県道15号線は最初、ごく緩やかな峠道でした。滑らかな走りに安堵します。
ですが、
「まだまだこれからだよ〜」
とヨシさんが言う通り、どんどん道幅が狭くなっていきました。
そうして走り進んでいくと、
「次に来るカーブ、ほぼ180°ターンのピストンカーブだよ」
「う…うん」
左上方から合流して来るかに見えていた道は、実はこれから向かうルートのようでした。
「しっかりニーグリップしてね」
「うん」
「対向車来てないから、道幅いっぱい使ってカーブして」
「分かった」
ヨシさんが先にカーブを登っていきます。
続いて私もカーブに入りました。急勾配を想定し、ギアを下げて減速します。身体が萎縮しそうになるのを、意識して力を抜きました。
対向車線にはみ出しながら道幅いっぱい使って一つ目のカーブを登りきります。
その時ふと、『カーブ58』という看板を横目が捉えました。
「ちうさん、大丈夫〜?」
「うん大丈夫。あ、ねぇ」
直進になった所でヨシさんに話し掛けます。
「今、『カーブ58』って書いてあるのが見えたんだけど。それってここのカーブの数?」
「えっ、そんなのあった?」
「うん、あったよ今」
そうこう話しているうちに、次のカーブに入ります。
ヨシさんがカーブを登りながら、
「あ、ホントだ、こっちは『57』って書いてある。ならこれ、カーブの数だろうね」
「やっぱりそっか。…って、全部で58ってことは、『いろは坂』より多いじゃん!」
「あはは、確かに」
国道120号線『いろは坂』は、栃木県日光市馬返から中禅寺湖を結ぶ有名な絶景コースです。
以前そこを走ったことがあります。連続する急カーブと急勾配に緊張しながら走ったのですが、ここはもっとカーブの数が多いようでした。
『チャレンジのいろは』↓
https://qmomiji.hatenablog.com/entry/2020/08/22/213447
20個目のカーブを越えた辺りで、
「大丈夫〜? 怖くない?」
ヨシさんがまた聞いてくれます。
「うん、案外平気」
バンクさせながら応えました。
「だって。よく考えたらここよりもっと激しい道だって走ってきたわけだし」
「あー確かに」
私とヨシさんは、過去一緒に走った『悪路』について、思い出話に花を咲かせました。
バイク一台しか通れないほどに細く、舗装もガタガタ、砂利や濡れ落ち葉が散らばっている道や、勾配とカーブのキツい道は他にもっと沢山ありました。
「私、舗装さえされていたら怖がらずに走れるような気がしてきた」
過去の経験が積み上げられている気がしたのです。
「そお?」
「うん。オフロードはやっぱまだちょっと怖いけど…」
「そっか」
オフロードも、圧倒的に経験値が足りないだけなのは分かっていました。でもそれは、何度も何度も転びながら練習するしかないのでしょう。
「だけど今は、コロナでオフロードの企画やお誘い自体がなくなっちゃってるし…。それにやっぱり、まだ転職したてで練習しようという気持ちになれなくって」
「うん。別に無理することないと思うよ」
ヨシさんがそう応えた後、
「お。このカーブを抜けたらまた、なだらかな道に戻るよ」
言った通り、急に道幅の広い緩やかな道となりました。
「うわぁ! この道めっちゃ綺麗だね〜」
先程までの険しさはどこへやら、急に世界が開けたように明るくなりました。
「あれって芝桜じゃない? 菜の花も綺麗〜。あっ、枝垂れ桜だよ」
ヨシさんも綺麗、綺麗と繰り返しながらバイクを走らせます。
「この道がこんな絶景だなんて知らなかったなぁ」
「え、前に走ったのは何月くらいだったの?」
「5月? 6月くらいだったかな」
「へぇ〜」
なら、4月の今とそこまで季節はズレていません。なのにヨシさんは、初めて見る景色ばかりだと喜んでいます。
「同じ道でも、ちょっとした季節の違いや天候の変化で、見える景色が全然違って来るんだねぇ」
「そう! だからこそバイクは楽しいんだよね。同じ道をまた何度も走りたくなる」
バイク歴の長いヨシさんがそう言ってくれるとホッとします。私もこの先、何年何年もバイクを楽しんでいきたいと思えました。
「ねぇねぇ! 枝垂れ桜、満開じゃない? すっごい綺麗!」
不意に現れた枝垂れ桜の桜並木に、私は大はしゃぎで声を上げます。
「うわっ、ホントだ。こんなん俺も初めて見た」
言いながら通り過ぎてしまいました。
「ヨシさん。さっきの所、写真撮りたい」
「そう? Uターンする?」
「うん」
私もヨシさんも、いつも『走りメイン』のツーリングをする為、停まってまで写真を撮ることは滅多にありません。まして、一度通った道を写真の為に引き返すことなどほぼないのです。
でもこの時は引き返したいと強く思いました。

夢中で写真を撮りました。
「わぁ〜凄い凄い! めっちゃ綺麗」

「セローも素敵〜。桜が似合ってる」
親バカぶりを発揮し、桜をバックに佇む愛車もパシャパシャ撮りました。
満足するほど撮り、準備して跨り出発します。
桜並木こそなくなりましたが、走り出した先にもそこかしこで枝垂れ桜が咲いていました。どれも満開です。
「今年はタイミングが合わなくて、結局ソメイヨシノの満開は拝めなかったけど…。まさか枝垂れ桜の満開に出逢えるとは」
私が言うと、
「ホントだね〜。桜の見頃がもう完全に過ぎたと思ってたから、これは嬉しい誤算だった。そもそも、ここが枝垂れ桜の名所だなんて俺も知らなかったし」
点在する枝垂れ桜。そして桃の花も鮮やかに色付いていました。地面には菜の花や芝桜が彩られ、その上には若葉の新緑、さらに上には青空が広がっています。
「えっ、何ここ? 桃源郷!?」
私のセリフにヨシさんが「あはは」と笑い出し、
「そうかもしれないよ〜」
と応えました。
「そうかぁ。桃源郷はここにあったのかぁ」
春の陽射しを感じます。
「また来年も来たいなぁ」
ポツリとこぼすと、
「そうだねぇ。でも来年も同じ景色を拝めるとは限らないのがツーリングなんだよねぇ」
と返されました。
「そっかぁ。でも来年はまた違う景色に出逢えるかもしれないね」
胸中に広がるこの感情は何だろうと思いを巡らし、それは『感動』なのだと思い至ります。
あの枝垂れ桜は思いがけない素敵な出逢いでした。
「私、今、全てのことに感謝したい」
懸命に咲き乱れる花たち。訪れてくれた春、晴れ渡る空、そよぐ春風や揺られる若葉の一枚一枚に至るまで。その全てが愛おしく、感謝の気持ちでいっぱいでした。
「ありがとう、セロー」
ここまで一緒に走ってくれた愛車にも溢れ出る思いを言葉にします。
「私、バイクに乗ってて良かった」
「そう思って貰えて良かった」
ここが『桃源郷』なのは、今この時だけなのかもしれません。
この地だって、厳しい冬の寒さを乗り越えるのでしょうし、大雨や強風に見舞われる日だってあります。灼熱の太陽が照りつける時だってあるのでしょう。
だけど、今目の前に広がるこの美しさだって本物です。それを少しでも目に焼き付けようと、私は無心で見入ったのでした。