「この先にも、もうひとつトンネルがあるみたいだよ」
ヨシさんの言葉通り、進んでほどなくすると、もう一つのトンネルが姿を現しました。
「あ、ここからダートだ」
「ホントだ」
「しかも結構ヌメってるよ。滑るから気を付けてね」
「う、うん」
ヨシさんからの忠告を受け、少しだけ気を引き締めます。
そこは短めのトンネルですぐにくぐり抜けてしまえました。
「ここも雰囲気あるね~。この路面状態も写真に撮っておきたいな~」
ローアングルで写真を撮ります。
「あの先は進めるのかな?」
ヨシさんが指さした先には、ダートが続いています。
「行ってみる?」
「うん」
凸凹があり大きめの石もゴロゴロ、おまけにどこからともなく水が流れて来ます。
「無理無理、もぉ引き返す!」
「あはは。そうだねぇ、それがいい」
引き返した私達が月崎トンネルを通り過ぎる時、SSバイクがやって来ました。
あの人も写真を撮るのだろうと見ていたら案の定、トンネル内で停車しています。
こうやってこのトンネルは、多くのバイク乗り達に愛されて来たのでしょう。
徒歩で来るにはあまりに遠く、車で来るにはあまりに道が狭い。バイクだからこそ楽しみながら入って来れる。
ひっそりと佇む、そんなトンネルでした。
「さて、じゃあもう一つ行きたいトンネルがあるから。そこ目指そう」
「はーい」
私が前を走ります。
「あっ! ねぇねぇ、停まっていい?」
「ん? いいよ~」
でもどうしたの? 停止しながらヨシさんが聞きますが、見回してすぐに納得したようでした。
「曼珠沙華の季節だねぇ」
そう、道端に曼珠沙華が咲き誇っていたのです。
セローをバックに、写真を撮ります。
こういう季節の花々をじっくり堪能出来るのも、ツーリングの醍醐味でしょう。
そうして県道32号線『大多喜君津線』を進み、国道465号線に入ります。
国道を折れると、急にダートになりました。
草こそ刈られていましたが、ヌメヌメとした苔がそこかしこで繁殖しており、ちょっと不気味な所です。
「あ、ダメだ…」
ヨシさんが呟いたように、トンネル手前にゲートが取り付けられていました。
通り抜けは勿論不可能ですし、写真を撮ろうにもゲートにピントが合ってしまいトンネルが上手く写りません。
「あら~、残念」
「ま、仕方ない。崩落とかの危険性があるのかもねぇ」
ゲートに『猪注意』の看板があったのもあり、写真を撮るとすぐに引き返しました。
「さて、お昼ご飯にしますか」
「うん。あ、私行きたいお店があって」
携帯を操作しながら、私が切り出します。
「ここ」
行きたかったお店の画面を見せました。
「おぉ~いいねぇ。じゃ、そこに行ってみよう」
「うん!」
465号線を南下して行きます。
「あ、抜け道があるみたいだから入るね~」
ヨシさんのセリフに、
「はーい」
と返事しながら付いて行きます。
国道から細道へと入りました。
ところが。
そこは舗装路でしたが、信じられないくらいに荒れていました。
道の両側どころか、真ん中にも草がぼうぼう生えていて、カーブの度にその草が視界を遮るのです。
勾配もキツく、うっすら生えている苔が水分を含んでいるので酷く滑ります。
タイヤがきちんとグリップしていない感覚がありました。
「怖い~…怖いよぉ~」
半泣きでこぼしますが、自分のバイクを運転出来るのは自分しかいないのがツーリングというものです。
ヨシさんがしきりに「ごめんよ~」と謝りながらも、「あと数メートルで大きな道に出るから」と鼓舞し続けてくれました。
ようやく大きな通りに合流した時、
「はぁ~…」
と二人で安堵のため息を吐きました。
「今日いちの悪路だったわ」
私がこぼします。
「そこいらのダートより怖かった…」
ヨシさんから笑われてしまいました。
県道182号線『もみじロード』を伸びやかに走っていくと、多くのライダーさん達がヤエーしてくれました。笑顔で手を振り返します。
とても気持ちのいい道です。
『鏡ヶ浦通り』に出ると海が見えました。
ヨシさんが「目的のお店、もうすぐだよ~」と言った通り、程なくしてお店の看板が見えて来ました。
『とまや食堂』さんです。
店の前の駐車スペースがいっぱいだったので、さてバイクはどこに駐輪したものかとキョロキョロしていたら、店名の入った看板を見付けました。
「あっ、ヨシさんここ! こっちにも停められるみたいだよ」
「あ、ホントだ。ちうさんお手柄」
駐輪して店内へと向かいます。
お店の中はとても明るく広々としており、案内された席も海の見渡せる居心地のいい空間でした。
「ここ、『とまや磯定食』っていうのがオススメなんだって~」
「じゃあ俺、それにしよっかな~」
「私も~」
定食を二つ注文します。
やがて運ばれてきた『とまや磯定食』。
「わぁ~!」
魚のあら煮と新鮮そうなお刺身が3種、サザエの壷焼きまで付いています。
女性店員さんが、お刺身の魚を丁寧にひと品ずつ説明して下さいました。
「いただきまーす」
お刺身がどれも新鮮でした。あら煮の味付けも絶妙です。サザエなんて身がぷりぷりしていました。
ヨシさんと二人、美味しい美味しいと繰り返しながら食べていると、
「あの~、お客様はバイクでお越しですか?」
女性店員さんから話しかけられました。
「え? あ、はい」
一瞬、お店の敷地外に駐輪してしまったのかと焦りました。バイクを移動して欲しいと言われるのかと覚悟します。
「やっぱりそうなんですね! うち、ライダーさんにはコーヒーをサービスしているんです。食後にお持ちするのでゆっくり過ごしてくださいね」
「え、そうなんですか。はい、ありがとうございます!」
お料理に舌鼓を打った後、先程の女性店員さんがアイスコーヒーを運んで来て下さいます。
「私と主人もバイクに乗ってるんですよ~」
テーブルにアイスコーヒーを置きながらそう言いました。女性店員さんはどうやらここの女将さんのようです。
「なるほど、そうだったんですね」
乗っている車種など軽く話し、「では、ごゆっくりどうぞ」と笑顔で立ち去って行きました。
食後のアイスコーヒーを味わいながら、ゆっくり海を眺めます。
「…すごく落ち着く」
ヨシさんの言葉に、
「うんうん。こうしてツーリング先でゆっくり休める時間は貴重だよね」
と返しました。
美味しい料理と広々とした明るい店内、あたたかいおもてなしと美しい眺め。
──またここに来たいなぁ。
お店を去る前から私は、既にそんな風に感じていたのでした。