県道11号を進んで埼玉県に入ると、渡良瀬川遊水池の脇を抜けます。
荒川に差し掛かると、川沿いの小道へと入っていきました。それは国道の渋滞を回避する為でもありましたが、純粋にその道を楽しみたかったからでもあります。
埼玉県と東京都を流れる荒川は、約170kmにも及ぶ一級河川です。
川そのものの大きさもさることながら、荒川には広大な『河川敷』が広がっているのです。
河川敷にはサッカー場や野球場、運動公園なども充実し、休日には弁当持参のファミリーが遊び回っている姿もよく見かけます。
周辺住民の、憩いの場でもあるようでした。
その河川敷を縫うようにして、長く細い道が設けられているのです。
「俺がバイク通勤してた時」
ヨシさんが語り始めます。
「渋滞を避けてこっちの道をよく走ってたんだけど、抜け道で使うからか、皆すげー飛ばしてたんだよね」
「えっ。この道を?」
私は現在走っている細い小道に目をやりながら聞き返します。バイクならば余裕ですが、車だと一台通るのがやっとの幅しかないのです。
「ここって一方通行なの?」
「いいや? 一方通行の所もあるけど」
ほとんどが相互通行との事でした。
「それって正面衝突しちゃうんじゃ…」
「だから毎朝、チキンレース状態だよ」
「うわっ! 怖ぁ」
だけど今は通勤時間では無いためか、他の車両の姿は見当たりませんでした。
「あ、ごめん。この先は砂利だった」
ヨシさんがブレーキをかけながらそう言いました。
「砂利?」
ヨシさんの隣りで停止すると、なるほどこの先は細い砂利道が続いていました。
峠や林道でもないので、細いとはいえ勾配のない、真っ直ぐなフラットダートです。以前の私ならば「行こう行こう」と喜んで入って行く程度の道でした。
ヨシさんが横目で「どうする?」と伺う表情をしました。
「ごめん…。まだ怖くて走れないや」
「うん、そっか。分かった、じゃあ引き返そう」
「ごめんね」
「ううん、謝んなくていいんだよ〜」
その場でUターンをし、来た道を引き返します。ぐるりと遠回りすることになりました。
「もぉ…なんで中々恐怖心が消えないんだろう?」
「それは仕方ないんじゃないかなぁ? 実際、怪我した所も長いこと痛んだみたいだし」
「うん…」
きちんと全身にプロテクターを装着していたのですが、ちょうど切れ目となる胸と背中の間辺りを強打してしまったのです。
しばらくは、呼吸をするのも辛いくらいの痛みでした。
「本格的なアタックやトライアル走行は仕方ないにしても…。さっきみたいな、ふっと現れた軽いダートくらいは走れるようになりたいなぁ。どんな道でも走って行けるのがこのバイクの利点なのに」
口調から悔しさが滲み出ます。
でも、以前転んだ時のことを思い出すと身がすくんでしまうのです。たった一瞬、陥没と大きな石にタイヤが取られただけでした。
その一瞬により、セローは修理が必要な状態となり、私は二ヶ月以上もアバラを痛める身体となりました。
まして今は転職したばかりです。休日の趣味で怪我をし、休んで職場に迷惑をかけたくありません。
「焦らなくていいんじゃない? 」
「でも、ヨシさんが…」
「え、 俺?」
私はしょんぼりしてしました。
ヨシさんのバイクはHONDA Fury1300cx 。販売期間が短かったせいか『レア』なバイクとなりました。
その為ヨシさんは10年以上乗ってきて、街中で同じ車種に巡り合えたことなどほんの数えるくらい、SNSですらも繋がりが中々持てなかったのだそうです。
それがここ最近、ようやくフューリー仲間との繋がりが出来たのです。その『レア』なバイクに乗っている仲間達と、マスツーリングに出かけるようにもなりました。
その事を私は心から嬉しく思いました。
同じ車種なら走り方も気遣わなくていいでしょうし、メンテナンスについても存分に語り合えます。ヨシさんが良き仲間に恵まれ伸び伸びとバイクライフが送れる事は、私にとっても無類の喜びでした。
その気持ちが本心であることに間違いはありません。
だけどここで迷いが生じたのです。
バイク知識もないので、完全に一人になるのはまだ不安です。
でもヨシさんにはヨシさんの仲間が出来たのです。
ヨシさんに、いつまでも私の『お守り役』をさせる訳にはいかないのではないかと思いました。
私のセローより5倍もの排気量を誇るアメリカンバイクです。私と走る時はいつも、スピードやペースを合わせてくれていることは知っていました。
そろそろ私は私のバイク仲間を作り、そこで走るべきではないか、と思い始めるようになったのです。
セローはオフロードバイクです。同じ車種の仲間を作るとなると、当然オフロードに行く人達ばかりとなります。
だから頑張ってオフロードへの恐怖心を克服したいと思ったのです。
私がそう言うと、
「俺は別に無理して合わせてないけどなぁ」
とこぼした上で、
「でも、ちうさんが同じ車種の仲間を作るというのには賛成」
と笑ってくれました。
「ここ、菜の花めっちゃ綺麗だね〜」
荒川の河川敷には、菜の花が咲き乱れていました。
「そうだねぇ。でも、ちょっとまばらだけど」
ヨシさんが見回しながらそう応えます。
確かに、菜の花は自然に任せて咲いているようでまばらに点在していました。それはそれで菜の花の素朴な感じが出ていて好きでした。
だけど走り進めると、辺り一面満開となったのです。川沿いにも対岸にも、道の反対側にまで、黄色い花で溢れています。
「こっちの道はこの時期始めて走ったから知らなかったなぁ」
ヨシさんも感嘆していました。
その後──。
降水確率わずか20%の曇り予報にも関わらず、突然の雷雨に見舞われた為、慌てて走り去る事となりました。
「こんな終わり方になっちゃったけど。今回のツーリングはどうだった?」
「うん、楽しかったよ〜」
本心からそう応えます。
思いもよらない絶景に巡り合えることも、思わぬハプニングに見舞われることも、全部ひっくるめて『楽しい』と笑い合える。
そんな仲間に恵まれたことを、私は幸運だったと思います。
でもバイクライフはまだ始まったばかりなのです。
バイクの楽しさもツーリングの在り方も、これからもっともっと深めて行きたいと思いました。