アクセルグリップ握りしめ

オフロードバイク、セローと共に成長していく、初心者ライダー奮闘記

溢れかえる音〜秩父ツー 後編

インカムとは、インターコミュニケーションシステムの略で、無線機器の一種です。装着している者同士が通信を行うために使います。

 

バイクの場合、インカムはヘルメットに装着します。小型スピーカーとマイクを内蔵させることにより、バイク走行中での会話も可能です。

更にはスマホとペアリングさせることで、音楽やラジオを聴いたり、ナビ機能も使える、優れた便利アイテムなのです。

 

ですが。

私のこのブログを初期から読んで下さっている方ならご存知かと思います。

私はその便利なインカムの使用を、Sさんから半年間は禁止されていました。ナビも同様です。

それは、『初心者は運転に全神経を費やさないと危険だから』という理由からです。

Sさんのその理論と主張に賛同した私は、それを従順に守って来ました。

 

 

ヨシさんからインカムを試してみないかと持ちかけられたこの時、咄嗟にSさんの顔色を窺ったのは、そんな背景があったからでした。

まだ免許取得から4ヶ月──。

インカムは来月くらいに購入しようかな、と漠然と考えてはいたのですが、まさか今日ここで現物を前に、試させて貰えることになろうとは。

 

「まぁ、いいんじゃないですか? 試すだけ試してみたら」

当のSさんがそう言ったので、そうすることにしたのです。私はヨシさんにお礼を言ってご好意に甘えることにします。

私のヘルメットに、ヨシさんがインカムを装着して下さいます。

 

装着の作業をしながら、Sさんとヨシさんが、専門用語だらけの会話をし始めたので、脳内にクエスチョンマークが飛び交いました。

そんな私に、ヨシさんは丁寧に噛み砕いて説明してくれます。本当に優しい方です。

 

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やがて装着されたインカム。

見た目もカッコイイです。これがあるだけで、ベテランライダーのような気分になります。

 

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とりあえずSさんのインカムとペアリングし、ヘルメットを被り店の外に出て、会話してみました。

「もしもし? 聞こえますか?」

Sさんの声が聞こえたので、

「もしもーし」

と大きな声で応えます。

隣を歩くお爺さんが、ビクッとしました。

よく考えたら、ヘルメットを被っている人が突然声を上げたのです。驚くのも無理はありません。申し訳ないことをしました。

とりあえず、ちゃんと繋がったことは確認出来たので一旦店内に戻ります。

 

「充電する時は、ここからこうやってケーブルを刺すので」

ヨシさんが説明を続けてくれます。

「充電…」

 

今までは、電池残量など気にしたこともなくやって来たのです。ロンツーに行って帰って来ても、携帯電話の残量が90%以上はありました。

実のところ先の泊まりロンツーでは、携帯電話の充電ケーブルを忘れてしまっていたのですが、それでも困らなかったくらいです。

でもインカムを装着し、音楽を聴いたりナビを活用するとなると、携帯電話やインカムの充電も気にしなければいけません。

Sさんもバイクを停める度に、色んな物を充電しています。今後は私もそうしなければいけなくなるのでしょう。

 

 

 

「じゃあ、お気を付けて。楽しんで来てください」

ヨシさんがそう笑いかけてくれます。

雨が降ってきたので、そろそろ出ようということになりました。

ヨシさんは仕事帰りに立ち寄ってくれたので、今日はこのまま帰るそうです。

私にインカムを貸してくれる為だけに来てくださったようなものでした。

「はい、本当にありがとうございました。また今度一緒に走りましょう」

Sさんもヨシさんに挨拶をし、ヘルメットを装着します。

 

「じゃあ、インカムで道順教えるんで、前を走って下さい」

Sさんがそう言うので、はからずも前を走ることになりました。

再度ヨシさんに手を振り、出発します。

 

 

初めての、インカム走行の始まりです。

 

 

最初の突き当たりに、「どっち行けばいいの?」と聞くと「右です」と返ってきます。

これは便利、と思いました。一々、バイクを近付けシールドを上げなくても会話が出来るのです。

 

車の流れに乗り、道なりの走行になります。

「なんか、好きなこと話していいんですよ」

Sさんが言ってきます。

「えっ、運転にいっぱいいっぱいで、それどころじゃないっ」

私が返すと、Sさんの笑い声が聞こえて来ました。

でも本当にそうで、今までは全神経を運転に集中させていれば良かったのです。

インカムを着けることで、聴覚と、会話するための神経を費やすことになります。

私がそう口にすると、

「でしょ? だから今まで禁止してたんですよ」

と言われました。

全神経を運転に集中させる──。

今までそうしてきたことで、無事故で来ることが出来たのかもしれません。

「でも、まだ私、半年経ってないけど。インカム使っても良かったの?」

「まぁ、いいんじゃないですか? 色々経験してきてますし」

ということは、私はもうインカムを使用しても大丈夫なのだと、Sさんから判断して貰えたということになるのでしょう。

 

その後はとりとめのない話をしながら走行します。運転に集中するあまり、Sさんの言葉をスルーし、「あれ? 通信切れた?」と言われてしまう場面もありました。

今回私は道順を教えて貰っていますが、本来なら自分でナビを見たり、標識を見て判断したりしなければいけません。

更にはマスツーリングの場合、後方を走る人達のことも気にかけなければいけないのです。

急速に増した、溢れんばかりの情報量。

これをいかに上手く使いこなせるのかが、今後の要となってくるのかもしれません。

 

 

カーブに差しかかかるやSさんが叫び声を上げたので、驚いて聞き返します。

「なに?どうしたの?」

「いえ、カーブだから気合い入れようと思いまして」

次のカーブでもまた声を上げたので、

「もう! うるさいよっ」

と言ってしまいます。

「…すみません」

笑ってしまいました。

ツーリング中は私も、絶景を前にすると歓声を上げますし、独り言をこぼしたりアカペラで歌ったりもしています。インカムを付けていると、それが仲間に筒抜けになってしまうのです。

 

途中からSさんと入れ替わり、後ろを走ります。

それにより、だいぶ気が楽になりました。

「次、右折します」

「車線変更します。行けそうですか?」

Sさんが言ってくれるので、スムーズに走行出来ました。

確かに、運転中に細々としたやり取りが出来るのは便利だと思いました。

 

 

市内に戻るとバイクを停めて、本日の『反省会』です。

バイクから離れる際はインカムを外すように言われたので、外して店内に入ります。

 

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疲れていたからか、胡麻あんぱんがより美味しく感じられました。

 

 

そしていよいよ解散となった時、ようやく気付いたのです。

「ない!」

「どうしたんですか?」

「キーがない」

そう、ポケットの中、バックの中を探しても、バイクのキーが見当たらないのです。

 

急いでバイクの元に戻ります。

「キーがないのは何とかなりますが、バイク本体が盗まれていたら取り返しがつかないですよ」

Sさんのセリフに青ざめます。

 

 

戻ったら、ちゃんとセローはありました。

キーが刺さったままでした。

「あぁ〜、良かったぁ」

「インカムを外すのに気を取られてたんでしょうけど、今後は気を付けないと」

Sさんの言葉に私は、

「すみません…」

と返すしかありません。

 

 

何かを持つということは、それなりに気を付けなければいけないことも増えるということ。

インカムは確かに便利ですが、それだけに運転に注いでいた神経も分散されます。

停車時には必ず外し、充電にも気を付けなければいけません。

 

その本質を理解した上で、この便利なアイテムとも上手に付き合っていけたらと思います。