それは今から3年前。
2020年11月18日。
私がバイクに乗り始めてちょうど一年が経とうという頃の事でした。
私とヨシさんは、高速道路を走らせ栃木へと向かいます。
「道は順調だね~」
「そうだねぇ。渋滞もしてないし良かった」
セローの走行速度に合わせ、左車線でのんびり走りながらそんな会話を交わしていました。
高速を降り、やがてのどかな田園風景の中を走り抜けます。
「もうすぐだよ~」
「うん」
唐突に、大きな鳥居が見えてきました。
そこは栃木県高根沢町にある安住神社、通称『バイク神社』です。
関東住みのライダーならば一度は行ってみたいと願う、バイク乗りの聖地とも言える場所なのです。
「わぁ~凄い凄い! ホントに来ちゃった」
バイク置き場に駐輪させながらはしゃいだ声を上げます。
中では、ヘルメットを被ったてるてる坊主の交通安全のお守りも販売されています。
「可愛い」
私は自分のと同じ赤いヘルメットのそれを選び購入しました。
「さて、じゃあ次なる目的地に向かいますか」
「はーい」
装備を整え、バイクの聖地を後にします。
国道16号線の道は順調でした。
片道が3車線もあり、今日は平日で空いていたのもあり、高速道路並みに他の車も速度を出しています。
「ここ、下道なのに高速道路みたいだねぇ」
と言いながら周囲の速度に合わせて走行します。
ですが、高速道路と下道とでは、決定的な違いがあるのです。
それは交差点。つまりは信号機がある事です。
前を走るヨシさんが黄色信号で速度を緩めたので、私も減速していき停止線に合わせて並んで停まります。
──あれ?
ほんの僅かですが、この時違和感を抱きました。
その正体が一体何なのか、自分でもよく分からなかったので青信号に切り替わるや発進しました。
セローの走りは順調です。
異音も異臭も発していません。気のせいだったのかな?と思い直していました。
やがて16号線を折れ、車通りの少ない通りに入ります。
そしてまた赤信号で停まったのですが、今度はハッキリ分かりました。
「ヨシさん! 待って、待って! フロントブレーキが全然利かない」
そう。
フロントブレーキのレバーを握っても、全くブレーキが掛からないのです。私は普段からリアブレーキで減速し、停まる瞬間だけキュッとフロントブレーキを握る習慣がありました。
神奈川から栃木までと長い距離を走ってきましたが、ずっと高速道路だったため停まる機会も少なく、ブレーキの異変に気付きにくかったのです。
「え」
ヨシさんが路肩にバイクを停めたので、私も慎重にリアブレーキで減速して停まりました。
寒い時期だったので、ハンドルカバーも装着していました。ヨシさんはそれを丁寧に外し、ブレーキレバーの辺りをチェックしてくれます。
ヨシさんがブレーキレバーを握りしめると、ブレーキオイルがピューっと飛び出して来ました。
「ご、ごめん…」
「いや、ヨシさんが悪いわけじゃないよ。でもなんでブレーキオイルが出てきちゃうんだろ?」
よく見ると、ハンドルカバーの内側はオイル塗れになっています。いつからブレーキオイルが零れ始めていたのか、全く分かりません。
「あぁ、やっぱりこれだ」
ヨシさんが、ブレーキオイルポット近辺にあるネジを指差します。
「やっぱり、そのハンドガードが原因?」
「うん、多分そう」
つい先日。
中華製の安いハンドガードを買った私は、ヨシさんに頼んで取り付けて貰っていたのです。
取り付けるのに苦戦しながらヨシさんは、「これ、もし転倒したらブレーキに干渉しちゃうんじゃないかな…」と不安そうでした。
「ちうさん、最近転倒した?」
「うん。コケまくった…」
身に覚えがありすぎました。
数日前、セローミーティングに参加した私は、初めてのオフロードコースに笑っちゃうほどに転びまくったのです。
「じゃあ、多分その衝撃が原因でブレーキに干渉しちゃったんだね」
そして、
「ちうさん、工具出して」
「うん」
工具を手にしたヨシさんは、手際良く応急処置を施してくれました。
「これでブレーキオイルが漏れることはないけど…」
ただ、零れてしまったブレーキオイルはどうしようもありません。
「どうする? ここから目的地まであと20分くらいだけど」
このままツーリングを継続するのか今日のツーリングを取り止めにするのか、それを聞きたいのでしょう。
「行こう! せっかくここまで来たんだから」
私は即答します。
「分かった。じゃあ、一応フロントブレーキは使わずにね。停まる時はリアで慎重に」
「うん」
そうして、私達はツーリングを続行することに決めたのです。
フロントブレーキが使えないならリアブレーキを使えばいい。急停止が必要になるような危険な運転はせず、慎重に走って行けば大丈夫。
この時の私達はそのくらいの認識でいました。
ですが、それは知識不足からくる甘い考えだったのです。