「私、前から行ってみたかった所があって」
ヨシさんに切り出すと、
「うんうん、どこ?」
身を乗り出して聞いて来ました。
「『大福寺』っていうお寺で…」
スマホで画像を見せながら言います。
「そこ、『崖観音』っていう、切り立った崖の途上に観音堂が建てられてるの」
「あ、そこ俺も何度か見た事ある」
「え、行ったことある?」
「それが、行ったことはないんだよね~。近くを通った時上の方ににこれが見えてたから、気になってはいたんだ~」
へぇ~。ここ、中に入れるのかぁとヨシさんも興味をそそられていました。
バイクを走らせ、県道185号線を遡ります。
気温が30℃近くにまで上がったので、私もジャケットを脱いでキャリアに積みました。
海を眺めながら風を受けて走り抜けます。
「あ、しまった道間違えた」
「ん、Uターンする?」
私が聞くと、
「いや、大丈夫。このまま行けるみたい」
そうして、民家の間を縫うようにバイクで通り抜けていきます。バイク一台通るのがやっとの細道です。
「あのお寺、こんな入り組んだ所にあったのかぁ。バイクじゃないと来るの厳しかったかもね」
「いや、これは俺が道を間違えたからで…」
本来なら普通に車道で行けるのだそう。
「な~るほど」
軽く笑い合っているうちに、目的地に到着しました。
階段を登り観音堂へと向かいます。
「わぁ、綺麗だね~」
「お、ホントだ。眺めがいい」
海が見渡せます。
「でも、ちょっと怖いかも」
足元を見ながら私が言いました。板の隙間から崖下が覗き込めます。
平時なら高い所はむしろ好きなのですが、さすがに切り立った崖の上に土台を築いて建てられお堂です。少し不安になりました。
「この崖どうなんだろう? 崩れたりしないのかな?って心配になる」
ヨシさんが「珍しいね~」と笑っていました。
「あ、あそこだ」
「ホントだ~」
次なる目的地は原岡海岸の『岡本桟橋』です。
この桟橋を背景に撮られたバイク写真をよく目にするのですが、今日が連休なのもあり人がたくさん歩いていたので、バイクとの写真を撮るのは断念しました。
端っこまで歩いて引き返します。
「さて、次はどうする?」
ヨシさんが言ってきます。
「それなんだけど、そろそろ帰る方向に向けて走ろうかなと」
「あ、そうする?」
時刻はまだ15時。ツーリングを終えるには少し早いのですが、千葉から横浜へ抜けるアクアラインは休日の夕方ともなると酷く渋滞してしまうのです。
出来ればその渋滞が始まる前にアクアラインを渡り切りたいと考えました。
「じゃあ、海ほたるでデザートでも食べて帰ろっか」
「うん、そうしよう!」
認識の甘さを痛感したのはその直後、ヨシさんがナビを設定した時でした。
「あれ? 海ほたるまで2時間半って出てる…」
「え?どうして?」
ここからなら、精々一時間くらいの距離の筈です。
「なんか、めっちゃ渋滞してるみたいで」
国道127号線を上がっていきます。
「渋滞してるだなんて信じられないくらい、ここは道がすいてるのに」
私が言うと、
「ホントだよね~」
とりあえず、渋滞に嵌ってしまう前にとトイレと給油を済ませておきました。
そうして。
「あ、始まるみたい」
前方には車が列を成していました。
「ホントだ」
私たちも列の最後尾で停車します。
海沿いののどかな道を、ゴーストップの繰り返しで進んでいきます。
「ここは一本道なんだよねぇ。抜け道もないから、ひたすら耐えるしかない」
こういう時、遠回りになってでも抜け道を探してルートを変えてくれるヨシさんなのですが、さすがにこの道ではそれが出来ないようでした。
同じ方向に向かえる道が、これしかないのです。
長時間の半クラッチで既に左腕がダルくなって来ました。
「有料道路を使うようにナビが言って来るんだけど」
ヨシさんがナビを眺めながら言います。
「高速も真っ赤なんだよね。渋滞してるっぽくて」
「そうなんだ? 事故でもあったのかな?」
「かも。いずれにせよ、お金払ってまで渋滞に掴まるくらいなら、まだ下で掴まってる方がマシかなぁと思って」
「あぁ、それはそうかも」
渋滞は遅遅として進まず。
それでも、かなりの時間も経ったしそこそこの距離を走って来ているように思えたのですが。
「うっそ! 給油してからまだ20kmしか進んでない」
メーターを見て愕然としながら私が言いました。
ヨシさんが「またまたぁ」と、笑いながら返して信じようとしなかったくらいです。
感覚ではその倍は走ってきたつもりでいました。
渋滞のせいで、ほとんど進めていなかったのです。
「よっし! ここからちょっと裏道に入るよ」
「うん」
国道から外れ、細道を走っていきました。住宅地にある細道の為、追随してくる乗用車はありません。
「ここ、アメリカン仲間たちと抜け道でよく走ってたんだ」
「なるほど、そうなんだね」
「遠回りだからあまり時間短縮にはならないけど、ゴーストップでノロノロよりは気持ちよく走れるし。それに…」
ヨシさんが高架を見上げながら続けます。
「高速道路の混み具合も見ておきたいと思って」
「あれ? 高速ガラガラじゃない?」
見上げた道路の上に走る車たちが、ビュンビュン飛ばしています。
「ホントだ。 じゃあ次のインターで乗ろう!」
「うん」
君津インターから乗っていくと、確かに車がビュンビュン飛ばしていました。私達も気持ちよく走り抜けます。
ですがそれも短い夢でした。木更津市内に入った辺りで混み始め、やがてびったりと停まってしまったのです。
私とヨシさんはインカムのお喋りで気を紛らわせながら、永遠とも感じられる時間を過ごしたのでした。
ようやくアクアラインに差し掛かる頃には、日も完全に沈んでいました。
「15時には切り上げて来たのに…」
ツーリングにとって、渋滞時間は無駄以外の何ものでもありません。一切楽しめないし、休まらないからです。その渋滞を予測して時間配分を考えたつもりでしたが、認識がまだまだ甘かったのかもしれません。
「ちうさん、どうする~? 海ほたる寄ってく?」
「ううん、いい」
海ほたるへ向かう車も多いだろうと思ったのです。
下手に列を抜けてこれ以上遅くなりたくありませんでした。
渋滞に嵌るまでに、トイレと給油を済ませておいて正解でした。
「あのトンネル大丈夫なのかな…」
今朝のトンネル事故の話を思い出して不安になりました。
でもトンネル内はむしろ流れていました。
「最後の渋滞がエグ過ぎたけど、今日のツーリング楽しかったよ。トンネルも綺麗で、ご飯も美味しくて」
私がそう言うとヨシさんも、
「うん、俺も~」
と返してくれました。
「でもこんな酷い渋滞、ヨシさんと一緒じゃなかったらマジで泣いてたかも」
「あはは。俺も、インカムで喋りながらじゃなかったらこれはだいぶ辛かったと思う」
そして、お互いお礼を言い合い手を振って別れました。
家に着く頃には20時を過ぎていました。暗い中、セローを洗車します。
立ち行かない事もある。予想外の出来事もある。
だけど共感し合える仲間がいました。
こうして無事に帰れた今、その全てが微笑ましい出来事のひとつとなりました。