小窓を開いた女将さんが、オーダーしていた人たちの名前を次々と呼んでいきました。
「なんか病院の待合室みたいだね〜」
誰かがそう言い、笑いが起こります。
私もヨシさんも、何人ものフォロワーさんにお会いすることが出来ました。
それぞれ挨拶を交わし、食べながらお話しさせていただきます。
違う車種に乗っておられる方の話がとても新鮮で、興味深く聞き入ってしまいました。
時間を忘れて話し込んでいたのですが、
「じゃあそろそろ帰ります」
と、ご挨拶したフォロワーさんや、お話しさせて頂いていた方々が三々五々と散っていきます。
「おっと、もうこんな時間か」
ヨシさんが時刻を確認してそう呟きます。13時を過ぎていました。
「私達ももう行く?」
「そうだね。この後どうしようか」
「う〜ん…」
今日はここへ来ることが目的だったため、この後のことはノープランでした。
「じゃあとりあえず、山中湖方面まで走ってみよう」
ヨシさんのその言葉に賛成し、出発の準備をします。
小窓をノックし、ロッキーさんご夫妻に挨拶をしました。
お二人で見送りに出て来てくださいます。
セローの取り回しをしていたらヨシさんが、
「大丈夫〜? 俺がやろうか」
と言ってくれます。
お店の駐輪スペースは砂利で少し坂になっていたため、有難くお願いすることに。
ですがヨシさんは、Uターンに飽き足らず、セローを引いて道路を渡り、反対側の歩道沿いに停車までさせてくれました。
その様子を見ていた女将さんが、
「ヨシくんは優しいでしょう?」
と何故か誇らしげに聞いてきます。
「はい」
笑顔で即答しましたが、交通量の多い道を中々渡って来れないヨシさんを見て、
「…あ、でもちょっと過保護かな」
私が言うと、吹き出していました。
右折が難しいと判断してくれたのでしょう。
でも身一つで横断するのも大変な道を、わざわざバイクを引いて渡ってくれたのです。
信じられないくらいの心配性で、お人好しで、そして優しい人だと思いました。
数ヶ月前、バイクの教育係を私からお願いされる羽目となったヨシさん。
当時、唐突にバイクの世界へと一人放り出され、バイク乗りの身内も友人すらも皆無の私に、じっくりと話を聞いて向き合ってくれました。
「事情は分かりました」
と応え、
「でも、教えるとかは必要ないと思いますよ〜。一緒にバイクの楽しさを共遊していきましょう」
共有の、『有』の字を、あえて『遊』と表記するのだと説明し、歯を見せて笑ってくれました。
それ以降ずっと私を導き、そして共に楽しんでくれています。
本当に。
私は色んな方々からお世話になっているんだなぁ。
走り出す私達に、ずっと手を振り微笑んでくれているロッキーさんご夫婦を見て、しみじみとそう思いました。
「ねぇ。やっぱり今日は富士山、見えないみたいだよ」
「そっか…。じゃあ、もう行こうか」
山中湖脇の駐車場にバイクを停めて、富士山があるはずの方向を眺めていたヨシさんが、名残惜しげにそう返します。
この日は快晴でしたが、富士山近辺にだけ雲が湧いてその姿が隠されていました。
「そのうち雲が流れるかも」
そう言ってしばらく眺めていたのです。
諦め、バイクに跨り道志みちへと戻ります。
「俺、富士山に嫌われてんのかなぁ…」
どこかしょんぼりとそう零したので、
「まぁまた来いということだよ」
と声をかけました。
再びの、『たい焼きロッキー』。
今度は、バイクが一台しか停まっていませんでした。
小窓を開けると、
「あら〜お帰りなさい」
と女将さんが笑顔で応じてくれます。
「どうも、お久しぶりです」
とヨシさんが軽く冗談を言って笑い合いました。
オーダーして席に着くと、ロッキーさんが来てくださいました。
「ロッキーさん。私、初めてここに遊びに来てからちょうど一年経ったんです」
私がそう言うと目を丸くして、
「ほぉ、一年か。一年でアレか」
と私のセローを指差します。
そう。
一年前は二輪免許も持っていなかったので、タンデムで連れて来てもらっての来店でした。
一年の間に免許と自分のバイクを持ち、自力で来ることが出来るようになりました。
そう考えると、少し誇らしくなります。
そうしてロッキーさんのお話を聞いていくうちに、あらゆる分野に造詣が深い方だなと改めて思いました。
「ロッキーさん、ホントは何百歳なんですか?」
冗談めかして私が聞くと、快活に笑い飛ばします。
「まぁ、色々なことに挑戦したくってね」
「それが今やプロの焼き絵アーティストですもんね」
ヨシさんが言うと、嬉しそうに頷きます。
「焼き絵は40歳を過ぎてから始めたんだよ」
「えっ! それでこの領域なんですか?」
私は心底驚き、思わずアートギャラリーの方を見遣りました。
そこに展示されている作品群は、どれも繊細かつ迫力の仕上がりなのです。
「でも、プロのたい焼き職人さんでもありますよね」
ヨシさんのセリフに同意します。
「そう、この前ヨシさんとも言ってたんだよね〜? ここのたい焼きより、よっぽどロッキーさんとこの方が美味しいよねって」
福島からの弾丸帰還の途中、休憩地点でたい焼きを食べたのです。
「そうそう。しっぽまでたっぷり餡が入ってるって中々ないですよね?」
ヨシさんがロッキーさんにそう問いかけると、
「そこはこだわっててね。でも、たい焼きの作り方は独学なんだよ」
と笑います。
「えっ! てっきりどこかで習ったものと思ってました」
「習おうと思ったんだけど…」
ロッキーさんは有名なたい焼き屋さんの名前を上げ、
「そこに面接に行ったのよ。でもねぇ、なんせ顔がこうだから」
自分の顔を指差し、
「ちょっとそのお顔では、って落とされちゃってね」
笑い事ではないと思いつつも、思わず笑ってしまいます。
ロッキーさんはいわゆる『強面』の部類なのです。
「へぇ〜! その会社、惜しいことをしましたね。なんせこんな繁盛店に仕立て上げちゃう人だってのに」
「はーい、お待たせしました」
女将さんがトレーを手にやって来ました。女将さんの朗らかな笑顔に場が和みます。
女将さんも交えて、道志での暮らしについて語って下さいます。
その表情は、外連味のない優しい微笑みでした。
ロッキーさんは強面ではあるのかもしれませんが、表情はこんなにも優しいのになぁと思いながら見ていました。
一年──。
この一年で、確かに私は二輪免許を取得し、少しは走れるようになりました。
でもその期間中、この『たい焼きロッキー』も劇的進化を遂げていたのです。
自粛期間を好機と捉え、ギャラリーを設え作品群も増やしていました。
女将さんもオリジナルキャラクターのグッズを次々と展開していっています。
このお店に来る度、人の成長に限界はないのだと学ばされます。
私はどうなのだろう?
ちゃんと日々成長しているのでしょうか。
自分の限界を勝手に定め、物事の手を抜いたりはしていないでしょうか。
自問自答しながら齧ったたい焼きは、やはりしっぽの先まで絶品なのでした。