『セローにお礼がしたい』
とヨシさんから言われたのは、福島からの弾丸帰還翌日のことでした
福島から帰った翌々日、私はヨシさんとの待ち合わせ場所へと赴きます。
ヨシさんのフューリーは現在修理中のため、今日はセカンドバイクのべスパに工具箱を積んでやって来ていました。
前回のお話 ↓『ドナドナのフューリー』
https://qmomiji.hatenablog.com/entry/2020/08/29/221658
そして工具箱を広げるや、セローを分解し始めます。
「この辺でいい?」
「うん、いいよ〜」
場所が決まるや、持って来てくれていたUSB電源を取り付けにかかります。
配線がどう、バッテリーがどうと説明をしながら作業してくれますが、相変わらず私にはさっぱり分かりません。
「凄いねぇ。よくこんな複雑な配線を自分で弄れるね」
「いや、慣れだよ」
むしろこういう作業は楽しいのだと笑っていました。
ほんの一時間弱でUSB電源の取り付けが完了します。
この日も猛暑日。
気温は38℃超えです。
日陰とはいえ、空調も効いていない所で作業してくれたため、ヨシさんは汗だくになっていました。
「ごめんね〜。暑かったでしょ」
「まぁ日陰だったし大丈夫」
と応えつつも、自販機で買ったドリンクを一気飲みしています。
「あのUSBは幾らだった?」
「いや、いいよ」
「そんな、申し訳ないよ」
でも頑として受け取ろうとしないヨシさん。
押し問答を続けるのも不毛なので、私はあっさりと財布をしまい込み、
「じゃあ、お昼奢るね。ランチしよう」
「お、じゃあお願い」
近くの飲食店でお昼ご飯を食べることにしました。
「私明日、ロッキーさんとこに行こうと思って」
食後のドリンクタイムに、ふっとそう言い放ちます。
ロッキーさん。
正式名称『たい焼きロッキー』。
そして私がバイクに乗る前からお世話になっているお店なのです。
『たい焼き頬張り、語り合う夢』↓
https://qmomiji.hatenablog.com/entry/2020/01/01/103558
本当はずっと前から行きたかったのですが、仕事の都合や悪天候、新型コロナウィルスの影響で中々タイミングが合えずにいました。
今回はお盆休み期間のため、ようやく遊びに行けそうなのです。
「俺も行くよ〜?」
「行く? ベスパちゃんで大丈夫?」
ヨシさんのベスパは小型バイクのため、高速には乗れません。そのため、結構な距離を下道で移動しなくてはいけないのです。
「全然平気」
「そっか。じゃあ一緒に行こう!」
──その翌日。
ヨシさんと待ち合わせ場所で合流します。
「じゃあ、今日はちうさん前走ってみる?」
「う…分かった」
「せっかくだから、ナビの練習をするといいよ」
「そうだね」
ナビは未だに苦手です。
ナビの案内通りに進むことも、地図で現在地を把握し続けることも、どうにも慣れられません。
今まではナビを作動させながら走ると、携帯電話の充電が急速に減ってしまっていたため、それを言い訳に使わずに来ていました。
ですが、昨日ヨシさんからUSB電源を取り付けてもらったことで、そろそろ使いこなせるようにならなければいけないと思いました。
目的地を『たい焼きロッキー』にセットし、走り始めます。
画面の中で現在地が動き始めました。
後ろのヨシさんと会話しながら順調に走り進めます。
ですが途中、曲がらなければいけない所を通り過ぎてしまいました。動揺しますが、賢いナビはすぐに別の道をリサーチしてくれます。
「次、右だって」
自分で言いながら、
「あれ? ここ? ここでいいのかな」
曲がるところを把握出来ずに軽くパニックに。
「うん、多分そこで合ってると思うよ〜」
ヨシさんの穏やかな応えに少し落ち着きます。
そこを曲がって、すぐに『止まれ』の標識が。
停止線で停止した際、危うく立ちゴケするところでした。
「今、危なかった…」
「だ、大丈夫?」
「うん、なんとか」
ですが。
慣れないナビと先導とで、運転操作の集中力が削がれてしまっていたようでした。
「まだまだ訓練の必要があるみたいだねぇ、これは」
そうしてやって参りました、『たい焼きロッキー』──。
開店時間前に到着しましたが、ご夫婦であたたかく迎え入れてくださいました。
「ちうさーん、いらっしゃい」
満面の笑みで両手を振って下さる女将さんと、その隣で微笑み頷くロッキーさん。
「あっ、ちうさん。サンドバッグあるからやってみる?」
ロッキーさんが勧めてくれます。
「はい勿論です! グローブも持って来ました」
嬉嬉としてドラムバックから自前のグローブを取り出します。
「え、持って来てたんだ…」
ヨシさんが驚いています。
「ロッキーさん、このサンドバッグは硬めですか?」
総合格闘技用のオープンフィンガーグローブを装着しながら質問します。
「そう。硬いやつにした」
ふむふむと頷く私の傍らで、「サンドバッグに硬いとか柔らかいとかあるんだ?」と呟くヨシさんと女将さん。
ロッキーさんが硬いと言っただけあり、繰り出したパンチは跳ね返ってくる感覚がありました。
ロッキーさんはしばらくサンドバッグを抑えてくれていましたが、やがてご自身もグローブを装着して反対側から打ち始めます。
「じゃあヨシさん。サンドバッグの前へとどうぞ」
意図を察したヨシさんが、サンドバッグの手前でかがみ込み、怯えるポーズを取ります。
合図と共に、私とロッキーさんとでヨシさんの真後ろにあるサンドバッグ目掛けてパンチを繰り出しました。
「いい写真が撮れたよ〜」
女将さんが笑っていました。
「俺、絶対に二人は怒らせないようにしよっと…」
ヨシさんの呟きに、全員お腹を抱えて笑いました。
開店するや、一気にライダーさん達が押し寄せます。
その繁盛ぶりに、
「ここは、すっかり人気店だよねぇ」
私が言うと、
「ホントそうだね」
ヨシさんも返します。
集まってくるライダーさん達の表情はどれも笑顔に溢れており、彼らの対応にてんてこ舞いするロッキーさんご夫婦の姿もまた、どこか楽しげに輝いて見えたのでした。