな私です。
仕方ないとはいえ、どうにも心が傷みました。
ここで、インカムで聞いていたラジオが停止します。
電波が届かないのでしょう。
案の定、ナビもフリーズしました。
山奥だから仕方ないのかもしれません。
そんなトラブルがありつつも。
ようやく出てきた『陣馬形山キャンプ場』の標識。
標識の示す通りに右折します。
「あれ?」
そこは綺麗な舗装路でした。
でも事前情報では、ここから先は魅惑的なダートの筈なのです。
そのダートを走るのも楽しみの一つでやって来たのですが、新しく舗装されてしまっていたようです。
林道を走るようになってから、道も地形も流動的なんだなぁと思うようになりました。
特に林道は地図の通りに進んでも、土砂や大木で道が塞がれていて進めなかったり、逆に整備され綺麗な舗装路になっていたりもします。
道の先が唐突に崩壊してしまったり、整備され新しく出来ていたり。
公道だったら事前に分かりうることですが、中々林道の情報までは開示されません。
そこがまた困難でもあり、魅力的でもあるのです。
ともあれ、舗装されたばかりのその道は、今までの県道よりもずっと走りやすくて安心出来る道でした。
木々の間から見える景色が素晴らしく、期待値が徐々に高まります。
やがて到着した『陣馬形山南アルプス展望台』。
「おぉ〜」
雲が多かったので、残念ながら向こうの山々までは見渡せませんでした。
でも広がる景色は絶景でした。
よく考えたら、数日前まで今日は雨予報だったのです。
一切降られることなく、何とか晴れて展望台に来る事が出来ました。
切り株があったので、そこに腰掛けお昼ご飯です。
サンドウィッチをもう一つ食べます。
「ん〜」
この瞬間がたまりません。
案の定、人はほとんどいませんでした。
この場所がこんなに静かなのは、珍しいのかもしれません。
貴重な体験が出来ました。
休憩を終え、来た道を引き返します。
途中、『道の駅 南アルプスむら長谷』に寄り、さくらソフトクリームを食べ休憩を取り、諏訪湖方面に向かいます。
諏訪湖と北アルプスが望めるという、『立石公園』に到着しました。
大きな時計塔にも登ってみました。
眺めながら、諏訪湖周辺を巡ってみたくなり、下に降りるや適当にセローを走らせます。
ツーリングをしていると、水のある所を巡ってみたくなるのは、生命の神秘に触れたいからなのでしょうか。
湖のほとりで釣りをしている人、サッカーをしている人達を微笑ましく眺めながら諏訪湖周辺を一周します。
日も傾いて来たので、予約していた宿にチェックインです。
簡素な部屋でしたが、一人用ならば充分でした。
バイクは宿に駐輪させたまま、徒歩で夕飯を食べに行きます。
信州といえば、やっぱりお蕎麦。
一軒のお蕎麦屋さんに入ります。
「おひとり様ですか?」
店員さんの質問に、はいそうですと応える私。
わりと慣れたやり取りです。
女一人でも奇異な目で見られることもないため、いい時代になったなぁと思います。
注文したのはお蕎麦セットと、もちろんこちら。
泊まりロンツーの醍醐味は、やっぱりお酒だろうとビールを注文します。
普段は「おひとり様」を堪能する私ですが、さすがにこの時ばかりは一緒に乾杯する相手が欲しくなりました。
仕方なしに空中にジョッキを向けて小さく「カンパイ」と言い、半分以上を一気に飲みます。
最高でした。
蕎麦も美味しく、セットのミニ天丼も出汁が利いていました。
泊まりロングツーリングの醍醐味を存分に堪能しつつ、ロンツー初日の夜は舌鼓を打って過ごしたのでした。